02話:人気者の女の子
彼女はあまりの驚きにその場に座り込んでしまった。俺が大声を上げたからだ。当然だ。最初はただの幻覚だと思っていた相手が、いきなり背後で話しかけてくるなんて、誰が予想できるだろう。
「驚かせたよ、晴人くん……」
「…あっ、ごめん…」
俺はすぐに立ち上がり、彼女を支えて起こした。彼女の顔を見た瞬間、俺は気づいた。彼女は俺のクラスで「女神」と呼ばれている人だった。頭もよくて、容姿も美しくて、みんなが憧れていた。
彼女は――風香南。
俺は手を差し伸べた。
「ご、ごめん、驚かせちゃって……ふ……風香さん……」
「い、いえ、私のほうこそ驚かせちゃってごめんね、晴人くん……」
彼女は俺の手を取り、ゆっくりと立ち上がった。立ち上がると、二人の間に気まずい沈黙が流れた。俺がちらりと彼女を見ると、その時初めて気づいた。彼女が着ているのは、出かける前のブラジャーにロングスカートだけだった。
「ん?」
俺は反射的に上着を脱いだ。彼女の姿を見ていると、変な気持ちになるのが嫌だったから。俺の服は、気を失っている間に日に焼けて、すっかり乾いていた。
「え、えっ……? ま、待って……」
俺が目の前で服を脱ぎ始めたので、彼女は驚いた。俺はそのまま背を向け、彼女のそばへ歩み寄った。
「黙ってくれ」
彼女の肩が少し震えているのが見えた。きっと寒いんだ。このまま風邪をひいたり熱を出したりさせたくない。
俺は彼女の腕に手を添え、自分の上着を渡した。
「あ、あの……ふ……風香……さん。こ、これ、使ってください。俺の服、少し汚れてるけど……せめて体にかけてください」
俺は目をそらしたまま、上着を彼女の手のひらに載せた。
顔が真っ赤になっているだろう。そんな顔を見られたくなかった。だって、きっと彼女は俺のことを、こんな状況で女の体を見ようとしている変態だと思うだろうから。
「はっ……? わ、わかった……」
彼女は上着を受け取ると、ゆっくりと羽織ってくれた。
しばらくして、また沈黙が戻ってきた。風香さんは木の幹にもたれ、暮れていく海を眺めている。俺は膝を抱えて座った。何をすればいいか分からなかったし、自分も少し寒いのを隠すためでもあった。まあ、俺は大丈夫だろう。
ふと思った。いつか政府の捜索隊に見つけてもらえるだろうか?
見つからなかったらどうしよう。何か目印を……そうだ、砂浜に大きく「助けて」と書けば、見つかる確率が上がる。明日の朝、そうしよう。
だけれど、それよりも今は食べ物と飲み水だ。これがなければ、生きていけない。
その時、風香さんが小さな声で、囁くように俺を呼んだ。
「晴人くん……晴人くん……」
俺が振り向くと、彼女は俺の腕にそっと手を添えていた。
「は、はい、何ですか? 風香さん?」
「あ、あの……わ、私……私……お願い、したいことが……」
彼女の頬が赤く染まり、膝も手も少し震えている。
「何をお願いしたいんですか?」
言い出しにくそうに、唇をもごもごさせている。
「つ、ついてきて……その……」
「その……?」
嫌な予感がした。
やっぱり。
「しょ、小用……」
「はあ…?」
おい、マジで?
「う、うん……」
彼女が小さく頷くと、俺の心臓がどきりと鳴った。
「ど、どうしよう……暗いのが怖いの。だから一緒にいてほしい。その……夜の暗闇に慣れてないし、男の人とも本当は慣れてなくて……。でも、真っ暗で……だからあたし……ああっ……あああ……!!」
『おいおい、話すのが速すぎてよく分からないよ、風香さん!』
「お、落ち着いて、ふ…風香さん。い、いいよ、そばにいるよ。も、もちろん、覗いたりしないから」
「そ、それって……つまり、覗きたいってことなの⁉」
「…はあ? 本当だよ、嘘なんか言わない!」
「で、でも……クラスメイトなのになのよ⁉」
「そんなの全然関係ないよ! それより早く!」
「は、はいぃ……!!」
彼女は立ち上がると、奥の方へ歩いていく。俺もついていく。頼られているし、ここに知っているのは俺だけだから。彼女は時々、後ろから俺の方をちらりと見る。
「み、見ないでくれる……の? 本当に?」
お願いだから、俺をそんな変態みたいに思わないでくれ。
「もちろんだ。俺はそんなに簡単に女性の体を見て反応するような男じゃない」
あんな男、俺もああなりたい!
「約束……してくれる?」
「は、はい! 約束します!」
彼女はまた前を向いて歩き出し、やがて茂みの中へ入っていく。体を隠せるくらいの茂みだ。
「晴人くん……そ、そこで待っててくれる?」
真っ赤な顔で、彼女がそう言った。俺は何も言わず、大きな木の幹のそばへ歩いていった。風香さんの気配や声が、俺の方へ届かないように。




