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【ノクターンと千の歌】  作者: july❀
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【ノクターンと風の歌】

【千の歌】


また笑う可愛い顔

幸せくれる優しい子

百の歌にいつも包まれますように


めぐる季節に蕾は開き

あなたの歩む道は 輝き 光り 満ちる


また眠る愛しい顔

喜びくれる優しい子

千の歌にいつも包まれますように

なんで俺、実家に帰ってたんだろ。

なんで俺、千歌を1人にしちゃったんだろ。

なんで俺、迎えに行かなかったんだろ。

なんで俺、守ってあげられなかったんだろ。


俺、何やってたんだよ。



「千歌と百合子さんのこの会話聞かせてもらった時はさぁ、ただただ後悔しかなかったんだよね、俺。」


ため息。笑ってる。悲しい。痛い。

嘘だと言ってほしい。

そんな感情が端々に矢を放つ。


「うん、…そうだよね。」


和花は、ただ矢の放たれた先を眺めるしかできない。

そんなもん、行き場さえ見えないのだけど。


翔平と和花は、最後の最後まで、

この翔平の真っ黒な渦巻きについて話していた。


外は明るく白み出していく。



「戦わせてほしかったっ…!俺なんか守ろうとするくらないなら、いなくなるくらいなら…会えなくなっちゃうくらいならっ…!俺に…頼って欲しかったっ…!なんでっ…?俺が守るってっ…約束したのにっっ…!」


俺を守ろうとして千歌は死んじゃったのか。

俺が大切な大好きな千歌を殺しちゃったんだ。

翔平は、取り乱して百合子に泣き叫んだ。


「千歌は…、戦わせたくなかったのよ。翔平くんだって同じでしょ?もし、同じ立場なら。

“守る”って言ってくれた翔平くんを、大好きな翔平くんを、千歌も…守りたかったのよね。

自分のように…傷ついてほしくなかったのよ。傷つけたくなかったの。」


膝から泣き崩れる翔平は、何も言葉を返すことができなかった。

どこにも答えがない。怒りのほこさきがない。

変えることのできない抗えない真実。

行き場のない想いにうずくまって感情を丸出しにして泣き叫ぶしかできなかったんだ。


「どうしてこんな大切な話を豆柴に聞かせようと思ったとおもってるの?翔平くんには、本当のことをちゃんと知っててほしいと思ったからなのよ?千歌がどんな想いで、どれほどの想いで、産まれて初めて大好きになった翔平くんを守ろうとしてたのか。翔平くんには、自分を怨みながら、苦しみながら生きていってほしくないからっ…」


百合子は、言っていて込み上げる無念と翔平の泣きじゃくる弱々しい姿に、グッと溢れてくる姪っ子の可愛い千歌の笑顔に、

「私だって守ってあげたかった!」と、美魔女は顔をクシャッと縮ませハァハッと短い呼吸を吸い上げて泣いた。


小さな手で、しゃがみこんでむせび泣く翔平の大きく震える背中に手をやると、大きく上下に擦りながら、


「千歌が、自分の大切な命を懸けてでも守りたかった人なんでしょ!翔平くんはっ…!

だから!その命をっ…!…その命を大切に、これからも生きてかなきゃね。」


翔平の背中を泣き笑いでポンッと叩いた。

最後に百合子は、


「人生で二度も同じセリフ言うとは思わなかったわ!」


ボロボロ頬を伝う涙を気品溢れるハンカチでお上品に染みこませてお拭きになると、高らかに大笑いをした。



自宅にも学校にもマスメディアが押し掛けて学校にも行けず、卒業式にも出られなかったが、

単位の足りていた翔平は、無事に高校を卒業した。



「これが…俺の暗闇?…ずっと…ずっと抱えてきた“真っ黒な渦巻き”の全部。かな。」


めちゃくちゃな涙の果ての独奏曲の余韻は、バラバラに散りばめられた音の粒たちをガサッとかき集めようと、小さく手のひらを震わせた。


「話してくれて、ありがとう。」

「いえいえ。聞いてくれて、ありがとう。そんな感じでさ、俺は千歌のことは一生忘れないし、死んでも好きでいるとおもう。」

「うん…。よく…わかる。」


なぜだかわからない、内側の赤血球がザワつかない。

チクリと胸をさす痛みもない。怖いくらいの心の平穏。


「千歌さんの想いを考えたら...どんなに悔しかっただろうって…。高校生で…。それに…翔くんがどれだけ辛かったか想像を絶する。」


2人の間には、和花の想像上だけの存在の千歌と、翔平が実際に触れていた千歌。

“互いに違った千歌”を浮かべていた。


「簡単に話せる話じゃないし、翔くんが「焦らずやってこ」って優しく言ってくれたのに、私が勝手に焦って…困らせちゃってたんだね。ごめんね?」


「ううん。和花は何も悪くないよ。俺が背いてきたんだ。わかんないフリして。自分のことも、千歌の気持ちですら。」


「翔くんと千歌さんのお互いに対する想い…すごい絆だよね。すごい強い。そりゃ入れないわけだわ!」


開き直ったように言うと、和花はいつものように豪快にアハハーと笑ってみせた。


「“代わり”とかおもってないから。」

「え?」

「“代わり”とか“2番”とか比べてもないし。ただ、和花と千歌が似てると思うのは本当なんだ。」

「うん。聞いてると確かに似てるとこあるかもっておもう。私は千歌さんみたく…強くないけど…。」

「あ、わかってくれた?和花も十分強いよ!」


豆柴は、目尻を下げてイタズラに笑う。


「幸せに…楽しく生きてっちゃいけない…って、勝手に思い込んで生きてきたんだ…俺。千歌のことがあってから…ずっと。俺を守るとか考えんなよって。俺のせいだって…。俺のせいで千歌は死んじゃったんだっ…て…」


「…そんな」


「でもわかった。俺が違ったんだよね。千歌にも和花にも「そんな寂しいこと言うなよ」とか言うくせに、…俺が1番…わかってなかったんだよな。千歌も和花も…俺なんかより、ずっと…上回っててっ…!」


豆柴が遠くを見て静かに泣いて鼻水をすするから、和花は、そっと手をつないだ。


「和花と出会ってから、“不思議な巡り合わせ”なのかなって、どんどん思うようになって。

俺が…っ!千歌が命懸けで守ってくれた命を大切に生きてなかったから、だから千歌に似た和花に出会わせてくれたのかな?ってっ…!「私の命を無駄にする気?」って。「もっと大事に生きてよ!」って。千歌に言われてる気がしてっ…!」


「…言われてるね。そうだよ、“人生1回だよ”って、教えてくれてる。」


和花は涙をたくさん溢れさせながら、にこやかに頷く。

翔平もその和花に豆柴スマイルを返す。


「だから、“その命を大切にしてる和花”と一緒に生きさせてもらいなさいってことなんだろうなって、今は思ってるんだ。和花を見習って学ばせてもらいなさいって。ね?」


「…え?嬉しいこと言ってくれるじゃん。」


「俺は、千歌への後悔だけ考えて生きてきた。千歌が弾いてくれた『ノクターン』だけ聴いて。

だけど、和花と出会ってから少しずつだけど和花のこと考えてるようになってきたんだ。

だから、想い出が増えるほど、和花を想う時間が千歌より上回る時が来るんだろうなって。」


「想い出が増えるほど上回るかぁ。そうなのかな。嬉しいけどさぁ…大人ぶって強がんなくってもいぃ~よぉ~!」


ふざけた言い方で口を尖らせる和花に、

フフと鼻で笑いながら、「茶化さないの」と翔平は和花の頭をグシャグシャっと撫でる。


「もう1回言うけど、千歌のことは一生忘れない。

だから、このままずっと一緒にいて、2人で超えていこう!」


和花が真顔で押し黙っているので、

ん?翔平が眉をあげて、抜けたタレ目を大きく開き“どした?”と顔で伝えると、


「…翔くん、それって…プロポーズ!?」


「…なんと!?」



外はもうすっかり明るくなっていた。


お日様が「おはよう」と出ずる日曜日の朝は、

翔くんと和花ちゃんの「「おやすみ」」を拒むほどの眩しい青空がどこまでも広がっていく。




千歌に出会わなければ、

俺は、あんなに楽しく夢中でいられなかった。


千歌が振り向かなければ、

俺は、あんなに嬉しいという感情を知らないままだった。


お互いに愛さなければ、

あんなに愛しい日々を送れなかった。



千歌も俺とおなじように想っててくれたんだね。


おなじくらいの想いで守ってくれたんだね。


今度は俺が、

“大切な人が大切に想ってくれた命を大切に生きていかなきゃ”だよね。



「翔平くん、お待たせ。」

「百合子さん、おひさしぶりっす。」

「佐伯さん、はじめまして。石井敏行と申します。」

「はじめまして。佐伯翔平と申します。」


コンサートプロデューサーの石井は、百合子に何度も頭を下げていた。

「サチを…本田千歌のCDを出させてほしい。お願いします。」


「佐伯さん、私はサチ…本田千歌さんの演奏が大好きです。彼女の歌声に魅了されているただのファンです。…彼女をCDデビューさせるのが、ずっと私の夢なんです。」


俺だって、千歌の演奏が大好きですよ。

千歌の歌声を誰よりも愛してるのは、俺ですよ。


「本田千歌さんの足跡が少なすぎて、曲をかき集めたりするのに随分と時間がかかってしまってね。コソコソ録音してたやつじゃ音源が悪すぎちゃってね、雑音を取り除くにもすごい時間がかかってしまいました。」


石井の潤んだ瞳を見つめる翔平は、無表情を動かさない。


「佐伯翔平さんにたどり着くのに12年もの歳月がかかってしまいました。

セットリスト最期の曲、『ノクターン 千歌』を…どうか提供してもらえませんか?お願いします。」


涙をいっぱいにした石井が頭を下げる。

翔平の鼻腔がピクピクと反応してしまう。


「誰にも…渡しませんよ。こんな…大切な歌。」


翔平のレンズからも大量の涙がこぼれ落ちる。


「私からもお願いします。千歌の夢を何も叶えてあげられなかった。人生を守ってあげることも何ひとつできなかった。石井さんが何度も言ってくれて、私もそうだなって思ったの。“本田千歌のピアノに救われる人が必ずいる。だから、奇跡の歌声をたくさんの人に知ってもらいたい。千の歌を世界中の人に聴かせたいんです。”私からもお願いします。」


泣きながら頭を下げる百合子に、翔平は嗚咽をこぼす。


「俺だけの『きゅうのに』は、俺だけが大事に抱えていたいんです。」


俺のためだけに弾いてくれた『ノクターン 千歌』は、俺のため、千歌のお母さんに聴かせるため。

遠いどこかの弦につながるお父さんに聴かせる歌声なんだ。



翔平は1人、本田家のお墓の前にしゃがみ、お線香を手向けると手を合わせた。


「千歌、俺を守ってくれて、愛してくれて、ありがとう。」

豆柴レンズをそっと閉じる。


すると翔平はおもむろに、本田家の墓石の前にひざまづく。


「本当に、ありがとうございましたっ!!」


地面に額をくっつけて、ジャパニーズ土下座を華麗にかまし深々と頭を下げた。


ずをあげい。


しかしまぁ、

やっぱり、千歌のお墓の前にいると、あの『風の歌』が頭に流れます。また怒られるな。


変態男は真面目に笑う。


海に沈められても知らないよ。


俺は千歌に何も返すことができない。本当に情けないけど。

千歌がたくさん歌ってくれた曲を探して、いっぱい聴いてきたよ、知らない人が弾いてる『ショパン』を。

だけど、誰の演奏を聴いてもしっくりこないんだよ。そりゃそうだよね、石井さんて人が言った通り『奇跡の歌声』だもんな、千歌のピアノは。『奇跡』がそんな簡単に世の中に転がってるわけないよね。

俺が千歌にできることって、何もないからな。


ー本田千歌のピアノに救われる人が必ずいるー


千の歌を世界中に…


「今宵は、月夜に千歌の『きゅうのに』でシッポリ一杯だな~」


膝をパンパンと払うと、3時間半の帰路についた。




遺作CD『ノクターン 千歌 ―女神が愛したレンズの光―』

【最期の歌】


私は生まれ変わらないから

あなたに来世あったなら

二度と私を捜さないで


めぐる季節に蕾は開く

水面が凍りだす頃

輝き保てず朽ちる


私は生まれ変わらないから

あなたに来世あったとき

いつも幸せで満たされますように



お読みいただき、ありがとうございました。

たくさんの歌があなたに響きますように。

by july❀

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