第28話 神代レンという男
ここまで読んでいただきありがとうございます。
第28話では、物語が一段階上に進みます。
小さなライブハウスから始まった再スタートが、
思いがけない形で“本物の世界”へと繋がりました。
神代レンという存在。
名前だけでも十分すごい人物ですが、
実際に会ってみると、想像とは少し違う。
それでも——
音と、言葉と、空気で
「この人は本物だ」と感じさせる。
そんな出会いを描きました。
この先、レイナは“プロの現場”で
自分の実力を試されることになります。
ここからが本当の勝負です。
事務所の机の上に、スマホが置かれている。
画面には、あの名前。
神代レン。
「……で、誰なんだよ」
恒一がぼそっと言う。
佐倉が一瞬止まって、すぐに笑った。
「え、ちょっと待ってください」
「本気で言ってます?」
「いや……名前は聞いたことある気がするけど」
「いやいやいや」
佐倉が軽く手を振る。
少しテンションが上がる。
「有名とかそういうレベルじゃないですよ」
「神代レンですよ?」
レイナも少し驚いた顔をする。
佐倉はそのまま続ける。
「まず、BLUE EDGEってバンド」
「あれの中心メンバーです」
「……あー、聞いたことあるな」
恒一が頷く。
「で、そのあとソロやって」
「今はプロデュースもしてて」
少し身を乗り出す。
「Lumièreってアイドル、知ってます?」
レイナが反応する。
「……あのルミエール?」
「そうですそうです!」
佐倉が少し嬉しそうに言う。
「あれ全部、神代レンですよ」
恒一が目を丸くする。
「マジかよ」
「マジです」
佐倉は笑う。
「普通にトップクラスです」
「音楽でちゃんと結果出してる人ですね」
レイナは黙って聞いていた。
少しだけ表情が引き締まる。
「……そんな人が、なんで」
小さくつぶやく。
佐倉は少し柔らかく言う。
「うーん、理由はわからないですけど」
「でも、ちゃんと聴いてくれたんだと思いますよ」
レイナは目を伏せる。
あのステージ。
あの曲。
あの空気。
「……いたのかな」
ぽつりとこぼす。
佐倉は軽く頷く。
「いても全然おかしくないですよ」
恒一が腕を組む。
「……で、どうすんだ」
レイナを見る。
少しだけ間。
そして。
「……会う」
はっきり言う。
佐倉がにこっと笑う。
「いいと思います」
「絶対会った方がいいです」
恒一も頷く。
「まあ、断る理由はねぇな」
レイナは静かに言う。
「ちゃんと見たい」
「どんな人なのか」
その声には、少しだけ緊張が混じっていた。
⸻
数日後。
都内のスタジオ。
外観はシンプルだが、どこか洗練されている。
入り口に立っただけで、空気が違うのがわかった。
「……ここか」
恒一が周囲を見渡す。
「思ったより静かだな」
「こういうところほど静かなんですよ」
佐倉が軽く言う。
「中はたぶん、すごいと思います」
「余計緊張するな」
恒一が苦笑する。
レイナは何も言わない。
ただ、ドアの前に立つ。
深く息を吸う。
そのとき——
わずかに音が漏れてくる。
ピアノ。
柔らかく、でも芯のある音。
三人とも自然と足を止める。
言葉が出ない。
ただ、聴いてしまう。
旋律が流れる。
短いのに、心に残る。
「……すげぇな」
恒一が小さく言う。
佐倉も黙っている。
レイナも動けない。
音が止まる。
一瞬の静寂。
「……入っていいよ」
中から声。
軽い。
驚くほど軽い。
スタッフがドアを開ける。
三人は中に入る。
そこにいたのは——
ピアノの前に座る男。
ラフな服装。
片手で鍵盤をなぞりながら、ゆっくり振り返る。
「……あ、来た?」
軽い声。
さっきまでの音とのギャップが強すぎる。
「……え?」
恒一が思わず声を漏らす。
佐倉も一瞬だけ驚く。
「……思ってたよりラフですね」
小さく言う。
でもすぐに表情を整える。
レイナは何も言わない。
ただ、その男を見ている。
神代レン。
確かにそこにいた。
男が立ち上がる。
無駄のない動き。
自然と視線が集まる。
部屋の中心にいる。
そう感じる存在感。
「レイナ、だよね」
一歩近づく。
距離が、近い。
レイナは静かに頷く。
レンは軽く笑う。
「この間のライブ、良かったよ」
その一言。
それだけで空気が変わる。
レイナの呼吸が少しだけ止まる。
「……ありがとうございます」
わずかに声が揺れる。
「……なんで、私に?」
レイナが聞く。
レンは少しだけ考える。
そして、あっさり言う。
「君のファンなんだよ」
一瞬、空気が止まる。
レイナの目が揺れる。
レンは続ける。
「君の声とか、佇まいとか、雰囲気」
「スターになれる素質があると思ったんだ」
一歩、近づく。
視線がまっすぐ重なる。
「……直接会って、確信した」
レイナは言葉を失う。
胸の奥が、少しだけ熱くなる。
こんな風に言われたことは、なかった。
軽いのに、軽くない。
ちゃんと見られている。
そう感じる。
レンが少しだけ笑う。
「だから」
「一緒にやりたい」
シンプルな一言。
でも、逃げ場がないくらい真っ直ぐだった。
恒一も佐倉も黙る。
この男。
軽いのに——
本物だ。
そう思う。
レイナは一瞬目を閉じる。
そして。
「……お願いします」
はっきりと言う。
迷いはない。
佐倉がそっと微笑む。
安心したように。
レンも頷く。
「いいね」
ピアノに指を置く。
一音、鳴らす。
それだけで空気が変わる。
「じゃあさ」
軽く振り返る。
「ここから、面白くしよう」
第28話を読んでいただきありがとうございました。
神代レンの登場回でした。
このキャラクターは、
ただの“すごい人”ではなく、
少し軽くて、でも核心を突く。
そんなギャップを持たせています。
そして今回のポイントは、
レンがレイナを選んだ理由です。
難しい理屈ではなく、
「伝わってきた」という感覚。
音楽の本質に近い部分を、
あえてシンプルな言葉で表現しています。
ここからは制作編に入ります。
順調にはいきません。
むしろ一度、大きく崩れます。
ですが、その先にあるものが
この物語の一番大事な部分になります。




