38.魔王の過去編①
「次は何処にするんだ。いっそ王都に移るってのも……」
「王都にいる人族の方が面白いのか?」
「アモン、おまえの気にいるような人族はいるかどうか知らんが、王都の方が貯めこんでいるヤツが多いだろうよ」
サイラスはアモンが乗り気でないのを見て、次の弾を準備していた。
「アモン、此処、ゲルトハルトでは最後にしよう。ただ、次の仕事はキツいかもしれんぞ」
「サイラス、そこまで言うからには、何か障害でもあるのか。冒険者ギルドの連中には飽きたぞ」
アモンの声には退屈でしかたないという感情が込められている。事実、つい最近も大商人の邸宅に忍び込み、追ってきた冒険者を闇に紛れてまいた。闇は魔族の味方である。アモンの気持ちを晴らしてくれるような冒険者など、この街にいないのだ。
この街の治安は一般的に警備兵に守られてきた。さらに貴族たちは自らの私兵、大商人たちは傭兵を雇っていた。そんな中、最近増えているのは、冒険者を雇うことだった。冒険者には戦闘に長けた者だけでなく、追跡や警戒などのスキルを持つものが多い。従来の兵士に加えて冒険者を雇うことが流行っている。その流行りの冒険者たちもアモンを捕まえることはできない。
◇
サイラスは半分呆れながらも続ける。
「新手が来るらしい。国軍から。魔術師団からクロス=ブリースト、王の射手からルンゲ=クロプト……」
「誰だよ?」
「アモン、クロス=ブリーストってのは、オメェの嫌いな聖職者だよ、最もコイツは変わり種で、元は1000年前に魔王を倒した勇者パーティの僧侶の子孫だとよ。僧侶のくせに魔物を杖で叩き殺すような男らしい。しかも、緑の長髪で王都ではすれ違った娘たちが倒れるような優男だそうだ」
アモンの顔を見たが、さほど興味をそそられなかったらしい。表情は変わっていない。宝を盗まれた王侯貴族や大商人の顔を見て以前は笑っていたのだが、サイラスはここ2年ほどアモンの笑みを見ていない。
「王の射手ってのは王様直属の何でも屋よ。汚れ仕事ばかりやってきた連中だ。暗殺の類もな。奴の弓矢は意思を持って目標を追尾するらしい。そんな奴らに追いかけられてみろ、おもしろそうだろ?」
アモンがまだつまらなそうな顔をしているのを見て、サイラスは話を変えた。
「最近、俺たちが『夜霧の党』って呼ばれているって知っているか?」
アモンは知らなかった。
「誰に呼ばれているんだ」
「街の奴らにだよ。どうしてなんだか、分からないが、そう呼ばれているみたいだ。まあ、名前なんてどうでもいい」
サイラスはそう言ったが、アモンは『夜霧の党』の方に興味を持った。そう名乗ったことはない。盗みが完了した時に残すカードの差出人欄に戯れに夜霧と書いている。党ではない。実際、夜霧は党というほどの規模の組織ではない。サイラスとアモンが、ある貴族が宝物にしている剣を盗めるか賭けをしたのがきっかけで結成した。2人の知り合い達が集まりはじめ、現在、10人程の規模にはなっている。普段ふんぞりかえっている連中の慌てた顔や行動が滑稽で面白いというふざけた理由で続いている。
◇
盗みの目標はメンバーが持ち寄って来る。全員が同意して仕掛けるのだが、此処、商業都市ゲルトハルトでは、大概やり尽くした感がある。如何に鮮やかに盗むかというスリルも、何度もやっていると飽いてきた。相手商人が弱すぎるというのも理由だろう。
サイラスからの呼び出しが来たのは次の日だ。街が騒がしいと思ったが、国軍が往来を行き来している。アモンは普段は町医者として街に溶け込んでいる。途中、軍の検問に遭った。アモンは警戒体制の理由を尋ねたが教えては貰えなかった。
いつもの食堂に入ると上階の個室に通された。サイラスがオーナーの店である。店の人族はみな、アモンを町医者として認識している。オーナーであるサイラスの友人であるとも。
「アモン、何か、動いてやがる。トドロス商会の船がやられた……。」
サイラスは珍しく暗い顔をしている。そして、自分の爪を噛んでいる。サイラスの考え事するときのクセだ。こんなサイラスを見たのは何年振りだろう。アモンは鼻が効く。何かサイラスにこんな顔をさせる出来事が起きているのかもしれない。
「外は国軍でいっぱいだったが、怪我人出ているなら呼ばれても良さそう……」
「……殺された。船員は全員殺されていたそうだ」
「へー、珍しいな。街の中だぞ」
「……やったのは、『夜霧の党』らしい……」
一瞬、アモンはポカンとした。あまりに意外な言葉だ。
「……サイラス、どういうことだ」
「俺にも分からない。ただ、俺たちじゃない事は確かだ」
一部のメンバーが勝手に動いたとは考えられなかった。『夜霧』ではなく、別に『夜霧の党』がいるってことなのか。それとも、俺達を隠れ蓑にして別の意図が働いているのか。アモンもいつの間にかぐるぐると、頭の中で考えていた。結論はもちろん出ない。サイラスともしばらくは会わないように話して、メンバーはいつものように一市民として暮らしていることにした。相手の考えも出方も、分からないまま行動するのは良くないだろう。
◇
――商業都市ゲルトハルト 港 船着場――
「グリバート殿、待たれよ。現場立入りは禁止しておる。」
グリバートは若い軍人を睨めつけている。兜で顔はほぼ見えないが、顔を真っ赤にして怒っているのだろう。流石に歴戦の冒険者だけあり、グリバートの圧力に軍人も冷や汗をかいている。
「待たせたな、グリバート」
ギラフが微笑みながら歩いてきた。隣に緑色の長髪を結えた中肉中背の男が立っている。優しげな顔をした若者だ。検死官か坊さんか、とギラフは思った。
「魔術師団所属クロス=ブリーストです。グリバートさん、よろしくお願いします。」
目の前にいる若造があのクロス=ブリーストだとは思わなかった。グリバートは動揺を隠しながら挨拶をした。
「クロス殿、中に入らせて貰えないんだが……」
「あ、これは失礼した。貴殿ら、グリバート殿には、ギラフ殿と共に我ら協力して事に当たることになっている。任務完了までは国軍に等しい方々と心得えよ。」
クロスの強い言葉に若い軍人はグリバートに謝りながら道を開けた。
◇
船の中は血の匂いでいっぱいだった。秋も深まりまだ腐る心配はなかったが、死体の散らかり様は明らかに普通の殺し方ではなかった。中には剣を握ったままの腕部、頭からへそのあたり迄斬り下げられている者、死体はどれも、斬られたのが原因だと推定された。みな、抵抗しようとしたあとがある。商人達だけではなく、用心棒や警備の役割の者達も多くいたにも関わらず一方的に斬られたのだろう。グリバードは、しばらく死体を観察した。
「異常者が犯人ですかね。殺すことを楽しんでる気がします」
落ち着きながらもクロスの言葉には怒りがこもっている、グリバートは思った。
「『夜霧の党』について教えていただけますか。おふたりの知っている全てを。」
「食事でもしながら如何ですか。場所は取ってあります。」
グリバートは何も言わずに船から降りて行く。一方、ギラフはこの惨状を見ても食事の話ができるこの若者に感心した。自分がこの歳の頃だったら、食事の話などできなかっただろう。
「クロス殿、グリバートに酒が入る前に聴くこと聴いてください。」
ギラフの言葉にとろける様な笑顔で応え、クロスは船を降りた。




