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48歳、6億当たったら人生が壊れた件 〜底辺おじさんと国民的アイドルの秘密の恋〜  作者: れいじ


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第30話 動き出す音

ここまで読んでいただきありがとうございます。


第30話は、物語が静かに動き出す回です。


プロの現場に足を踏み入れ、

自分の足りなさを知ったレイナ。


それでも折れずに、少しずつ前に進もうとする姿を描きました。


そして今回は、

黒沢との距離感にも少し変化が出てきています。


特別なことは起きていません。


ですが、何気ない会話ややり取りの中に、

これからに繋がるものが少しずつ生まれています。


大きな変化の前には、

こういう“静かな積み重ね”が必要だと思っています。


スタジオの空気は、まだ少し張り詰めていた。


「じゃあ、もう一回いこうか」


 神代レンが軽く言う。


 レイナは頷く。


 マイクを握る。


 さっき見たもの。

 あの音。

 あの差。


 全部が頭から離れない。


 歌い出す。


 少しだけ崩す。

 整えすぎない。

 怖い。

 でも、止めない。


 最後まで歌い切る。


「……うん」


 レンが言う。


「さっきよりいい」


 それだけ。


 でも、十分だった。


「今日はここまでにしよっか」


 拍子抜けするくらい、あっさり終わる。


 でも。


 確実に何かが変わっていた。


 レイナはブースを出る。


 まだ胸の奥が熱い。


 悔しさもある。

 でも、それだけじゃない。


 少しだけ、前に進めた感覚があった。


 レンは軽く手を振る。


「明日以降、また詰めよう」


「この感じなら、たぶん面白くなる」


 レイナは小さく頷く。


「……うん」


 短い返事。


 でも、その目はさっきよりも強かった。


 スタジオを出る。


 夜の空気が少し冷たい。


「……疲れた?」


 隣を歩きながら、恒一が言う。


「疲れた」


 レイナはそのまま答える。


 少しだけ笑う。


「でも、楽しい」


 恒一が少しだけ驚く。


「楽しいのかよ」


「うん」


 少し間を置いて。


「悔しいけど」


 恒一が小さく頷く。


「それなら大丈夫だな」


「え?」


「前のお前ならさ」


「たぶん落ち込んで終わってたろ」


 レイナは少し考える。


「……たしかに」


 昔の自分なら、あの「全然ダメ」で心が折れていたかもしれない。


 でも今は違う。


「でも今は違う」


 はっきり言う。


「追いつきたいって思ってる」


 恒一はその横顔を見る。


 前より、少し強くなっている。


 ちゃんと前を向いている。


「いい顔してるな」


「え、なにそれ」


 レイナが少し笑う。


「いや、なんでもない」


「絶対なんかあるでしょ」


「ねぇって」


 少し間。


 自然な空気。


 沈黙が気まずくない。


 そのことに、レイナはふと気づく。


 最初の頃なら、こんなふうに並んで歩けなかった気がする。


「……ねえ」


「ん?」


「黒沢ってさ」


「なんでそんな落ち着いてんの?」


「は?」


「いや、レンさんにあんなふうに言われたら、普通もっとムカつくとかさ」


「お前が言われてんのに、なんで俺がムカつくんだよ」


「いや、ほら、ちょっとくらい味方してくれてもいいじゃん」


 恒一が苦笑する。


「してるだろ」


「してる?」


「ああ」


 レイナがじっと見る。


「全然わかんない」


「お前、さっきあの場で俺が余計なこと言ったらどうなってたと思う?」


「……たぶん、もっと空気悪くなってた」


「だろ」


「だから黙ってた」


 レイナは少しだけ黙る。


 それから、ふっと笑う。


「……なるほど」


「一応考えてるんだ」


「一応ってなんだよ」


 恒一が呆れたように返す。


「いや、なんかいつも適当そうだから」


「失礼だな」


「でも、ちょっとわかったかも」


「何が?」


「黒沢のそういうとこ」


「だから何がだよ」


「そこは言わない」


 レイナが少しだけいたずらっぽく笑う。


 恒一はそれ以上聞かなかった。


 聞いたら、妙に意識してしまいそうだった。


 事務所に戻ると、佐倉がすでにパソコンの前で資料を開いていた。


「おかえりなさい」


「おう」


「どうだった?」


 レイナがソファに座り込みながら言う。


「ボロボロ」


「でも、ちょっと楽しい」


 佐倉が優しく笑う。


「それなら大丈夫ですね」


「完全に折れてたら危ないですけど」


「悔しいって思えてるなら、まだ伸びます」


 レイナは天井を見上げる。


「伸びたいなあ……」


「いや、伸びるでしょ」


 恒一が言う。


 レイナが顔だけ向ける。


「なんでそんなこと言えるの」


「なんとなく」


「適当だな」


「まあな」


 佐倉が少し笑う。


「でも、黒沢さんのそういう言い方、意外と効くんですよね」


「でしょ?」


「いや、お前が得意げになるなよ」


 事務所の空気が少しだけ和らぐ。


 その夜。


 レイナは自分の部屋で、またデモを聴いていた。


 何度も。


 繰り返し。


 イントロ。

 Aメロ。

 サビ。


 頭の中で、レンの声が蘇る。


『つまらない』


『整いすぎ』


『もっと引っかけて』


 悔しい。


 けど。


 それ以上に、負けたくない。


 音を止めて、もう一度歌う。


 今度は小さく。


 自分なりに。


 少しだけ崩してみる。


 でも、やりすぎると違う。


「……むず」


 思わずつぶやく。


 ベッドに倒れ込む。


 スマホを胸の上に置く。


 しばらく天井を見つめる。


 すると、画面が光る。


 メッセージ。


 恒一だった。


『起きてるか』


 短い文。


 それだけなのに、少しだけ気が抜ける。


『起きてる』


 すぐに返す。


 数秒後。


『曲どうだ』


 レイナは少し考えてから打つ。


『むずい』


『でもやばい』


『いい意味で』


 すぐに返ってくる。


『そうか』


 それだけ。


「……短っ」


 思わず口に出る。


 でも、その後にもう一通届く。


『お前、こういうの燃えるタイプだろ』


 レイナは、その文を見て少しだけ止まる。


 そして、自然と笑った。


『まあね』


『負けたくない』


『だろうな』


 それだけのやり取り。


 でも、少しだけ元気が戻る。


 レイナはもう一度、デモを再生する。


 イントロが流れる。


 さっきより少しだけ、怖くない。


「……大丈夫」


 小さくつぶやく。


「……責任取ってよ」


 少しだけ笑う。


 誰に向けたのか、自分でもわからないふうを装いながら。


 でも、答えはわかっていた。


 数日後。


 スタジオ。


「来たね」


 レンが軽く言う。


「どう?」


 レイナは少しだけ息を吸う。


「……やってみる」


「いいね」


 レンが笑う。


「じゃあ、録ろうか」


 あっさりした声。


 でも、それが本番の合図だった。


 レイナはブースに入る。


 マイクの前。


 ヘッドホンをつける。


 音が流れる。


 あの曲。


 何度も聴いた。

 何度も歌った。

 何度も迷った。


 でも、今は違う。


 少なくとも、前よりは。


 ガラス越しに、恒一が見える。


 何も言わない。


 でも、いる。


 それだけで少し落ち着く。


 深く息を吸う。


 そして。


 歌い出す。


 最初の一音。


 少しだけ震える。


 でも、止めない。


 言葉を置く。


 音に乗せる。


 感情を乗せる。


 サビ。


 一気に引き上げる。


 全部出す。


 最後まで。


 歌い切る。


 静寂。


 長い。


 さっきよりも、ずっと長く感じる。


 レンが、ゆっくり口を開く。


「……うん」


 その一言。


 レイナの呼吸が止まる。


第30話を読んでいただきありがとうございました。


今回は、新曲という大きな転機が訪れました。


神代レンが作った楽曲。


それはレイナにとってチャンスであり、

同時に試練でもあります。


「やばい」と思えるものに出会えた時、

人は自然と変わり始める。


今回のレイナは、まさにその状態です。


そしてもう一つ。


黒沢とのやり取りが少しだけフランクになりました。


まだ恋ではありません。


でも、前よりも少しだけ近い距離。


その変化を感じてもらえたら嬉しいです。

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