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【ノクターンと千の歌】  作者: july❀
30/36

【ノクターンと流暢男】

「や、なんかさぁ、“千歌みたいなこと言う子だな”って、あの時もおもってたんだけどさぁ~…」



―また、チカ。―



今日の翔くんは、随分楽しそうに1人でよくしゃべる。

チカの話は苦手じゃなかった?流暢に話せるんじゃん。

ペラペラじゃん。

本当に何回目だと思ってんの?チカの名前。


帰りの電車の中でも、改札を抜けても。

「これ覚えてる?千歌がさぁ…」


晩酌のツマミ用の食材を買うスーパーの中でも。

「そういえば、これさぁ!千歌のお弁当に…」


翔くんのアパートへ向かう帰り道でも。

「それ話した時もさぁ、千歌は…」



翔くんはなんだかずっと、私と千歌の想い出話が混ざったような、よくわからん話を1人で嬉しそうに豆柴つぶらな瞳で、尾っぽをフリフリさせて、一方的に話してる。


「和花のお父さんが言ってた“お母さんに死ぬほど愛されて”って話の時も、“その命を大切に”って、千歌も言ってたんだよね。」


「ふぅーん。そうなんだ。」


―それがどうしたの。―



フライパンに火をかけながら、

和花は、思春期の子供がお夕飯を作るお母さんに一生懸命「今日の出来事」を話しているような感覚で、少し冷めた相づちをうっていた。


出来上がったツマミを運び、2人で食卓を囲む。


“お疲れちゃん乾杯”をしても、ツマミをつまんでも、まだ翔くんは壊れた機械音のように想い出話を続けてる。


―いい加減にして。―


「やっぱり、この牛肉美味しいね?」


和花は話題を変えようと、あえて明るく驚いて翔平に問いかける。


「うん!すげぇうまい!ありがとう!」


翔平の嬉しそうな顔に、少しホッとする。


「そういえば、うちの高校って食堂あるのに、俺、お母さんに弁当持たされてたんだけどさぁ。千歌も自分で作って…」


―まだ続くんかーい。―


今度は、昼休みを楽しく過ごした高校の音楽準備室の話を翔平が始めると、ぼんやり遠くになるような、しらけた感情になり、聞いていられない。と、そっぽを向いてしまう。


「よく寝るとこも似てるし、なんかおなじような話するし、おなじようなこと言うし…」

「比べないで。」


和花は、よくわからん“私じゃない彼女”の想い出話を嬉しそうに話し続ける翔平の言葉を遮る。


頬がピクピクしだし、可愛いクリクリお目目を細め、愛想笑いもできなくなっていた。


「え?」

「私と千歌さんは、違うよ。」

「もちろん、わかってるよ。」


和花の“うんざり態度”とは対照的に、翔平は、まだ楽しそうにフニャフニャ微笑む。


「翔くん、そうやってすぐ私と千歌さんを比べる話するじゃん。」

おもわず和花は、ぷるんっとした愛らしい唇をぷっくりと尖らせ、ふてくされた言い方になる。


「比べてるわけじゃないよ。本当に不思議だなーっておもってさ。」

豆柴顔に悪気はないのだろうけども、ヘラヘラ笑う翔くんに、なんだか珍しくイラついてしまう。


「今日なんか、帰る時からずっと比べてるじゃん!?「忘れなくていい」って、「2番でいい」って、そりゃ付き合うとき言ったけどさぁ、あえて名前だして、わざわざ比べる言い方しなくてもよくない!?…千歌さんの名前出るたびに、傷つくよ。」

「あ、ごめん…!」

やっと翔平は、懐っこい微笑みから真顔になる。


「本当に、比べてるわけじゃないよ?」

ピリピリとした空気を、柔らかいクッションのように受け入れられてしまう。


反論とか反発とか、そういう闘争心みたいなものが翔平には、まったくない。

だから、感情をぶつけあって…というケンカにすらならない。


穏やかなことは素晴らしいのだけど、低反発まくらのように軽く吸収されてしまうから、モヤモヤした気持ちが残ってしまってきていた。


「…似てるから、怖いんだよ。」

ポソッと言う翔平の表情は一瞬、こらえてる、壊れてしまいそうな危うさを覗かせて、かすかに頬が強ばった。


初めて見せる、笑わない、くすんだ望遠レンズ。


和花は、“ん?”という戸惑いの顔で眉間にシワを寄せる。心にいるのは、少しの恐怖感。

翔平の顔にさっきまでの勢いまで飲み込まれ、見つめるしかできない。


その視線は交わらない。


翔平は視線を落とし、

汗をかかないタンブラーのウーロン割りの氷を見つめていた。


「いなくならないでって…」

翔平の声が、わずかに震えた気がした。


「もう、失くしたくない。…ごめんっ。」

ついに、その秘めてきた感情が顔を出し始める。


30男の頬に、黒い渦に覆われた物語の続きを、“心の底に沈めてきたこと”と、“重りを乗せて押し殺してきたこと”と、ひとつぶひとつぶの雫が最終章に向かって、霞んだ視線のスクリーンから流れ落ちる。


わからないふりをしてきたこと。


そのことを、本当はわかりすぎていたからこそ、触れたくなくて、触れるのを避けて、豆柴スマイルで息を吐いて吸って、こらえて生きてきた。

ゆるんだパッキンの蛇口のようにポタポタとごぼれる涙をぬぐうこともなく、

じっと動かない翔平は、潤むスクリーンにたくさんの想いを映し出していた。


和花は、突然のことに戸惑い、


「え!?ごめんね!?」


悪いこともしてないのに何故か謝ると、

ハイハイで近づき、翔平を抱きしめた。


なぜか聞いてはいけないような気がしてしまっていた、亡くなった【千歌】という翔くんの過去。

だけど、何も知らないまま、やっぱり、このまま我慢したままでは進めないんだ。


―こんなに突然泣き出すなんて…―


出会ったばかりの頃に職場で『ノクターン2番』を聴いて泣いてたんだよね、翔くん。ゾンビの目で。

“命日”に翔くんが会社安んでエンドレスで聴いてた『ノクターン2番』。


誕生日に、翔くんと【5959】を飛び出して水族館へ連れ出してくれた日に、「死んじゃったんです。」と淡白に言った翔くんの顔。


そうだ。


思い返せば、いつも『ノクターン2番』と共に、翔くんには不発弾のような危うさが隣り合わせに潜んでいたんだ。

それに気づきもせずに、自分へと向かない愛情を必死に与えてもらおうとしてしまっていた。


「ごめんね?」

抱きしめ撫でてた頭から顔を起こすと、和花は、翔平の顔に向き合った。


―カミサマ、タスケテヨ。―



翔平は、豆柴顔でレンズに潤い成分をうるうる注ぎながら、廃人男になっていた。


まばたきしてよ。

怖いから。

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