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【ノクターンと千の歌】  作者: july❀
32/36

【ノクターンと黒い渦巻き】

「人を殺しました。」


両の手を真っ赤に染めた百合子は、警察署に冷えた無表情で電話をかけると、真っ赤なゾンビの涙目で第一声をそう告げた。


かいつまんで想い出バナシを和花に聴かせる語りべ男は、まるで18歳の頃にいるように、あたかも“今起こっている”かのように流暢に話続ける。


もちろん、「キスした」とか「抱きしめた」とか、そういう話は気を利かせて盛り込まなかった。

和花は正直、色々と見えない追いつけない寂しさのような気持ちとは別に、青春ドラマが目の前の画面に映っているような感覚で、頷いたり、相づちを打ったり、つっこみをいれたりして、翔くんが気持ちよく語れるようにしてあげていた。


いい女だね、和花ちゃん。


「そんで、千歌が佐伯家にやってくるぞってことで、我が家は突然クリスマスみたいなテンションになっちゃってさぁ。年末にちゃんとやらないくせに大掃除とか始まっちゃったわけ!」


翔平は、懐かしいエピソードに「笑うわ」と、顔をクシャッとさせる。


「可愛い家族~。」

私もそんなふうに翔くん家族に歓迎してもらえたりするのかな?少しの妬みと期待に複雑な気持ちを抱えつつ笑い返す。


「母親が、「うちには女の子いないから嬉しいわぁ~♡」とか言って、1番張りきって喜んでくれたんだよね。」

チクッと嫉妬のトゲが純潔な和の花に刺さる。


「「うちには、ばばあしかいねぇもんな!」って父親が満足そうに笑うから、また母ちゃんに締め上げられてたけど!」

思いだし笑いをする翔くんの“想像のご両親”を頭に浮かべてしまう。

「翔くん家って、本当に仲良いよね~。」

和花は、目を細める。


―千歌とおんなじ言い方!―


「それでさ…」

翔平は、一時停止にした物語の続きの再生ボタンを押すと、ぐるぐる渦巻く黒い闇の中へ和花を連れていく覚悟をした。


あの2月の暦。


「千歌さんを僕にください!」


翔平は、真剣に千歌の両親の墓の前で土下座をして挨拶しようと考えていた。

コレは昭和の冗談ではなく、本気でずっと真剣に考えていた。


制服で良いのか?セーターって、どうなの?スーツを買うべきか?

服装ひとつとっても色々と迷いが押し寄せる。緊張する。

だけど、結局は無難に「制服で揃えよう」って千歌と話していたので、制服に大きなフードのついた濃いブラウンのダッフルコートを羽織ってきた。


《たまには帰ってきなさい。》

母・アケミンに3日で言われた翔平は、実家に帰っていた。これから我が家に住むことになる千歌を迎え入れる準備のために。

本田家のお墓参りに行く約束をしていた次の日曜日。

適度な田舎町から3時間半かかるその霊園に向かうため、当日は午前9時に駅で待ち合わせることになっていた。が、約束の時間になっても千歌は現れなかった。少し時間にルーズなところのある千歌だったので、


―やべぇ。寝てるのかな?―


翔平は、“自由人・千歌ちゃん”と、べつに珍しくもなかったので、あまり気にせず待つことにした。

というよりも、実際に対面するわけではないのはわかっていても、

「娘さんを僕にください!」

これから昭和スタイル丸出しで鼻息荒く挨拶に行く練習を、


「は、はじめまして…」頭の中に何度も…

「さ、佐伯しょ…翔平と申しまする」ブツブツブツブツと念仏を唱えるかのごとく声に出して…

「じゅ、18歳、独身です!…ど、どくしんです?」変質男を気にすることもなく、翔平は、尋常ではないほど緊張してしまっていた。


―て、今何時だよ?―


そろそろ1時間経っても千歌が来ないことに、


―寝てんな。―


まったく困ったちゃんですねぇ~。電話するか。電話鳴っても起きないだろうけんどっ。

迎えに行くかと考えつつ、耳をすます。


プツップープープープー...


期待を見事に裏切る虚しい機械音が返事をしたことに翔平は少し驚いた。


―キャッチ機能つけなさいよっ!―


【gt Gold 8】のノリで思ったものの、なぜか胸騒ぎがする。

一抹の不安を抱きつつ、何か急用が出来たりして忙しいのかなと思い、一旦もう少し待ってみようと思った。30分。また30分と。トータルで2時間は経ったか。

どうしたんだろ?翔平は、また千歌に電話をかける。


プツップープープープー…


何故かずっと通話中のままの千歌の携帯電話に、故障か?とか考えたけど、さすがに不審に思って、高校に向かう道を千歌のマンションへと急いだ。


普段とても静かな住宅街は、それはそれは物々しい雰囲気なのが遠くからでもわかった。


―なんだ!?―


まず始めに翔平の望遠レンズに飛び込んできたのは、そこに集まっていた人、人の人だかり。


右、左、右、左…


―何かあったのかな?―


すげぇ人じゃん。祭りか?少しドキドキする鼓動と次第に早まるその足音を同時に感じながら徐々に駆け足になる。

助走から100m走の勢いに変わるその足は、野次馬に近づくにつれそのペースを落としていく。


人垣の先に視線をやると、そこに日常は映し出されなかった。

ニュースやドラマでしか見たことのない黄色い立入禁止のバリケードテープが張られている。


―なんだよ!?―


エントランスのアーチの下には、おまわりさんが複数名いて様子が慌ただしい。

そこに、パトカーと救急車の赤色灯が午前中の陽の光を浴びピカンピカンと忙しそうに回る。


その情報力にプロ意識を感じるカメラを回すカメラマンやパパラッチと見受けられるハイエナさんたちが今か今かと獲物を狙い、そのくすんだ目を光らせている。


自宅にいる率の高い日曜日。ご近所さんの人の群れの中では、ザワザワと“何があったのか”という騒然とした声があちらこちらで話されていた。


「事故?えー!事件!?」「怖いわねぇ~」「そうらしいよ~」「殺人?」「やだー!」


―な…なんなんだよ。―


うずく第六感が、拒む翔平のレンズを頭上に向けさせる。嫌がる視線は中々ピントを定めない。

見上げた先のベランダに覆われたブルーシートをその瞳が捉えると、翔平の思考はスローモーションに停止していく。

いち…にぃ…さん…4階?


「千歌…?」


アホみたいに口を半開きにさせたまま、オニグルミの冬芽のように茶色のコートで突っ立って、翔平は青い謎に焦点を合わせたまま、まわりの喧騒が消えていく耳鳴りがするほどの静寂の白い無空間に入り込んだ。


青天の霹が靂れきと、翔平の雲ひとつない青空にいきなりバッと現れた黒雲で一面を覆い、ゴロゴロと雷が鳴り響きだしていた。


その瞬間だった。


喧騒がフェードインするように、ひときわボリュームの上がる叫びのような大衆の声という声に、現実世界に急転直下で降り立たされた気分だった。一気に引き戻されるマンション現場前。

その場は、“沸いた”以外の言葉が見つからないほど小さなライブハウスのようになっていた。

前に行きたい行きたくないと、押され押されのパニック状態。

そこにいる全員のファインダー越しには、大きな紺色のフードを被せられた者が警察官に腕を支えられ、手首を前にくっつけて、エントランスの正面から出てくる姿が写し出される。


「子供!?」「少女じゃない!?」「やだぁー!」


翔平は、スマッシュを打ち込んだピンポン球のように、瞬発的に人という人に揉みくちゃにされながら、前に近づこうとする。なぜか行かなきゃいけないとおもうのに、とても身動きが取れない。

フードを目深にかぶったその人物のその顔は、鼻から下しか見えない。

だけど、すぐに【百合子さん】だとわかってしまっていた。小柄な姿が見えた時から。


何がなんだかわからない翔平だったが、

「百合子さん!?」

という大声もかき消される。


それでも、百合子は野次馬の中の翔平の声に気がついたのか、少し見えたその唇を強くグッとさせてから、その口元を動かした。


―千歌を守れなかった。―


周りが騒がしすぎて、実際には声が聞こえたわけじゃない。

なぜだか、わからない。百合子さんがそう言ったように聞こえたんだ。


なんのことだかわからない。何を言っているのかわからない。

千歌はどうしてるの。どこにいるの。何があったの。何が起こってるの。何をしてるの。


何をしたの。


脳ミソのシワというシワが物凄い勢いで訴えてくる痛みの感覚も鈍る。

だが、尋常ならざる事態であることだけは、理解するしかなかった。

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