第49話 揺れ
ここまで読んでいただきありがとうございます。
第49話では、少しずつ変わり始めた関係性に焦点を当てています。
大きな出来事があるわけではありませんが、
何気ない会話や出来事の中で、
確実に距離や空気が変わっていきます。
気づいているのか、いないのか。
その曖昧な状態こそが、
この回の大きなポイントになっています。
新曲を配信してから、反応は明らかに変わった。
数字の伸び方が違う。
コメントの質も違う。
「……これ、来てない?」
レイナが画面を見ながら言う。
「来てるな」
恒一も短く答える。
派手なバズではない。
でも、確実に広がっている。
『今回の曲やばい』
『前より好き』
『なんか刺さる』
『この人、誰なんだよ』
匿名のまま。
正体は知られていない。
それでも、確実に届いている。
灯が、大きくなり始めていた。
⸻
その夜。
レイナはスマホを見ながら、少しだけぼんやりしていた。
コメントを何度も読み返す。
同じ曲なのに、聴くたびに少し違う意味を持つ。
「……変なの」
小さくつぶやく。
でも、それは嫌な感じじゃない。
ちゃんと届いている証拠だった。
通知が鳴る。
知らないアカウントからのDM。
少し迷って、開く。
『この曲、好きです』
短い一文。
それだけなのに、指が止まる。
『救われました』
「……」
レイナはしばらく画面を見ていた。
「……すごいな、これ」
ぽつりと漏れる。
知らない誰かに届いている。
それが、こんなにも嬉しいとは思わなかった。
⸻
リビングに行くと、恒一がソファに座っていた。
「どうした」
「……ちょっと」
隣に座る。
少しだけ距離が近い。
それを意識してしまう。
「なんかあったか」
「うん」
スマホを見せる。
恒一はそれを見て頷く。
「いいじゃん」
「な」
「ちゃんと届いてる」
「うん」
それだけで、少し安心する。
沈黙。
テレビの音が流れる。
「……さ」
「ん?」
「なんで来てくれたの?」
「何が」
「倒れたときとか」
恒一は少し考える。
「……なんとなく」
「なんとなく?」
「気づいたら動いてた」
「ふーん」
レイナは少し視線を落とす。
「ありがと」
「今さらかよ」
「今さら」
少し笑う。
でも、その笑い方は前より柔らかかった。
⸻
「ちょっと水取ってくる」
レイナが立ち上がる。
キッチンへ向かう。
グラスを取って、水を入れる。
一口飲む。
少し落ち着く。
戻ろうとした、そのとき。
足元のケーブルに引っかかる。
「あっ――」
体勢を崩す。
そのまま――
ドン。
「うおっ」
恒一の上に倒れ込む。
一瞬、時間が止まる。
顔が近い。
息がかかる距離。
「……」
「……」
目が合う。
逸らせない。
心臓の音が、やけに大きい。
(……近い)
恒一の思考が止まる。
レイナも同じだった。
何も考えられない。
ほんの数秒。
でも、やけに長く感じる。
「……っ」
レイナがハッとする。
「ご、ごめん!」
慌てて離れる。
距離を取る。
顔が真っ赤だった。
「いや、別に……」
恒一も視線を逸らす。
落ち着かない。
空気が変わる。
さっきまでとは違う。
沈黙。
「……」
「……」
気まずい。
でも、嫌じゃない。
(……なんだ今の)
恒一は心の中でつぶやく。
(……やばい)
レイナも同じだった。
⸻
数日後。
配信。
新曲を歌う。
視聴者は前より増えていた。
200。
300。
コメントが流れる。
『この曲ほんと好き』
『毎日聴いてる』
『誰なんだよマジで』
その中に。
『これ、誰かに向けてるでしょ』
というコメント。
レイナの指が、一瞬だけ止まりそうになる。
でも、そのまま弾き続ける。
歌い続ける。
何もなかったように。
でも。
心は揺れていた。
終わる。
配信を切る。
「……バレてないよね」
「何が」
「……なんでもない」
言えない。
でも、隠しきれていない。
⸻
その夜。
レイナはベッドの上でスマホを見ていた。
さっきのコメント。
頭から離れない。
「……バレるわけないのに」
そう思う。
でも。
どこかで、バレてもいいと思っている。
「……ほんとやばい」
小さく笑う。
もう、気づいている。
この気持ちに。
⸻
同じ頃。
恒一はリビングで一人、ぼんやりしていた。
「……なんか変だよな」
ぽつりとつぶやく。
レイナの様子。
最近の空気。
少しだけ違う。
理由はわからない。
でも、確実に変わっている。
そのとき。
視界に浮かぶ。
「……24」
「揺れ」
短い言葉。
「……そのまんまだな」
苦笑する。
気持ちも。
距離も。
少しずつ揺れている。
まだ形にはなっていない。
でも。
確実に、動いている。
この揺れは――
もう、止まらない。
第49話を読んでいただきありがとうございました。
今回のテーマは「揺れ」です。
感情に気づいた側と、まだ気づいていない側。
同じ時間を過ごしていても、
見えている景色は少しずつズレていきます。
そして、今回の“事故”のような出来事は、
そのズレを一気に表面へ引き出すきっかけになりました。
意識してしまう距離。
言葉にできない違和感。
そのすべてが、関係を次の段階へと進めていきます。




