6.アスマの過去
生まれた街のことをアスマはあまり覚えていない。アスマの故郷は、トリス山地の街道沿いあり、東の海に浮かぶ魔王の島からの鉱物資源や武具を売る行商人の中継地点として栄えていた。住人は、人族と亜人族が9割以上を占め、残りが魔族の構成であった。魔族は元々数が少ないから人口比率は平均的とも言える。この他に毎日行商人が集まり、街の中には常時1500人程の人が暮らしていた。
アスマの家族は親子3人でこの街に暮らしていたが、人族の母親が病で亡くなった後、父親は、アスマを祖父であるダマに預け、街の門番として働きはじめた。アスマが5歳の時である。父は非番の時にアスマに会うと、大酒を飲みながら門番がいかに尊敬される職業かを話したが、実際は、行商人からの袖の下があり収入面が悪く無かっただけである。定期的に父からの仕送りはあったが、アスマは母の死が父まで遠くに連れて行ってしまったように感じていた。
アスマの祖父ダマは街から10キロほど山奥にある隠れ里で暮らしていた。アスマはこの祖父に愛されていたが、アスマの父母は表向き、嫌悪されていた。ダマの反対を押し切って結ばれた2人をどうしても許せなかったらしい。また、魔族が人族の下で門番をやっているのもよく思わなかった。父への愚痴で、魔族の誇りが云々始まると長かったのをアスマは覚えている。アスマは祖父から魔族の誇りについて毎日聴かされて成長していった。日々の暮らしは慎ましくダマは生きるための訓練をアスマに課した。子供には厳しいものだったが、強くなれば道が拓けるという祖父の言葉をアスマは信じた。
一方、ダマは街で依頼を受けた冒険者ギルドの連中には親切で、尊敬されてもいた。冒険者達は歳の割に大きなアスマを見て、祖父の血だと囃し立てた。そういう時のダマの顔は、うれしさがあふれでていた。ダマは里周辺の有益な薬草や道に詳しく、冒険者になったらダマの庵に挨拶に訪れるのが、ギルド内で引き継がれていた。後に知ったことだが、ダマも若い頃は冒険者ギルドに属し優れた冒険者だったらしい。得物の鉈を蛇のように使うと言われ、「鉈蛇」の異名まであったらしい。アスマはそんな祖父を誇りに思った。
◇
――更に数年が過ぎた。
父のいる街の方角。空が炎で赤く焦げている。静かな里まで地響きと空気の震えが伝わってきた。大きな魔力が爆ぜたのを感じ取った住人もいただろう。アスマがベッドから飛び起きて部屋から出ると、トレードマークの鉈を持った祖父がドアを開けて外に飛び出すところだった。「家で待っておれ!」それだけ言うと、ダマは出て行ってしまった。
ダマが戻ってきたのは3日後の夕方だった。酷い火傷を負っており冒険者が置いていったポーションを使っても回復しなかった。アスマは必死に看病したが、ダマは魔族の誇りを忘れず生きること、父親が生きてはいないだろうこと、強くなること、最後にあれだけのことができるのは竜であろうことを途切れ途切れに話して、死んだ。
後に分かった事だが、ダマが街に着いた時にはすでに壊滅的な状況であった。そんな中、ダマは、瓦礫の下で動けない人々を必死になって救助したらしい。魔力を纏った炎が迫る中、生き残りを鼓舞して指揮をとった。火傷は見つけた幼い子供を助けるため炎の中に飛び込んだ時のものだ。助けた子供はアスマが祖父の庵に来た位の歳で人族だった。
翌日、里の人が弔ってくれて墓まで建ててくれた。墓石は数人ががりで形の良いものを運んできてくれたらしい。皆が持ち寄った里山の花々で墓の周りは華やかだった。無骨な祖父には似つかわしくないが、ダマが静かに笑ってる気がした。
◇
形見の鉈を腰にさした。里に来て10年、祖父の死から2年が過ぎようとしていた。今日、アスマは旅に出ることにした。庵は里の人に役立ててもらい、売れるものは行商人に引き取って貰い路銀にした。特に行く宛がある訳ではないが、竜がいると言われる北方の国々を廻るつもりだ。竜を討つなどと大それた事を考えた訳ではなかった。天災のようなものなのだ。祖父に言われたように、まず強くならなければ魔族の誇りも守れないと思ったのだ。
「本当に行くの?もう帰ってこない?」
村の子供の頭を撫でてアスマはニヤリと笑った。つられた子供もにっこりと笑い返した。いつか戻ってくることがあるだろうか。
竜が飛び去ったとされる北方諸国は戦乱が続いており、それに伴い様々な仕事がある。冒険者ギルドの活況も伝わってきている。また、魔族と人族のハーフは南のニール共和国や西の帝国では忌避されることが多い。アスマの選択肢に南と西はなかった。まず、冒険者ギルドに入り修行がてら力をつける。そのため、差別で仕事が貰えないのでは、問題にもならない。そして、強くなるには実戦の中に身を置いておきたい。アスマは、できるだけ早くに激しい戦地を欲した。いずれ祖父のように世間の人々に認められる冒険者になれるかもしれない、祖父の教え通り、誇り高き魔族になれるかもしれない。そんな想いがアスマの背中を押してくれている。街道沿いにトリス山地を西へ抜ければ北方諸国への道へ繋がる。アスマは里の人に別れを告げ一歩踏み出した。




