【ノクターンと子守唄】
薄れゆく、離れていくような感覚の中で、
千歌は、もうほとんど開かない瞳を虚空に向けて、お風呂場の床に横たわる。
全身に浴びせられる冷たいシャワーの水は、白い床を真っ赤に塗り替えていきながら一面に広がっていく。
修行の滝を浴びても、こびりついた真っ赤な全身は元の姿に戻ることを赦さない。
錯乱した狂気は、絶え間なく血液が脈を打って、流れても流れても氷上をまた染めていく。
千歌は華奢な小さな真っ赤なカラダを小刻みに震わせながら、
自分の小さい頃の記憶を細い目で見ていた。
母・優子が小さな千歌に歌ってくれた子守唄を振り絞るように口ずさみながら。
まーた…笑う可愛い…顔…
「千歌が赤ちゃんだったとき、すごーく良く笑う子でね。」
優子は、千歌のピアノの発表会の衣装のドレスのお縫い物をしながら、
ニコニコと小さな千歌に話して聞かせた。
「お父さんもお母さんも、千歌の笑った顔を見るたびに、すごーく幸せな気持ちになってね。」
優子は、針刺しに針を置くと手を止め、
自分の胸に両の手のひらを添えると嬉しそうに目をつむる。
千歌も優子のマネをして、
嬉しそうにニコニコと自分の胸に両手を添える。
そっと、目を開くと、
「そしたら、お母さん、おもわず子守唄が頭の中に流れたの。」
優子は、また優しく微笑むと、その“子守唄”を口ずさんだ。
また笑う可愛い顔…
幸せくれる優しい子…
「コレ、おかあさんがつくったの?」
「そうだよ。」
「すごーいっ!」
千歌も嬉しそうに目をキラキラさせて、テーブルに手をたて足をドンドンとさせると、母・優子に重ねながら口を尖らせ口ずさむ。
百の歌にいつも包まれますように…
「大好きで大好きで、可愛くてたまらなくて。
この子守歌を聴くと、千歌はスーッて良く眠る赤ちゃんだったんだよ。」
“ふふふ”と両手を口に添えて、お母さんのお話に、とても嬉しそうに恥ずかしそうに、千歌は笑った。
「おかあさん…」
享年18。
凍える流水に浴びせられ、冷たくなるのに時間はかからなかった。
全身を真っ赤に染めた少女の命の灯は、静かに、そして破滅的に焦がされた。
決して色褪せることのない、
翔平と千歌の物語は、こうして突然に途絶えてしまった。




