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【ノクターンと千の歌】  作者: july❀
33/36

【ノクターンと番記者男】

「現場で発見された凶器からは…」

「事件について警察への取材でわかった情報ですが…」


「いや~世も末だね~…」

「女子高生ですからねぇ、恐ろしいですね~…」


「現場の吉田さん?」

「はい。ここ現場の閑静な住宅街には…」


キチガイ、鬼畜、極悪非道。


テレビのニュースやワイドショーでは、キャスターやコメンテーターが、おもしろおかしく小さな田舎町に似つかわしくない[事件]について語り、視聴率を稼いでは世間を煽り立てていた。

四角い箱の中では、顔出しNGの首から下のABCたちが何人も取材を受けている様子が、連日テレビモニターから報道される。


住人A:「高校生の女の子が一人で住んでるなんて…全然知らなかったですよぉーっ!」


住人B:「確かに、ドンッて物音が珍しく上の階から聞こえたんだよな。上は住んでないとおもうくらい、いつも静かだったから珍しいなーとは思ってはいたけどよぉー…まさかなぁ。」


住人C:「隣近所っていっても、挨拶するかしないかくらいでしたからねー…怖いですねー。」


非日常の刺激は、ごく少量でも中毒者をおさおさと輩出させる。

まるで劇薬を楽しんで服用するかのように、喜んでマイクに向かう人間の弱い強さが毎日世の中を賑わせていた。


佐伯家の外では、たくさんのマイクとカメラが国内トクダネコンテストを競っている。


「テレビつけないでって言ってるでしょ!」


翔平の父と弟が会社と高校に各々メディアに揉みくちゃにされながら出掛けていった平日の朝っぱらから、

2人取り残された翔平の母・朱美がしかるように呆れて言うと、リモコンの電源をポチッと押し、真っ黒になった画面にグレイのスエット姿の翔平少年がソファに座るのが写る。


見たくないのに、見てしまう。

知りたくないけど、知りたい。

これは、こんなのは悪い夢だよと言ってほしくて。

映し出されるどんな“真相”も跳ね返し受け入れないのに、翔平はテレビの中に“真実”を探してしまう。


「早くご飯食べなさい!今日また行くようなんでしょ?」

「あんなに外が騒がしくて…出れるかな…」

この日で何回目になるのか、警察署から呼び出されていた翔平は、

不機嫌な声の母にボソボソッとふてくされたような薄ら笑いをする。


“治安が良い”が謳い文句だった、評判の田舎町のありきたりな普通高校のご近所にあるマンションで起こったのは、[殺人事件]だった。


「大きな事件だったし、家にも学校にもテレビとか雑誌の取材が物凄かったから、探せばすぐ見つかると思うけど。」


翔平は和花に微笑む笑わない目で前置きをした。


事件の詳細は、その後のニュースや取り調べなどで知ることとなるが、“お墓参りに行くだけだったはず”のあの日曜日。百合子が紺色のフードを被って何事かあったことくらいしかわからなかった翔平は、何を観ても聞いても、まるで他人事の話のようで、頭が理解を拒んでいた。

黒い渦巻きに垂直で飛び込む翔平と和花は、月光が雲に隠れる暗闇に時間も忘れて話し続けていた。


殺害されたのは、千歌の義父である【橋本修 Hashimoto Osamu】だった。


「千歌が…、ギフ?…“アイツ”を包丁で刺して殺したんだ。」

「…え?」


それまでの追いつけなかった話では、“なんとなく聞いていた”のがわかりやすいほど、

真っ暗闇の渦の中に足を引きずりこまれる鈍い感触が、今さらながら和花の赤血球をザワザワと騒ぎ立て、ざわめき、足がすくみそうで力が入らなくなるのを感じ取り、身体中に形容できない恐怖が駆けめぐっていた。

ヘモグロビンは、もはや言うことを聞かない。


司法解剖の結果などから、千歌の義父・橋本は千歌の犯行で、身体中を刃物で刺され息耐えた刺殺と判明し、橋本の体内からは覚醒剤の成分が検出された。


千歌が自ら命を絶ったことも明らかとなった。

橋本から受けた暴行により顔がパンパンに腫れ、千歌自身がつけた刺し傷・切り傷が身体中に確認された。

さらに、千歌には性的暴行の裂傷跡。膣からは橋本の精液が採取された。


通報したのは、千歌の叔母である百合子。

「人を殺しました。」

千歌の罪をかぶろうとして逮捕された百合子だったが、百合子の供述には不審な点や話に矛盾などが多々あり、調べれば簡単に百合子の犯行でないことは明白となった。

千歌の携帯電話の履歴、部屋から採取された指紋から、翔平も何度も刑事ドラマのように尋問を受けた。


[孤独な女子高生、義父をメッタ刺し]


メッタ切り、悪魔の所業、そんな言葉が当時の新聞・雑誌・電車の中吊りに飛び交っていた。


千歌の義父・橋本は、顔を識別できないくらいに…というより“脚”以外の確認が難しい程に全身を刃物で刺され、内臓が飛び出し、下半身を露出した陰茎部分をめちゃくちゃに刺され、床に粗末に息絶えた状態で置かれていた。

その横には違和感しか与えない赤い…ベージュ、赤く染まったベージュのセーターらしきと、肉片の横に携帯電話と真っ赤なお下着らしきが無造作に転がる。


浴室からは、身体中の刺し傷、そして首を刃物でざっくりと切られ、なぜか高級ブランドの黒いコートにくるまれた姿で息絶えていたビショ濡れの血に染まる千歌が発見された。


まだシャワーの水がポタポタと滴る浴室は、まさに血の海のそれだった。


千歌の死因は[出血性ショック死]というもので、

大動脈瘤などの破裂で急激に血が失われる、いわゆる失血死というものだった。


「とても信じられなかった…そんなの…そんな話。突然そんなこと言われても信じられるかよって…何かの間違いだって。」


翔くんの話に頭の中の整理整頓が追いつかない。和花は片付かない脳内に、もう小さな言葉しか見つからず、コクリコクリと頷きながら、時折翔平に顔を向けて、視線を落として聞いていた。


「千歌もすぐに火葬されちゃったから、遺体にすら会えなくて…気がついたら骨になって“本田家の墓”に眠ってるって…そんな話、受け入れられるわけないよ。」


「会えなかったんだね…」


「うん。百合子さんも勾留?て言うの?話聞きたくても全然会うこともできなくて…千歌はどうしてるの?って。俺、そんな感じだったんだよね。嘘の通報をした、虚構…なんちゃら罪?だったかな?百合子さん30日くらいだったかな?勾留されてから、やっと出てこれたんだよ。って、なんか、実はあんまりそこらへんの記憶がないから色々と曖昧だけどさ。」


「出てこれたんだ。30日も…。翔くん…記憶がないくらい。」


「全部…とっておいてほしかった。あの頃に流した涙を瓶とかに入れて。これは“千歌になんでだよって怒った涙”とか。これは"突然いなくなるなよ"、これは“会いたいよって言った涙”とかさ…。なんてね。相当泣いたはずなのに、それくらいほとんど記憶がないんだよね。」


それほどの痛い涙を経験したことがない。

瓶にとっておかなければ思い出せないほど思考が傷つく、大切な人を失う瞬間。


「出てこられても会えなかったな。メディアが凄すぎて。…関係ねぇ!って、俺は百合子さんに会いに行きたかったんだけど、カメラとマイクでフルボッコにされるわ家族にまでしつこくされるわ家の電話は鳴りっぱなしになるわって…家族にも友達にも学校にもすげぇ迷惑かけちゃってたからさ…会うことも話すことも、聞くことすら何もさせてもらえなかった。」


「ひどいね…」


「ほーんとに!ひでぇ話っすよ。卒業式だってのに騒ぎがデカすぎちゃって学校にも行けなくってさぁ。でも、俺なんかより百合子さんはもっと…もっと大変だったけどさ。なんか、積極的に取材とか受けちゃって、おもいっきりバッシングされて。脅迫とかもたくさん受けたみたいだし。カミソリ送られてきたりもしたんだって。こういう話は千歌の3回忌の時に、後から聞いたんだけどさ。」


「か、カミソリ…」


「うん。その当時の俺はさぁ、“この人バカなのかなぁ?”っておもってたんだよね、ニュース見るたびに。そんな真っ向からメディアの相手しちゃってって…。でも違った。百合子さんは、千歌の汚名を晴らすために、俺を…俺なんかを守るために…。自分を犠牲にしてくれたんだって…全部後から知ったんだよ。“千歌との約束”だからって。」


「約束?…百合子さん、強い人なんだね。カッコイイな。」

「本当に!強くて綺麗で…あっったかくて。泣かす人だよ。」

百合子の優しさを想い、翔平はまた鼻をすすった。


「あとで…どれくらい経ってたのかな?そん時の記憶もあんまりないんだけどさ、頭真っ白で…ていうよりは真っ黒で。やっと百合子さんに話を聞けて“あの日”何があったのか話してくれたんだよ。」


豆柴は、ため息をこぼしながら遠くを見ていた。そのレンズはふわっと濁っていくかのように。


散々酷い取材の餌食となっていた百合子や翔平だったが、次第に橋本の本性や所業が明るみに出始めると、世間からも千歌や百合子への同情的な意見が目立つようになった。

飽きっぽいお国柄の感心も人気女優とスポーツ選手の電撃婚やアイドルのスキャンダルに話題は心変わり、1枚2枚とカレンダーもめくられて、翔平はついに百合子に会いに行くことができた。


「最初は門前払いでさ。百合子さんに「お引き取りくださーい」とか、記者を軽くバッサリ切るみたいに、まともに取り合ってもらえなくて。」


それでも、百合子のマンション入口の自動ドアで、翔平はもう通話状態ではない小さな黒いスピーカーに向かって話かけ続けた。


「何があったんですか」

「なんでこんなことに…」

「教えてくださいっ…!」


何回も“呼出ボタン”を押し続け、1人虚しく話しかける壁ドン男の姿は、“可哀想”に“哀れ”をトッピングする。


「しつこい。」の一言が呆れたようにインターフォンから聞こえると、入口自動ドアが開かれた。


エレベーターを上がり、玄関のピンポンを押すと、少ししてカチンッと解錠される音が響き、ガチャッとその開かずの扉は、無造作にひとつにまとめた黒髪の黒いワンピースを着た美魔女によって開け放たれた。


すっぴんのようなナチュラルメイクで、落ち着いたような少し老けた印象の百合子と、翔平は数ヶ月ぶりに再会した。

女帝の降臨に、翔平は顔を大きくグシャッと潰すとレンズにいっぱいの涙を蓄えて、

「ありがとうございます」

大粒の涙をいっぱいこぼしながら大きく深々と90度にお辞儀をした。


「あんな入口で変質者みたいにされたら、通報されてまた騒ぎになっちゃうじゃない。

もう二度と取材もカメラもごめんよ。」


ダンボールだらけの室内でケトルに水を張りながら、呆れた中の笑いに本気を覗かせる言葉に、

翔平は突っ立って頭を下げるしかなかった。


事件の影響は、もちろん様々に波及していて、百合子のお店もたたまれていた。

きらびやかだった店内は、枯れた“幸福の木”が悲痛さを煽る。

ケトルが沸騰する直前のシューポコポコという音を奏で始める。


「ハイエナたちも随分おとなしくなったからね、里帰りするわ…」


酷い取材をしてきたマスメディアのことを、ボロボロのところをさらに貪る“ハイエナ”と呼んでいた百合子は、この2日後に元々生まれ育った便利な都会に帰っていった。


遠い、黒い、暗い、渦巻きの中の“真実”にピントを寸分の狂いなく合わせ始め、翔平はそこに見えている黒い一点を見つめていた。


あの日、待ち合わせの時間に現れなかった千歌。

電話が話し中だったその時、千歌が話していたのは叔母である百合子だった。


「“アイツが来た”って。」

翔平のレンズは、会ったこともないニュースで見ただけの“アイツ”の顔を捕らえると目が据わった。


「“犯されて”…“刺し殺した”って。完膚なきまでに、“アイツ”の肉体をぐちゃぐちゃになるまで刺して切ってえぐって…」

まるで事件現場にいながら、その一部始終を見ているかのような冷えた無表情の翔平が、歪んだレンズで淡々と話す。

本当はこれ以上聞けそうもないまだまだ沈みこむ暗闇の沼に飲まれていく、フッと意識が抜けそうな絶句する和花は、太ももに置いた震える両手を力強く組み込んだ。


「これは報道されなかったけど…てか、現場を見た警察の人とか百合子さんから聞いた俺しか知らないと思うけど。“何度も刺した”とか“メッタ刺し”とか…そんなレベルじゃなかったって…。赤い…血まみれの“肉のカタマリ”?なんかそんな感じだったって。肉のカタマリに布らしきと…布って服ね。と、足がついてるようだった…って。」


思わず、

「う゛っ…こりゃーひでぇな。」

遺体現場に慣れた刑事さんですら、顔を歪めてそう口にしてしまうほど、橋本の遺体の姿は人の所業とは思えない凄惨なものだった。


「ごめんっ…。怖いっ…!」


現場の佐伯さんは、和花の弱々しい虫の泣く涙声と自分の右の太ももをバッとつかんで震える和花の左手を見ると、ようやく黒い渦の中から浮き上がった。

和花は大きなパチクリお目目いっぱいにうるうる溜めて、真一文字に結んだ唇で脅えを顔中に貼り付けていた。


「ごめん!!」


ハッとして目を見開き我に返る。

何やってんだよ、俺。変なゾーンに一人でどんどん入り込みすぎて、泣いてる和花に気づいてあげられてなかった。もっと早く気づけよ。

和花の震える小さな身体を抱き寄せ頭を撫で、背中を擦る。

バカ正直に全部話しても仕方ないだろ。もっと和花の気持ちを考えてあげながら話すべきだったのに。本当、俺ってダメな。デリカシーないよな。


「ごめんっ…!!やめよう。」

「ごめんね。…聞く、続けて?」

「いや…、やめよう。」

「大丈夫。…ちゃんと聞いときたい。」


和花の背中を擦る優しいぬくもりに、「少し落ち着いた」と顔をあげると、

「話止めちゃって、ごめんね。翔くんと千歌さんの“真実”…続きを聞かせてくれる?」


―大丈夫かな。この先キツイだろうな。―


これから話すことに躊躇う翔平だったが、自分が受け入れなければ、このままではいけないことをわかっていた。


「“アイツ”は突然、千歌ん家のピンポン鳴らして来たんだって。もちろん無視して百合子さんに電話で知らせようと千歌は思ったらしいんだけど…。ガチャガチャドンドンってドアを鳴らしてソイツは威嚇してきて…近所迷惑とか考えちゃったんだろうね。…帰るようにって、また通話を押しちゃったんだって、千歌。それでソイツがっ…」


翔平と和花は、お互い違った大粒の涙をボロボロこぼしながら、もう話すしかない“真実”を話し、聞くとしていた。


「ソイツが…俺の名前出してっ…それで千歌はっ…俺を巻き込んじゃ…いけないってっ…!おもっちゃったんだってっ…!」


スクリーンに描き出してはいけなかったはずの真実がついに映し出されると、

翔平は、思い切り鼻水をすすりながら、ひっくひっくと顔をぐしゃぐしゃに潰して、

固く閉ざしてきた暗闇の感情を露呈する。


千歌の話を聞きながら、タクシーで千歌のマンションへ向かう途中に、千歌からの返事は百合子と通話中のままの状態で返ってこなくなった。


千歌の部屋に到着すると、百合子は震える手でうまく鍵がささらずカツカツコツコツと金属音を鳴らす。


鍵の開いたドアノブを引くと慌てて中に駆け込もうとして、玄関に入った瞬間に強烈な違和感がして思わずその足が止まってしまった。


なんとも言いがたい静寂。


視線が男物のくたびれた黒いスニーカーに落ちると、百合子は覚悟を決めて廊下の先をカッと睨みつけた。


「千歌?…っっ!!」


平常心を装い、いつもの口調でリビングのドアを開けるとすぐに“ソレ”が目に飛び込んできた。

傷をなめた時のあの鉄の味の濃度を上げたような生臭さ。かすかなタバコの匂い。


橋本の変わりに変わり果てた肉のカタマリ。四方に飛び散る真っ赤な地獄絵図。

何も聞いていなかったら、それが橋本であることも、なんなら“人”であることもわからずに百合子は卒倒してしまったかもしれない。


地獄は、どこにあるのか。


地獄は、地底にあるのだろうか。

地獄は、空想の産物か。


地獄は、ここにあった。


「千歌?…千歌!?」

しんっと静まり返った赤い空間の中に、それは微かに聞こえている。

聞こえる音に身体が思考が追いつかない。ハッした百合子はお風呂場へと急ぐ。


シャーというシャワーの音が聞こえる電気のついていない暗がりの浴室のドアノブをつかむ手がコンマ躊躇う。

ガチャッと開かれたそこには、真っ赤な悲恋湖が広がっていて、百合子は眉間にシワを寄せて口をハッと開き息をのんだ。


「千歌ぁっ…!!?」


およそ千歌には思えない原型をとどめない腫れ上がった顔。乱れた着衣。

真っ赤な全身に浴びせられているシャワーを止めると、百合子はペタンと尻もちをつき千歌の肩を抱きかかえた。


「千歌!?千歌ぁーっ!なんでっ…なんでこんな!!千歌っ…!!」


百合子は氷のようになっている千歌をたくさんたくさん擦りながら、何度も「どうして」と耐えきれない感情に慟哭した。


「ごめんねっ…!痛かったねっ…!怖かったよねっっ…!ごめんねっ…!千歌ぁーっ!」


百合子は、慌てて自分のコートを脱いで赤ん坊のおくるみのように千歌を包むとそのまま抱きしめ、しばらく震えながら凍えながら、この惨たらしい現実にむせび泣いた。


そして、すべて自分の犯行であると通報、自供した。


百合子は自分が見た真実を翔平にありのまま伝えると、「警察にも言わなかったわ」というその時の千歌との会話を、遠くを見つめながらも包み隠さずに打ち明けた。

その内容に翔平は絶句し、激しく嗚咽した。


「戦わせてほしかった…!」


溢れだすのは、ひたすら襲ってくる取り返しのつかない後悔という黒闇。

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