41.魔王の過去編④
襲われた貴族の館——レト伯爵の別邸は港から東側にある山の中腹にある。この街の北東側には人族が立ち入らない神域とされる急峻な山がある。更に北へ山々は連なり人族の侵入を長年許していない。それに比べ、真東の山はなだらかな傾斜で街や港を見下すことができる。貴族たちは年に数回、この街にやってくる。王都よりも羽根を伸ばすことができるのかもしれなかった。
貴族たちの邸宅が並ぶ静かなエリア。ここで使用人を含む30人ほどが惨殺された。クロスがギラフとグリバードと共に現場に着いたのは、庁舎からクロスへの知らせが届いて1時間ほど後だ。
◇
先日、クロスはギラフ、グリバードと一緒の宿に移りった。2人とはウマが合うということだろうか。『夜霧』と『夜霧の党』、2つの組織を追うという目標があるからだ、クロスはそう自分に納得させようとしたが、二人といる時間は仕事柄緊張感がありながらも楽しかったのだ。王都の貴族社会での生活では持ったことのない感情だった。
ギラフとグリバードもギルドで、その日に終わるような仕事のみ受け、備えていた。早目に宿に戻りクロスを交えて意見交換をした。みな、何か不穏な動きがあれば、すぐに対応するためだ。
◇
——レト伯爵邸——
「派手にやりやがった!くそぅ……」
門内に入るとグリバートが呟いた。四人倒れている。ギラフも見知った冒険者ギルドのメンバーだった。三人は一撃だったのだろう。抵抗の跡なく斬殺されている。四人目の剣は真っ二つに折れていた。片腕が無い。ギラフが周囲を見ると茂みの陰で見つけた。ここまで斬り飛ばされたのだろう。
グリバートは正義感の強い男だ。先日まで、彼は『夜霧』に騙される格好で出し抜かれて怒っていたのだが、生命まで奪う『夜霧の党』を憎む気持ちが日に日に強くなっている。
「『夜霧』はまだよかった。アイツらは弱い者は狙わねぇし、生命までは盗らねぇ。きれいな仕事だ」
最近はまるで『夜霧』を擁護するような発言すらする。そんなグリバートにギラフは苦笑したが、自分の中にも同じような気持ちが芽生えていることには気がついていた。
◇
館に入ると、現場は凄惨そのままだった。抵抗した者もそうでない者も一方的に殺されていて、自分の得物に血がついている者は見当たらなかった。現場でトウジロウに会った。トウジロウは3人に夕方には片付けるからそれまではご自由に、と何処かへ行ってしまった。去ってゆくトウジロウの後ろ姿を見て、今日はきれいな歩き方だな、とクロスは思った。
3人は思い思いに調べはじめた。グリバードは主に遺体の切り口を、クロスは入口からの足跡の形と数を、ギラフは外から足跡を追って侵入経路を把握しようとした。三者バラバラに見ることで様々な視点から現場を見ることができた。
「……クロス殿、この傷……」
「グリバード殿、この足跡……」
2人は同時に声を掛けあった。ギラフも外から戻ってきて、目があった。
「船の時と同じ斬り方だ。やはり、腕もかなりのモノだ」
「足跡は複数だな。この間の特徴的な足跡もある」
「2人して、何の話だ?」
と言うグリバートにギラフが、
「グリバート、先日、ちょうどおまえさんが寝てる時に話してたんだ。こんな使い手そうはいない。そして、以前と同じ爪先で二股に分かれた足跡。足の指紋もないし、鳥系の獣人なら爪の傷が付く。何かそういう靴のようなもので足は覆われているのかもしれない。船の件の時の犯人が、ここにもいたことになる」
「ふん。外からの侵入経路だが、裏口の門番は2人とも背後から袈裟斬りに倒されている。そこから先程見た大門の冒険者たちを始末したようだ」
グリバートが侵入の仮説を述べると、
「玄関の入口で争った形跡も無い。中から扉を開けたようだな。一階の使用人達の殆どは武器すら持たずにやられたようだぜ。犯人は訓練された奴らだ」
ギラフが館の内側の状況を整理して伝えた。クロスが頷く。
「クロス殿、『夜霧の党』の紙っきれは落ちていたのか」
「現場に幾つか落ちてたと聴いた。庁舎で前のものと比較するため、全て持ち帰ったらしい」
今まで見えなかったモヤモヤとした黒い霧を、ようやく見ることができた……3人はそんな気持ちで現場を後にした。
◇
2日後、庁舎から発表があり、ゲルトハルト市長名で、トドロス商会船舶虐殺事件および、レト伯爵邸襲撃の犯人は、『夜霧の党』と発表された。庁舎前掲示板の横に新たに立てらた立札には、多くの市民が殺到し、ごった返した。
発表前日の捜査会議で、犯人達の置いて行った2つのカードの署名の違い、手口の違いから、別々の犯人達だとクロスは主張した。しかし、レト伯爵邸に残されていたカードを持ってきて確認すると、そこには『夜霧』と書かれていた。クロスの主張は認められなかった。
元々クロスは捜査のためではなく、盗賊に対する戦力としてゲルトハルトに派遣されている。捜査に意見はできても、権限はなかった。ルンゲ達も市長をはじめとする庁舎の役人達と同意見だった。
◇
——ゲルトハルト 下町——
「アモン、どうする……」
「全てコチラのやったことにして、国の奴らは何が狙いなんだろうな」
サイラスは答えられなかった。
「しかし、癪に障る……このままでいいのかよ?」
「サイラス、おもしろいこと、考えたよ。今夜は夜烏が鳴くぜ」
「集めるか?」
「いや。俺とオマエの2人でやっちまう。他のメンバーには明日の朝、楽しみにしてろと伝えてくれ」
◇
その夜、ゲルトハルト市街は濃い乳色の夜霧に包まれた。
翌朝、立札はすり替えられていた。庁舎の者は早朝から立札に群がる人々を見ても気が付かず、多くの市民にその立札は読まれた。庁舎の者が気がついたが、市の法により、立札の撤去には庁舎上層部の指示を仰がなければならなかったが、撤去されたのは、10時をまわってからだった。
――我らは殺さない。我らは夜霧。
夜霧
◇
「フハハハッ!アモン、うまくやったな。街中、噂で持ちきりだ」
港の近いこの街は西側にゲルト河という大河が流れておりほんの数キロほどで海に注いでいる。この街は川を少し遡った場所にある。海岸沿いは海の深さが無い上、湿地帯のため、街はこの場所に作られたのだ。
街の北東部にあるハルト山の方角から冷たい風が吹くと、海の暖流の影響を受けたゲルト河からの水蒸気が冷やされ濃い霧が出る。
他のメンバーと違い、アモンとサイラスは吸血鬼だった。
吸血鬼の固有スキルのひとつに身体を霧に変えるという能力がある。昼間のうちに市庁舎の近くに立札を隠しておき、濃霧に紛れて元の立札と取り替えたのだ。2人でやったのは見張りが1人いるからだ。霧のままでは立札はすり替えられない。
立札の件は撤去後も噂となり、人々は『夜霧』と『夜霧の党』は別物の組織ではないかと考え始めたのだった。
◇
――潮騒亭 3階――
3人は目の前のオオバサミの炭焼きを食べながらも喋り続けた。カニを食べると無言になると言うが、今日はそんなこともなく、心は晴れやかだった。
「フッハッハッ!……今夜は酒もメシも何故かうまい!……のう、クロス殿!」
「まだ、事件が解決した訳ではないですが……グリバード殿、杯が空いておりますぞ。」
「……いや〜、ハッハ……今日は格別ですな。何故か」
3人とも敢えて理由は言わずに飲み続ける。
◇
その後、国と庁舎の役人への不信感が募り、水面下では、ゲルトハルト市民の国への反感が高まっていた。何度も濃霧が出たが、『夜霧』も『夜霧の党』も何の動きもなく半年が過ぎた頃、事件は起きた。
朝、家人が起きると、館の主人は冷たくなっていた。主人というのは、ゲルトハルト市長、その人である。
その日、市庁舎前の掲示板に舌が打ちつけられていた。
――我ら、閻魔大王の依頼にて、世にも珍しい『二枚舌』なるものを盗みとった。この舌の主は、『夜霧』を騙り、市民を欺いた。見事な『二枚舌』故、閻魔大王に代わり、これを晒す。
夜霧




