第55話 崩れる音
ここまで読んでいただきありがとうございます。
第55話では、これまで順調に進んできた流れの中に、
大きな“異変”が入り込んできます。
何気ない日常の中で起きる違和感。
それが、やがて避けられない現実へと変わっていく——
そんな、静かで重い転換の回となっています。
積み上げてきたものがあるからこそ、
その揺らぎはより大きく感じられるかもしれません。
日常は、何事もなかったかのように続いていく。
それが、少し怖かった。
LUNA名義での仕事は、少しずつ増えていた。
アニメのエンディングも正式に決まり、配信の数字も伸びている。
新曲の話もいくつか来ていた。
「これ、やれそう?」
佐倉が資料を見ながら言う。
「うん、いけると思う」
レイナが頷く。
その表情には、はっきりとした自信があった。
以前とは違う。
迷いがない。
その様子を、恒一は少し離れたところから見ていた。
「……順調だな」
小さくつぶやく。
全部、うまくいっている。
そう思った。
だからこそ、違和感があった。
「……っ」
ズキ、と頭に痛みが走る。
思わずこめかみを押さえる。
「どうした?」
レイナがすぐに気づく。
「いや……ちょっと頭痛」
「大丈夫?」
「ああ、平気」
軽く笑ってごまかす。
だが、その痛みは消えなかった。
むしろ、少しずつ強くなっている気がした。
数日後、恒一は病院に来ていた。
白い壁、静かな空気。
検査はあっさり終わった。
だが、診察室に呼ばれたとき、空気が変わった気がした。
「黒沢さん」
医師の声は落ち着いていたが、どこか重い。
「結果ですが……」
その先の言葉は、ゆっくりと告げられた。
「悪性の脳腫瘍です」
一瞬、意味が理解できなかった。
「……は?」
思わず聞き返す。
医師は淡々と続ける。
「場所があまり良くありません。手術は可能ですが、成功率は高くありません」
頭が真っ白になる。
「ご家族に、同じ病歴の方は?」
その言葉で、思い出す。
「……母が」
医師が小さく頷く。
「同じタイプの可能性があります。この腫瘍は特殊で、日本での対応は難しい部類です」
海外での治療の話が出る。
費用の話も。
だが、頭に入ってこない。
わかっているのは一つだけ。
重い現実。
診察室を出たあと、廊下の椅子に座る。
「……なんだよ、それ」
乾いた笑いが漏れる。
6億。
あの金は全部使った。
母のために。
「……俺は、か」
頭の奥がじんわりと痛む。
能力のことがよぎる。
「……関係あんのか?」
答えは出ない。
ただ、不安だけが残る。
その夜、恒一はレイナに声をかけた。
「ちょっと、散歩行かない?」
「うん、いいよ」
変装をして、外に出る。
夜の空気は少し冷たかった。
並んで歩く。
ゆっくりと。
言葉がなかなか出てこない。
言うべきか、言わないべきか。
答えが出ない。
「……この前のさ」
恒一が口を開く。
「沖縄」
「ああ、楽しかったね」
レイナが笑う。
「俺さ、海外行ったことねぇんだよな」
「そうなの?」
「行くならさ、ハワイとか行ってみてぇなって」
何気ないように言う。
でも、本当はそうじゃない。
「いいじゃん」
レイナが言う。
「行こうよ」
その言葉に、胸が少しだけ締めつけられる。
言えない。
このままじゃ。
でも。
「……っ」
突然、激しい痛みが襲う。
頭の奥がえぐられるような感覚。
「……ぐっ……」
「え、ちょっと、どうしたの?」
レイナの声が遠くなる。
視界が揺れる。
足元が崩れる。
「……大丈——」
言葉が途切れる。
そのまま、倒れる。
「恒一!!」
叫び声が響く。
そして、意識が途切れた。
暗闇。
何もない。
時間の感覚もない。
そして。
目が覚める。
白い天井。
「……ここは」
声がかすれる。
「……恒一?」
すぐそばから声がする。
レイナだった。
目が赤い。
「よかった……ほんとに……よかった……」
涙が止まらない。
恒一はゆっくり周りを見る。
病室。
現実が戻ってくる。
「……何があった」
わかっている。
でも聞く。
レイナが必死に言葉を繋ぐ。
「倒れて……救急車で……2日……起きなくて……」
2日。
思ったより長い。
恒一は目を閉じる。
考える。
ここでどうするか。
言うか。
隠すか。
全部。
レイナの顔を見る。
泣き腫らした目。
ここまでそばにいた顔。
「……なあ」
ゆっくり口を開く。
「レイナ」
名前を呼ぶ。
レイナが顔を上げる。
「うん……」
まっすぐ見つめる。
逃げない。
もう逃げられない。
そして——
第55話を読んでいただきありがとうございました。
今回のテーマは「崩れ始めるもの」です。
順調だった日常。
手に入れた幸せ。
進み始めた未来。
そのすべてに、突然影が差し込みます。
そして恒一は、大きな選択を迫られることになります。
伝えるのか。
隠すのか。
どちらを選んでも、何かを失う。
そんな状況の中で、彼がどう動くのか。
また、今回の出来事は
これまでの“能力”とも無関係ではない可能性があります。
まだはっきりとは見えないですが、
確実に何かが繋がり始めています。
次回、第56話。
この選択が、物語をさらに大きく動かしていきます。
引き続きよろしくお願いします。




