37.聖地へ至る道
尾根から下り聖地に至る門を目指していると、何か視線を感じた。見上げると100メートル程先、尾根に大きな山羊がいて、じっと此方を見ている。立派な角を2本持ち、体高は3メートル以上だろう。
「ネクロスさん、随分大きな山羊ですね……。」
「まずいな、足場が悪い。」
俺達のいるのは幅1メートル程の坂道。空中を漂っているネクロスさんは関係ないけど、俺たちは今襲われると非常にまずい。
大山羊が前脚を上げたと思ったら、その角の間に魔力の収束を感じた。光の玉が発生したと思ったら、雷のような光の束が走り地面を焼いた。たまたま足下に落ちたが、次の攻撃が来た時にかわせるか……。ネクロスさんの言った通り狭い道での戦闘はやりにくい。
「ネクロスさん、魔法で何とかできるか⁈」
「魔法の射程外じゃ!」
(そっか、初級魔法の射程はせいぜい50メートル程度だったな。ネクロスさんの魔法でも、あのデカいヤツにはダメージ通らないか。)
ジョリもそう長くかわし続けることはできないだろう。俺にも遠距離攻撃の手段はない。1度、後退するか……そんな考えが頭をよぎった時、俺の懐からエルが飛び出した。
子猫の姿から大きな山猫の姿に変化したと思ったら、斜面を登ってゆく、一直線に大山羊の首元に噛みついた。大きくなったとはいえ、エルは1メートル程の体長である。大山羊がビクリとしたがそのまま傾き、倒れた。俺たちは呆気に取られてしまった。
「一瞬だったのう。流石にバルナの子じゃ!」
ネクロスさんがフワフワと近づいてきた。ジョリは腰が抜けたようにその場に崩れた。谷底に落ちて命を失うと思ったそうだ。
ズルズルと大山羊が、俺達の前に引きずられてきた。元の世界にいた頃、飼い猫がネズミや鳥を捕ってきて家族の枕元に置いてゆくってのは、よく知られた事だ。ネコからすると人間は狩りのできない気の毒なネコだと思われているとの説を聞いたことがある。エルからすると、俺もそうなのかもしれない。前にグレイスガルドでネズミ取りの依頼受けた時、俺が一番下手だったことを思い出した。
大山羊が食えるか分からなかったが、道が狭いので、魔法鞄に入る大きさに解体しようにも難しい。魔石と高く売れるという立派な角を切り取ると谷に落とした。残酷なようだが、大山羊の死体に新たな魔物が引き寄せられる可能性は断っておかなければならない。エルの手前、気が引けたが、エルは子猫の姿に戻って俺の懐に戻って眠っている。
◇
更に道を降り岸壁に張り付くように数十分歩いた。ありがたいことに、この辺りから少し道が拡がっている。
「ここじゃ」
ネクロスさんが岩山の斜面をなぞるように見ている。
「アロモ イフタフ ヤー コンテ!」
ネクロスさんの呪文で斜面に光が走り、岩山にぽっかりと入口が開いた。穴が空いたと言うより、四角に門が開いたと言った方がピッタリだ。
エルが懐から飛び出して門をくぐる。俺達も続いた。しばらくすると、門が閉じた。洞窟ではなく、人の手により掘られたトンネルと言った方が近い。ぼんやりと明るいのは発光性の苔が天井に生えているからだ。
「凄い……ネクロスさん、これは誰が作ったの?」
「はて?アモンの一族が築いたと聞いておるがの。何千年……もっと前かもしれんの」
「ネクロス様、するってぇと、魔王のご親類がいらっしゃるんで?」
ジョリがやや緊張した声で質問した。
「……もう、誰もいないよ。ここはかつて吸血鬼の都での。太陽の光を嫌い築かれた街だと聞いている。アモンは此処の生まれよ。成長した後、この地を離れた。その後は盗賊をしていた。魔族と人族混合の盗賊団での。あの頃から魔王の素質があったのかもしれん。手を焼かせられたわい……」
「ネクロスさんはその頃の魔王のこと、知ってるの?」
「まあな。聴きたいのか?」
「聴きたい!」
俺とジョリの声がハモった。ネクロスさんはゆっくりとした口調で話しはじめた。
◇
――数千年前 商業都市ゲルトハルト 酒場――
「今度は国の蔵がやられたらしいな。蔵にはどんな宝が眠っていたんだろうか。なんにせよ、ウチじゃなくてよかったぜ」
「オマエんちには古女房以外に何もないだろう。それにしても鮮やかだよなぁ。先月はダーラ商会、その前はモンシャージュ公爵の屋敷だったろ?次は何処に盗みに入るか賭けようぜ」
「馬鹿野郎、ウチのおっかぁを盗んでくれたら、おらぁ、頭擦り付けて奴らに礼を言うぜ!」
酒場では盗賊・『夜霧の党』の噂話で盛り上がっている。2年ほど前から活動が目立ってきた盗賊団でメンバーは数十人いるとされていた。夜中に大きな盗みばかりを働き、仕事が終わると街に盗みが完了したとの紙をばら撒いて消える。弱い庶民からすると、権力、金力を持つ層に一泡吹かせている印象が強く、自然、義賊のような存在になっていた。
同じ酒場の中で、おもしろくない顔をしてエールを一気に飲み干した中年ドワーフがいる。
「こんなモン、水と同じだ。火酒を持って来い!」
水と同じと言った割に、しっかり酔ってるじゃないかとギラフは思った。
「グリバート、飲み過ぎだ。」
「あん、こんなモン、水だと言ったろぅ!大体、お前は飲みが足らん。おい、ねえちゃん!ギラフにも火酒だ!」
グリバートは歴戦の戦士だが、盗賊の捕縛など向いてないのだ。相手はマトモに戦わず、夜霧のように、いつの間にか出てきて気がつくと消えている。先月から街の見廻りにギラフ達もかりだされた。C級以上の冒険者10名を1組として、夜の街を見廻る。夜霧の党との闘争は起こらなかった。
ただ、グリバートが怒っているのは理由がある。商業都市というだけあり、ゲルトハルトには、大商人の商館や王侯貴族達の館があった。商業都市はそのまま情報都市とも言えるのだ。先月のダーラ商会が夜霧の党に入られた時、グリバートの一団は見廻りの際、ダーラ商会の門前で異常がないかの声かけを行っている。当然、異常ありませんとの返事が返ってきた。その時、屋敷の中では縛られた商会の者たちが転がされていた。応えたのは夜霧の党のメンバーだったと考えられる。グリバートの性格上、からかわれたと思ってるのだ。
「グリバート、来月から国からも人員配置されるそうだ」
「役に立つかよ、そんな奴ら。騎士様には荷が重いんさざゃねぇか」
「それが、騎士団もそうだが、今回は魔術師団と王の射手からも参加するそうだ。冒険者ギルドが珍しく国に応援を要請したらしい。腕利きのハンターをな」
「ふん、どうせ新人とかだろ?」
「……魔術師団からは、クロス=ブリースト、王の射手からはルンゲ=クロプトが参加するそうだ」
グリバートの眼が光った気がした。
「ギラフ、酒はやめだ。その話、詳しく聴かせろ。」
早く切り上げるつもりだったギラフだったが、結局いつも通り朝までグリバートに付き合わされた。




