12 ハーレムかよ、羨ましいなあ
古竜が出たと報告があったのは王都からほど近いタフタ森林の入り口だった。森自体が生き物のようにきらきらと葉を輝かせることからその名がついている。
「竜がこんなところまで出張ってるの?」
「今年何か天候異変ありましたっけ」
「聞いてないですね」
雨や日照の不足で食糧が無くなると、竜が人間の生活圏に姿を現すことがある。その場合は討伐対象としてよかった。
逆に、竜の生息地まで足を伸ばして討伐することは禁じられている。強い古竜ほどよく眠る。わざわざ寝た子を起こすな、ということだ。
「とすれば、どこぞのおバカさんが狩りに行ったのか」
「迷惑、超迷惑」
「まあ、その場合はその人もう腹の中ですが」
「エ、エルザさん意外と怖いこと言いますね」
私は「あ」と心の中で思った。遠征に行って、討伐隊仲間が喰われるということはままあった。パーティメンバーの命は死守したものの、という惨事は珍しくはない。相手が竜種ならばなおさらだ。竜を討てずに逃した時点で、パーティの生存率はゼロに近い。
討伐に行かない者はそれを知らない。知識としてはあっても実感が伴わない。
竜はかしこい。自分を攻撃した人間の顔を覚えていて、執拗に追ってくる。竜を狩るなら絶対に勝たなければならない。
勝てるだろうか。急に心配になってきた。条件が悪そうなら、二人が手を出す前に撤退しよう。
しかし、テオが入手した古竜の目撃ポイント近くまできて、私たちは足を止め、目を丸くした。
「すごい人ですね」
「え、50人はいる?」
「ツノやヒゲは無理だね……ウロコ10枚くらいはくれないかな」
よほどのことがない限り、竜は1匹で行動する。雌雄を問わず、テリトリー意識が強いのだ。雌も地熱を得られる場所に卵を産んだらあとはほったらかしで育てない。
竜は強いが、単戦できるという一点において人間が有利だった。
これだけ人間側に頭数がいれば大丈夫だろうか。しかし人数だけいても……と50人の装備と振る舞いを値踏みして勝率を計算していると声がした。
「エルザさん!」
狩人のエイミルだった。木の上で枝元に座っている。私は見上げて声をかける。
「きてたの」
「はい」
「他の人は」
「あー……前衛はもっと前にいます。この辺は中衛後衛のみで」
エイミルは身軽にするすると木の枝から降りてくる。
エイミルと私の会話を聞いて、テオとエステルががっかりした。
「これで全員じゃないの」
「ウロコ3枚くらいもらえたらいいのだけど」
エイミルはテオたちに軽く頭を下げる。私はエイミルを紹介した。
「ええと前に所属していたパーティの仲間です」
「ああ、ミスタ・ローデリックの」
「ローデリックさんを知ってるんですか」
「ええ、まあ」
私は院長助手の2人と顔を見合わせた。
このエイミルの様子だと、ローデリックは所属パーティにあの日のことを何も伝えてなさそうだ。
「こちらは王立治療院の同僚」
「そうなんですね、良い方たちと働いているようで安心しました」
私とエイミルは少し話し込む。久しぶりだし、私は嬉しそうな顔をしていただろうか。
「院長、ライバル出現じゃないですか」
「ちょっと若いな?と思ったけど、どうしてなかなか」
助手二人の声が聞こえて、そういうのじゃないですよ?と言おうとしたが、それよりも早くエイミルが微笑みながら、
「俺が懐いているだけですよ」
と言ったので口を閉じた。エイミルは懐いてるのか、私に。教育係だったし、そうかもしれない。私は自然とメンターモードになった。
「エイミルもここの目撃情報を?」
「いえ、俺たちは北北東のサカの泉でした。ですが移動中にここにも出たと聞いて。こっちのが若いポイントだったので変更しました」
「サカは昨日?時間と座標聞いてもいい?」
「はい今出します」
エイミルは胸ポケットからメモを取り出す。
「あれ、なんか色気のない会話になってきた」
「テオさんも時間と座標出せますか」
「あ、はいっ」
ちょっと厳しい声になったろうか。しかし、嫌な予感がする。古竜はよく眠る。移動したなら絶対に。
同日にサカの泉とタフタ森林? 離れすぎていないか?
「どう思う?」
二つの座標を地図に載せて、エイミルにも意見を求める。移動できなくはないが、竜にしては速すぎる。なぜなら彼らは体が重いから。
「半日差にしては距離がありますね。ちょっと待ってください、遠視します」
エイミルは狩人らしくスコープを使いながら周囲を探査する。目の良さは私よりずっと優れていた。しかしエイミルが空ばかりを確認するのが気になった。
「まだ認知できません。ただ翼持ちらしくて、想定より移動速度は早いかもしれません」
「翼?」
私はテオを振り返る。
「テオさんの聞いた目撃情報って翼とか羽ありましたっけ?」
「いえ、陸竜の古竜と聞いてます」
「情報が錯綜したのでしょうか」
「可能性はあると思う。けど、そもそも狩りにきている人数が多すぎるのがさっきから気になっていて……」
エイミルと私は目配せをした。
ああ、これは2体いる。もしかしたらそれ以上。そして複数個体であれば逆にそれぞれのテリトリーが近すぎる。ふつうなら竜同士が争っていてもおかしくない距離だ。
エイミルは信号弾を上げた。緊急速報に近い。前方の前衛には撤退の呼びかけとなる。
「なんかやばい古竜でしたか?」
「そう。テオさんとエステルさんはすぐに撤退して」
「エルザさん、僕たちも戦いますよ?」
「ごめん、たぶん足手纏いになる。それより院長を呼んできてほしい」
言いながら私はこの辺り一体に防御の魔法円を練り始める。
今度は、テオとエステルが目配せした。
「院長は謹慎中で来れるかどうか」
「院長クラスの人がいないと全滅だと思う」
「そこまで竜が強いなら、逆に貴族院が出動を許すかどうか」
「ここで防ぎきれないと市街に入るかもしれない。飛べる個体もいるなら王宮まで一瞬だよ?」
私はブロックしてくる二人に少し苛立って強い口調で言った。討伐隊と一般市民の温度差を感じてもどかしかった。
するとそこへエイミルが割って入った。
「天災竜の可能性と言えば、貴族院の手続きなしで来れると思います」
「天災竜」
その名前はやたらと出してはいけないものだった。一般の人はパニックになるから。
「エルザさんが救援要請するくらいだから『院長』さんは強い方なのでしょう」
私は頷いた。しかもグラビティなら巨体の竜と相性が良い。竜は古ければ古いほど、でかいのだ。
「竜は基本、単独行動しかしません。でも例外があって」
エイミルは二人が慌てないよう、ゆっくりと穏やかに説明する。
「最強種の天災竜は、雄一体が複数の雌を引き連れています」
「ハーレムかよ、羨ましいなあ」
テオが全然羨ましくなさそうに呟いた。
「それでなぜ天災竜と呼ばれているかというと、滅多に目覚めない超古竜で、これまで巣から出てきたのが」
私がエイミルの言葉を引き継いだ。
「大地震や火山噴火が起きる時だから」
エステルとテオが青ざめる。
「戻ります」
エステルが伝令鳥を指笛で呼んで、王立治癒院に向けて飛ばした。それから森林の入り口のテントや小屋を物色すると、誰かが連れて来た荷馬車の馬を拝借した。
そうこうしているうちに、信号弾を見て撤退してきた前衛陣が、森の奥からぞろぞろと現れた。きっとあの中にローデリックもいるだろう。顔を合わせるのは嫌だった。けれどこの緊急時にそんな私情を持ち込んでいる場合では無い。
「ローデリックさんが何か言ってきたら俺が守りますから」
不安そうな顔をする私に、エイミルが口元をきゅっと結んで微笑んだ。




