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48歳、6億当たったら人生が壊れた件 〜底辺おじさんと国民的アイドルの秘密の恋〜  作者: れいじ


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第29話 足りないもの

ここまで読んでいただきありがとうございます。


第29話では、いよいよ“プロの現場”が始まります。


これまでのレイナは、

評価され、可能性を見出されてきました。


しかし——


本当に上を目指す世界では、

それだけでは通用しません。


今回、神代レンは容赦なく否定します。


そして、それを“言葉”ではなく

“音”で証明します。


同じ曲でも、ここまで違うのか。


その差を、レイナ自身が体感する回です。


ここが一つの分岐点になります。


スタジオの中は静かだった。


 だが、空気は重い。


 レコーディングブースに立つレイナは、ヘッドホンをつけたまま小さく息を吐いた。


「じゃあ、一回歌ってみて」


 神代レンが軽く言う。


 あまりにも軽い。


 けれど、その一言で部屋の温度が少し下がる。


 レイナはマイクを握る。


 新しいメロディ。


 仮の歌詞。


 レンがその場で組み上げたような、まだ未完成の曲。


 なのに、妙に難しい。


 ごまかしが効かない。


「……お願いします」


 小さく言って、歌い出す。


 言葉を丁寧に乗せる。


 音程を外さないように。


 リズムを崩さないように。


 慎重に。


 真面目に。


 最後まで歌い切る。


 静寂。


 数秒。


 レンが椅子にもたれたまま言う。


「……うん」


 短い。


 だが、その一言でレイナの背中が固くなる。


「全然ダメ」


 あっさりだった。


 容赦がない。


 レイナの呼吸が止まる。


 ブースの外で見ていた恒一も、思わず顔を上げる。


 佐倉は何も言わない。


 ただ、じっと見ている。


「……何がダメですか」


 レイナが聞く。


 声は少しだけ固い。


 レンはすぐに答える。


「全部」


 短い。


 逃げ道がない。


「ピッチはいい」


「リズムも別に悪くない」


「でも」


 少しだけ間を置く。


「つまらない」


 その一言。


 静かなのに、重い。


 レイナの表情が揺れる。


「……つまらない?」


「うん」


 レンはあっさり言う。


「綺麗すぎる」


「整いすぎてる」


「ちゃんと歌おうとしすぎ」


 淡々と続ける。


「それだと、誰にも刺さらない」


「正解をなぞってるだけ」


「それなら、上手い人はいくらでもいる」


 レイナは何も言えない。


 刺さる。


 痛いくらいに。


 でも、言い返せない。


 たぶん、それが本当だから。


「……じゃあ、どうすればいいですか」


 絞り出すように聞く。


 レンは少しだけ首を傾ける。


「崩して」


「……え?」


「もっと崩していい」


「もっと自分で歌って」


「上手くやるんじゃなくて、引っかけて」


 シンプルだった。


 だが、難しい。


「今のは」


 レンが続ける。


「上手いだけ」


「それじゃ売れない」


 空気が重く沈む。


 恒一が無意識に拳を握る。


 だが、何も言わない。


 ここで口を出すのは違う。


 佐倉も同じだった。


 ただ、レイナを見ている。


 レイナは目を閉じる。


 悔しい。


 でも、逃げる気はない。


「……もう一回、いいですか」


 レンが少しだけ笑う。


「いいよ」


 軽い返事。


 だが、その目は鋭い。


 レイナはマイクを握り直す。


 深く息を吸う。


 さっきと同じ曲。


 でも、同じようには歌わない。


 少しだけ間をずらす。


 言葉を置くように歌う。


 丁寧にやることを、少しだけやめる。


 感情を乗せる。


 最後まで歌い切る。


 静寂。


「……うん」


 レンが言う。


 さっきと同じ言葉。


 でも。


「さっきより、いい」


 少しだけ変わった。


 たったそれだけ。


 でも、ゼロじゃない。


 前に進んでいる。


 レイナは小さく息を吐く。


 まだ足りない。


 でも。


 何が足りないのか、さっきより少しだけわかった。


「……まだ違うけどね」


 レンが続ける。


 レイナが顔を上げる。


「……何が足りないんですか」


 その問いに、レンは少しだけ考える。


 そして。


「ちょっといい?」


 スマホを手に取る。


 短くメッセージを打つ。


「今、スタジオいる?」


 それだけ。


 数秒後、画面を見て軽く頷く。


「オッケー」


 恒一が眉をひそめる。


「……何する気だ」


「まあ、見てて」


 レンは軽く笑う。


 数分後。


 スタジオのドアが開く。


「おつかれー」


「急に呼ぶなよ」


「面白いことあるって言うから来たけど」


 入ってきたのは、三人の男たち。


 ラフな格好。


 気負いのない表情。


 でも、空気が変わる。


 佐倉が息をのむ。


「……BLUE EDGE」


 恒一も、言葉を失う。


「マジかよ……」


 さっきまで画面の向こうや音楽番組の中にいた存在が、普通にスタジオへ入ってくる。


 レンは何事もないようにピアノの前に座る。


「さっきのやつ、ちょっとやろう」


 軽い一言。


 カウントもない。


 打ち合わせもない。


 なのに。


 音が始まった瞬間、空気が変わる。


 ドラム。


 ベース。


 ギター。


 ピアノ。


 同じ曲のはずなのに、まるで別物だった。


 音が重なるたびに、景色が変わっていく。


 呼吸が奪われる。


 体に入ってくる。


 頭じゃなく、先に胸が反応する。


 レイナの目が見開く。


 何もできない。


 ただ、立ち尽くす。


 これが、プロ。


 これが、本物。


 数十秒。


 それだけで十分だった。


 音が止まる。


 静寂。


 誰もすぐには動けない。


 レンが振り返る。


「……これ」


 軽く言う。


「別に上手くやってないよ」


「でも、引っかかるでしょ」


 レイナは何も言えない。


 ただ、頷く。


「それ」


 レンが言う。


「それが足りない」


 レイナの喉が小さく動く。


 悔しい。


 圧倒的だった。


 何もかも違う。


 技術だけじゃない。


 音の置き方。


 間。


 熱。


 全部が違う。


「……悔しい」


 ぽつりとこぼれる。


 誰に聞かせるでもなく。


 レンが少しだけ笑う。


「いいね」


「その顔」


「そこからだよ」


 軽い口調。


 でも、言っていることは真っ直ぐだった。


 レイナは拳を握る。


 目は、もう逸らしていない。


「……やります」


 小さいけれど、はっきりした声。


 レンが頷く。


「うん」


「じゃあ、ここから本番」


 BLUE EDGEのメンバーたちは軽く笑って、またそれぞれの位置に戻る。


 恒一は、ガラス越しにレイナを見る。


 さっきまでとは違う顔をしていた。


 悔しさ。


 焦り。


 でも、それだけじゃない。


 火がついている。


 佐倉が小さくつぶやく。


「……よかった」


「一回、折れて」


 恒一は何も言わなかった。


 ただ、小さく頷いた。


 ここから先は、楽じゃない。


 でも。


 たぶん。


 今までで一番、本物に近づいている。


第29話を読んでいただきありがとうございました。


今回は「足りないもの」というテーマでした。


ただ上手いだけでは届かない。


正しくても、伝わらなければ意味がない。


この“ズレ”に気づけるかどうかが、

プロとしての分かれ道になります。


そして、BLUE EDGEの登場。


ここで一気に“世界の広さ”を出しました。


呼べば来る距離にいる存在でも、

実力の差は圧倒的。


その現実を、レイナは正面から受け止めます。


「悔しい」


この一言が出たことで、

次のステージに進む準備は整いました。


ここからは“食らいつく物語”です。

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