第53話 そのままでいい
ここまで読んでいただきありがとうございます。
第53話では、レイナの楽曲が少しずつ広がり、
確かな手応えを感じ始める回となっています。
派手な成功ではないけれど、
一歩一歩積み上げてきたものが形になり始める——
そんな“兆し”の回です。
そして同時に、
レイナの中である感情がはっきりと形になります。
仕事と感情、両方が動き出す重要な一話です。
最初の曲は、静かに広がっていった。
タイトルは——
「夜の余白」
完成した動画とともに投稿されたそれは、派手さはない。
だが、確実に届いていた。
再生数は、少しずつ伸びていく。
コメントも増えていく。
『雰囲気いい』
『落ち着く』
『声が好き』
爆発ではない。
でも、ちゃんと届いている。
「……いいスタートだね」
レイナがスマホを見ながら言う。
恒一も横から覗き込む。
「上出来だろ」
「うん」
自然に笑う。
肩の力が抜けた、素直な笑顔だった。
⸻
数日後。
2曲目が完成する。
タイトルは——
「そのままでいい」
この曲は、少し違った。
レイナ自身が強くこだわった一曲。
録音のときから、空気が違っていた。
「……これ、出していいのかな」
レイナがぽつりと言う。
「なんで?」
「ちょっと……近すぎる気がして」
誰に、とは言わない。
でも、恒一にはわかる。
「いいんじゃない」
あえて軽く言う。
「それが歌だろ」
レイナは少し黙って、頷く。
「……うん」
⸻
投稿。
最初は、いつも通り。
ゆっくりと再生が伸びていく。
だが——
数時間後。
「……あれ?」
レイナがスマホを見る。
再生数の伸び方が明らかに違う。
コメントの勢いも増えている。
『これやばい』
『泣いた』
『なんか刺さる』
『誰に向けてるのこれ』
拡散が始まっていた。
「……すごい」
レイナが小さくつぶやく。
恒一も画面を見る。
わかる。
これは——当たっている。
「……来たな」
ぽつりと呟く。
レイナは少しだけ笑う。
「うん」
でも、その表情は少しだけ照れていた。
⸻
夜。
今日は佐倉が泊まる日だった。
3人で軽く食事をして、それぞれの部屋へ。
レイナの部屋。
ベッドに座りながら、スマホを見ている。
隣には佐倉。
「……伸びてるね」
「うん……ちょっと怖いくらい」
「いいことじゃん」
佐倉は軽く笑う。
「ちゃんと届いてるってことだし」
レイナはスマホを見たまま、少しだけ黙る。
指が止まる。
「……ね、佐倉さん」
「ん?」
「変なこと聞いていい?」
「いいよ」
少し間。
そして——
「私さ……本気なんだ」
佐倉の手が止まる。
「……黒沢さんのこと」
「……え?」
思わず声が出る。
レイナは前を見たまま続ける。
「最初はさ、助けてもらってばっかで」
「すごい人だなって思ってて」
「でも……気づいたら」
少し笑う。
「いないとダメになってた」
佐倉は言葉を失う。
想像はしていた。
でもここまでとは思っていなかった。
「……マジで?」
「うん」
迷いのない返事だった。
⸻
少しの沈黙。
佐倉がふっと息を吐く。
「……あの曲さ」
「え?」
「『そのままでいい』」
レイナの肩が少しだけ動く。
「……黒沢さんのことだよね?」
一瞬、空気が止まる。
レイナは目を伏せる。
そして、ゆっくり頷く。
「……うん」
小さく、でもはっきりと。
⸻
「……やっぱりか」
佐倉が天井を見る。
「なんとなくそんな気はしてたけど」
「……バレてた?」
「バレるって」
即答だった。
「最近めっちゃわかりやすいもん」
「え、うそ」
「うそじゃない」
佐倉は笑う。
「顔違うし」
「楽しそうだし」
レイナは少しだけ照れる。
「……そっか」
「そっか、じゃないでしょ」
少しだけ真面目な顔になる。
「で、どうすんの?」
レイナは少しだけ考える。
でも、すぐに答える。
「ちゃんと伝える」
まっすぐに言う。
「逃げたくない」
その目は、揺れていなかった。
⸻
佐倉は少しだけ黙って、それから笑う。
「……いいじゃん」
「え?」
「レイナらしい」
軽く肩を叩く。
「でもさ」
「うん?」
「相手、あの人だよ?」
「うん」
「めんどくさいぞ、あれ」
レイナが吹き出す。
「わかる」
「でしょ?」
2人で笑う。
⸻
「でもさ」
レイナがぽつりと言う。
「それでもいいんだよね」
佐倉は少しだけ優しく頷く。
「……うん」
「たぶん、そういうもんなんだと思う」
⸻
その頃。
リビング。
恒一は一人、ソファに座っていた。
スマホの画面には、再生数が伸び続けている曲。
「……すげぇな」
小さくつぶやく。
でも。
頭の中は別のことでいっぱいだった。
さっきの距離。
抱きしめた感触。
あの表情。
「……まずいな」
苦笑する。
完全に、意識している。
そのとき。
視界に浮かぶ。
「……3」
「加速」
「……?」
短い言葉。
意味はまだわからない。
でも——
何かが、一気に動き始めている気がした。
第53話を読んでいただきありがとうございました。
今回のテーマは「本気」です。
レイナの気持ちは、ここで完全に確定しました。
迷いではなく、憧れでもなく、
しっかりとした“意志”としての想い。
そして、それが作品として外に出たことで、
思わぬ反響へと繋がっていきます。
歌は嘘をつけない。
だからこそ、人の心に届く。
その強さが少し見えた回でもあります。
一方で恒一は、まだ葛藤の中にいます。
気持ちは動いている。
でも、それをどう扱うかがわからない。
この“ズレ”が、これからどうなるのか。




