第10話 足りない
第10話を読んでいただきありがとうございます。
ここから、物語の流れが大きく変わります。
これまでの“当たり”や“違和感”が、現実の問題と繋がる回です。
ぜひ、その変化を感じていただけたら嬉しいです。
昼過ぎだった。
スマホが鳴ったのは、珍しいことじゃない。
だが、その着信音がやけに嫌な感じがした。
「……誰だ」
画面を見る。
知らない番号。
少しだけ迷ってから、通話ボタンを押す。
「……もしもし」
『黒沢さんのご家族の方ですか?』
女の声。
落ち着いているが、どこか事務的な響き。
「……そうだけど」
『こちら○○病院です。お母様が——』
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それから先は、よく覚えていない。
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気づけば、病院にいた。
白い壁。
消毒の匂い。
静かすぎる廊下。
「……」
足が重い。
現実感がない。
受付で名前を伝え、案内される。
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ベッドの上に、母がいた。
酸素マスク。
点滴。
目は閉じている。
「……母さん」
声が、少しだけ震えた。
返事はない。
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「ご家族の方ですね」
振り返ると、医者が立っていた。
白衣。
冷静な目。
「……はい」
「少しお話よろしいでしょうか」
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別室。
椅子に座る。
テーブルを挟んで、医者と向き合う。
「お母様ですが——」
淡々とした説明。
難しい言葉。
専門用語。
だが、要点だけはすぐにわかった。
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「……重い、んですか」
「はい」
短い返答。
「現状では、かなり厳しい状態です」
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頭が、真っ白になる。
「……助かるんですか」
やっと出た言葉。
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「可能性はあります」
その一言に、少しだけ息をする。
だが——
「ただし」
医者が続ける。
「国内では難しい治療になります」
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嫌な予感がした。
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「海外での手術が必要です」
「……」
「成功例はありますが——」
少しだけ間を置く。
「費用が、非常に高額になります」
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心臓が、ゆっくりと嫌な音を立てる。
「……いくら、ですか」
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「最低でも、三億円ほど」
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沈黙。
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「……は?」
思わず声が漏れる。
「三億……?」
「はい」
淡々とした返答。
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頭の中で、数字が回る。
三億。
6億の、半分。
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「……そんなの」
言葉が出ない。
現実感がない。
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「もちろん、すぐに決断が必要というわけではありません」
医者が続ける。
「ただ——」
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「時間がありません」
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その一言で、すべてが現実になる。
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廊下に出る。
足元が、少しふらつく。
「……三億」
小さくつぶやく。
6億ある。
普通なら、ありえない金額。
だが今は——
「……足りるのか?」
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手術費用だけじゃない。
渡航費。
滞在費。
その後の治療。
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「……全部使うのかよ」
笑えなかった。
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ベンチに座る。
頭を抱える。
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6億円。
人生を変える金。
何でもできる金。
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そう思っていた。
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「……足りねぇじゃねぇか」
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ぽつりとこぼれる。
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そのとき。
ふと、思い出す。
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競馬。
数字。
“見えた”結果。
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「……」
ゆっくりと、顔を上げる。
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「……使えってことか?」
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誰に言うでもなく、つぶやく。
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6億円は、ゴールじゃない。
ただのスタート。
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この状況を、乗り越えるための。
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ズキッ。
「……っ」
頭に、痛み。
さっきより、強い。
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だが、今はそんなことどうでもよかった。
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「……やるしかねぇな」
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小さく、笑う。
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当てる。
もっと。
確実に。
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未来が見えるなら。
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「……全部、取る」
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目の奥に、光が宿る。
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黒沢恒一は、初めて——
“勝つために”力を使うことを決めた。
第10話を読んでいただきありがとうございました。
6億円という大金を手に入れても、
それでも「足りない」と思う状況。
黒沢恒一にとって、この力の意味が大きく変わる瞬間になりました。
これまでは偶然の延長だったものが、
ここからは“選択”と“覚悟”になります。
次回は、その力を本気で使う展開へ。
果たして思い通りにいくのか、それとも——
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