第4話 不死身男、プチバズる
ふと目が開く。
蛍光灯の人工的な灯り。
知らない天井。
寝返りをうってみる。ふかふかな布団だ。それでいて花のような香りが……
「すぅ…すぅ…」
天使の寝顔があった。
目を二回ほどぱちぱちとまばたきをする。
思わず綺麗な金髪に触れたくなったが、その衝動を殺すような視線を感じて出しかけた手を引っ込めた。そういえば腕も治ってるな。
「気が付いたようね変態」
腕を組んで壁に背を預けていたキリカが歩いてくる。
その表情は、初対面時よりもやや軟化している。
「えっと、ここは?」
「病院。エルが運んだのよ……ほらエルもおきて」
キリカがエルの肩を優しく揺らす。
「ん……ぉはよ…」
小さな吐息が漏れ、エルは目をこすりながらゆっくりと体を起こした。
眠たげな目が俺を見つめると、その表情が一気に明るくなる
「あ! 起きたんですね!もう大丈夫ですか?」
「あ、あぁ…それより隣で寝ていたのは」
「え!?…あ!?それはちゃんとした理由がですね!?えーと私の治癒であなたを」
顔を真っ赤にしながらあわあわしだすエル。可愛い。
その様子にため息をついたキリカが、エルのおでこにデコピンをする。
悶絶するエルと横目にキリカが口を開いた。
「この子の能力が治癒で、ずっとあんたを回復させてたからよ。
アンタ、何故かポーション効かないどころか、体の色んなところが暴れだしたり大出血して大変だったんだからね」
なるほど。エルは治癒能力か。天使のような容姿に相応しい神能力!
「ありがとう、本当に助かったよ。」
「い、いえ私たちこそ助けていただきましたから!
……それに私も、自分の力が初めて人の役に立ててうれしかったです」
「初めて? ダンジョン攻略において治癒能力は重宝される存在じゃないのか?」
エルは少し驚いたような顔をした後、苦笑しながら首を横に振る。
「私の治癒より、即効性があるポーションがありますから」
「その、ポーションってのはなんなんだ。ゲームのアイテムみたいだな」
「アンタ、本当に何も知らないのね」
割って入ってきたキリカが、青白い液体が入った小瓶を見せてくる。
「これがポーション。厳密にはウイルス活性剤っていうけど、みんなそう呼んでる。
飲むだけで体のウイルスが活性化して体の治癒能力を急速に高めてくれるの。」
「へぇ。すごいな。でもお高いんだろう?」
「安価のは風邪薬の隣に売ってるわよ?」
「なん…だと」
「そもそも冒険者はこれを持っていくことが義務付けられてるくらいよ」
時代変わりすぎだろ…。こんなもの無かったぞ。
バツが悪そうにエルが頬をかいている。
「そのポーションのおかげで、治癒系の能力は、よほど効果が高いもの以外は、ハズレ枠って言われてるくらいです…あはは…」
「そんなことはない。実際俺にポーションは逆効果だったんだろ?
でも君の治癒は俺にちゃんと効いた。
だったら俺からすれば、 当たりを超えて大当たりだ」
エルの大きな瞳が揺れ、ぽろぽろと大粒の涙があふれだした。
「え、どうした!?」
「す、すみません…嬉しくて……みんなに…いらないって、言われてきて…でも初めて役に立てて……ありがとう、ございます」
これじゃあ、どっちが助けられたか分からないな。
俺は思わずエルの頭に、ぽんと手を置く。
瞬間キリカが鋭く俺を睨みつける。
「それ、セクハラだから」
「せくはら?」
「好きでもない奴に触られたり、変なこと言われて不快に思ったらそれはセクハラなの」
「こんなにかわいいんだから頭ポンポンくらいするだろ!」
「エルは世界一可愛いに決まってるでしょ!!!あと女性に可愛いって言うのも今はセクハラだから」
「俺が食われてる間に世界で何があったんだよ!」
「法律が変わったのよ!」
「じゃあお前が言うのはいいのかよ!」
「アタシは女だし!エルが可愛いのは事実だからいいのよ!」
「理不尽すぎる!」
俺たちがヒートアップしていると、袖が引っ張られる。
涙の代わりに、羞恥で顔を真っ赤に染めたエルが目を反らしていた。
「あの……お二人とも……恥ずかしいのでそろそろ、ですね」
おっといかん、当の本人を困らせるわけにはいかないな。
……セクハラか…気を付けよう。
法律が変わった話で思い出したが、30年くらい経ってるんだったな。
色々聞きたいことはあるけど、まずは……。
「いったん、自己紹介するか」
エルははっとしたように口元に手を置く。
「そういえば…まだ自己紹介してませんでした。
改めまして、私はエルです! よろしくお願いします!」
私はエルですってシーンがどっかの漫画にあった気がする。
「よろしくエル。俺は、不死川輪音。呼び方は何でもいいよ。よろしく」
「はい!よろしくおねがいします! じゃあ…リンネさんって呼びますね!」
なんだか下の名前で呼ばれると、距離感がぐっと縮まった気がする…いい。
青春って感じだ。
俺とエルの視線が黒髪の少女に集まった。
少しの沈黙の果てに、その少女はあきらめたようにため息をつく。
「……剣崎……」
「お、おぉ…よろしく…剣崎」
「もぉキリカちゃん! そっけないよ!」
「ぐ……いいじゃない別に。」
「良くありません! そんなんなら私も剣崎ちゃんって呼びますよ!」
「ぐ、ぐぅぅぅ…」
すごく悩んでる……めっちゃ唸ってる。めっちゃ渋い顔になってる…。
どんだけ嫌なんだよ。
「……霧香…」
「お、おぅ…よろしく、な?きり…」
「アタシのことは剣崎って呼んで。」
「あ、ハイ」
そんな俺たちのやりとりを、エルはニコニコ笑顔で眺めている。
そんなに微笑ましい展開にみえた?
「で、アンタこれからどうするのよ。」
「どうするっていってもな……もう一度確認するけど、今は2035年でいいんだよな?」
「だからそういったじゃない。…こっちからすれば30年も、モンスターの胃の中にいて生きてること自体が信じられないんだけど」
それはそう。俺でもそう思う。
だが、帰ってこれたからには、生きてくうえにも今のことを知るしかないか。
「二人にお願いがある。」
「はい!なんなりと!」
「内容によるわ」
「俺にこの時代のことを色々教えてほしい。俺が食われる前と今じゃ、いろんなことが違いすぎる。これじゃあまともに生きてくのも難しそうだ」
少女らは顔を見合わせた後、片方は満面な笑顔、片方はため息交じりに肩をすくめた。
「はい!喜んで!」
「仕方ないわね」
♦ ♦
「ふーむ。つまり、ダンジョン攻略する冒険者は、その配信ってやつをしないといけないんだな」
「そうよ。元々は救援が間に合うようにってのが目的だったみたいだけど。今は命がけなエンタメって側面が強いわね。」
「時代だなぁ」
俺が食われた時代は、資源回収や探求以外に求められてるものなんてダンジョン攻略には無かったのに。
いや、昔のダンジョンでの死亡率が高かったのもあるのかもな。
生存率を跳ね上げるポーションって存在は、想像以上にダンジョン攻略の在り方を変えているようだ。
「エルたちは普段、どんな配信をしてるんだ」
「あー…えーと…ふ、ふだんは低層のお散歩とかです…けど…いつかは最前線に立つS級冒険者としてダンジョン攻略していきたいです……」
急に歯切れが悪くなるエル。
ちなみに、現在は冒険者にランク制度というものがあり、高ランクにならないと深層を攻略することはできないらしい。
「ちなみに…お二人のランクは…」
「え、エ…エ」
もしかしてAランクか?!
「…Fです」
「アッ…き、気にすることないって!俺なんてまだランク無いんだから! なぁ剣崎!」
「私もFよ」
「スゥゥ……Fってランク的にどれくらいだっけ?」
「最底辺ね。」
淡々と告げる剣崎に対して、エルは涙目でスマホを触っている。
「うぅ…早く登録者増やさない……と?」
エルがスマホを見たまま突然固まった。
「どうしたのエ…ル…はぁぁぁあああああ!?」
剣崎はエルのスマホをのぞき込んで絶叫する。
なんだなんだ二人してどうしたんだ。
「バズってる…」
剣崎がボソッと呟く。なんだバズって…バズ〇イトイヤーか?
いまいちピンとこない俺に対して、エルは…涙ながらに抱きついてきた!
「リンネさぁぁぁぁぁん!!」
「ええええなになになに!?」
優しい香りと豊かな感触に、俺は顔が熱くなるのを感じる。
「すごいですよ!登録者がすごいことになってます!」
「落ち着け落ち着け!先に離れて!!」
じゃないと俺の理性が飛んじゃう!
俺は精神的には健全な男の子なんだぞ!!
エルは俺から離れるが、まだその表情は興奮気味に赤い。
よほど嬉しいものらしい。エルはその勢いのまま、ぐいっとスマホを俺の顔面に近づける。
「しかもこれ!リンネさんと出会った配信アーカイブの再生数が!二百万になってます!!!」
どれどれ…おぉ…変なワンピースを着たままの俺が暴れている。
…こうしてみると、割とカッコよくないか?
どれ、コメント欄をみてやろう。
:バーサーカーだ…
:こいつもうS級だろ
:カッケエエエエ!!
うんうん。分かってるじゃないかこいつら。
なんだろうめっちゃうれしい!!
:ワンピースだっさwwww
:クソデカ腕に比べてチン〇小さそう
:斬られたがりドМバーサーカー…
しばくぞマジで。コメントだからってなんでも発していいと思うなよ?
一連の流れの果てに俺が斬ってくれと懇願するシーンが始まったのでスマホを押しのけ―――かけたところでとあるコメントが目に留まる。
:これ、阿津羅社長の仕込みだったりしないよね?
:阿津羅エェエエエルゥウウウウ!!お前そんなに可愛いなら普段フルフェイス兜かぶるなぁああ!!!!
阿津羅………だと???
『生きてたらまた会おうぜぇ!』
俺の脳裏に不快な記憶がフラッシュバックする。
俺を捨てた男と同じ苗字……。
…ありえない。この天使が……エルが??
似ても似つかない。…でも、確かめなければいけない。
「なぁ…エル…ここのさ、阿津羅社長って」
俺がコメントを指さすと、エルは苦笑しながら頬をかく。
「あー…七光りと言われたくないので、あまり言ってないのですが……」
「私は、フルネームは阿津羅エルです。…冒険配信者企業社長…阿津羅豪真の、娘です」
――阿津羅豪真。
三十年前。俺を化け物のエサにとして捨てた男。
俺の思考が冷たくなっていく。どす黒い殺意が漏れそうになる。
目の前の天使が…あのクズ野郎の娘だと?
「え、と…リンネ、さん?」
不安そうに見つめる瞳に気が付き、俺は無意識に力が入っていた拳から力を抜く。
「あ、あぁ、悪い悪い!社長ってすごいなぁ!興味あるから詳しく教えてくれよ!」
エルは悪くない。まぎれもない純真無垢ないい子だ。
復讐したいという俺の願いに、この子を巻き込みたくはない……だが。
諦める、つもりはない。
エルを直接傷つけずに…復讐する方法を見つけてやる。
♦ ♦ ♦
きらびやかな装飾が施された社長室。
阿津羅豪真は紙タバコを灰皿に押し付けながら、巨大なモニターを睨みつけていた。
「まさか、本当に生きて帰ってくるとは、あの不死身野郎」
モニターには、異形の腕でモンスターをせん滅する不死川輪音の姿が映し出されている。
奴は今、モンスターの腹から出てきた謎の冒険者として注目の的だ。
今、過去の話でもされようならば、非常に面倒だ。
豪真はスマホを操作し、耳に当てる。
「私だ。奴の能力を改めて調べろ。…なに、案ずるな。幸い、監視役がやつのすぐそばにいる。」
豪真は笑みを浮かべながら通話を切ると、映像内の三人を見る。
「旧時代の亡霊が。不死を殺す方法などいくらでもあることを教えてやる」
コメントは煽るように。エルちゃんは天使に、キリカちゃんはツンデレに…
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