29.はじめてのレベルアップ
エルが咥えてきたのは、人間の指だった。彼女は俺の足下に来て、静かにそれを置いた。まだ、腐敗もしていない。指には指輪がはまっていて薬師ギルドの紋章が刻まれている。ガストンさんが確認し、指を丁寧に布に包んで鞄に入れた。
「こりゃあ、おかしいぞ。指の状態からすると、昨日今日まで生きていたってことになる……。ジョリ、追えるか?」
ガストンさんの言葉に目を合わせると、ジョリはゆっくり頷いた。
「大丈夫です。アッシは追跡に専念しますので、みなさん、周囲の警戒をお願いします」
◇
一同、ジョリの後に従い警戒しながら森の奥へしばらく歩くと、視界が開けた。高台のような地形、小さな洞窟のような形状。野営の跡がある。C級冒険者パーティのメンバーは地面を見て、ゴブリンの足跡だと指差した。他にも靴を履いてる足跡がある。人族だろう。足跡は入り乱れている。闘争の跡だろうか。ガストンさんがしゃがんで確認しているのは一際大きな足跡。裸足の足跡だ。
「……ただのゴブリンじゃねえのがいるな。」
「ゴブリンじゃない?ガストンさん、何がいるんですか?」
「断定はできないが、ホブゴブリンとか上位種がいるのは間違いない」
俺の知識だと、ゴブリンよりデカくて力が強い群れのリーダーって程度だ。だが、ガストンさんや、C級冒険者達は厄介だと言いはじめた。ゴブリンの群れが思っているより大規模なものかもしれないということだった。単純な個の強さでは問題ないが、知恵のあるゴブリンが群れると危険度は飛躍的に増すのだ。
ガストンさんは細い枝を組んで、焚き火を2つ焚き始めた。鞄から黒っぽい粉を出して炎に振りかける。真っ黒な煙が立ち上がる。ゴブリンに気づかれるとも思ったが、応援を呼んだのだそうだ。群れの規模が大き過ぎれば、狩られるのはコチラになるかもしれない。数は力なんだ。ガストンさんは静かに言った。
「応援が到着まで、2時間ってとこかな。群れの位置はこの足跡を追えば掴めるだろう。行くぞ。」
ジョリが先導する形で更に進む、ガストンさんが数十メートルごとに木に塗料で印をつけて歩いている。応援部隊は下を見て進むよりこの方が早く追いつくからだ。森が途切れた川辺にそれはあった。
◇
ノトク村より大きな規模のゴブリンの巣……ゴブリンの村、砦と形容した方が正しいだろう。周囲は水堀で囲まれているが、柵などはない。内部に侵入するには橋を渡る必要がある。丸見えなのは好都合だが、規模が大き過ぎるのと建物が邪して全貌は把握できない。
C級冒険者達は規模を確認する、と言ってそれぞれが散って行った。物陰から偵察するのだ。俺も気配が多すぎて数えるのも大変だ。50まで数えてやめた。しばらく後、戻ってきた冒険者達が偵察の結果は驚くべきことだった。
「生きた人族が、捕まっている。2人だ。丸太で作られた檻のような場所にいる」
「ガストンさん、応援を待つのか?」
「いや、捕虜がいるなら一刻も早く奪還しなければならん。奴等、捕虜に何するか分からん」
「ガストンさん、ホブゴブリンが複数いる。ゴブリンの数は、100を大きく超えるぜ」
単純に攻めても数で押される。捕虜の位置からして正面突破での救出は至難の技だった。ガストンさんの言葉通り、奴等は捕虜に何をするか分からないのだ。
ホブゴブリン自体はC〜D級の魔物で、C級冒険者なら単独で倒せるとされている。ただ、ホブゴブリンが、単体でいることはほぼない。群れのリーダーとして存在することが殆どだ。単純なギルドの格付けだけでは計れないものもある。
◇
短い協議の結果、2方向から突入することにした。西側でガストンさんたちが騒ぎを起こし陽動、手薄になったところで別方向からもう一手が突入し、捕虜を逃がすのだ。問題は捕虜のいる場所が村の中央付近ということ。小屋のような建物は無数にある。西側に注意を引くには大分大きな仕掛けが必要だろう。東側は川になっているため、見張りが少ない……人数は東側に裂かないだろうという希望的観測からの作戦だ。一抹の不安はある。
「カッツ、陽動部隊は俺達で引き受ける。捕虜達をお前達で頼むぜ」
「応!」
……俺は返事だけは威勢よくした。樹々の陰に隠れながら、俺達は捕虜に1番近い橋の前まで移動した。
「ジョリ、一直線に捕虜だ。敵は俺とネクロスさんが引き受ける」
エルは子猫の姿になって俺の懐に入ってしまった。疲れたのかもしれない。
しばらくすると、西側で巨大な火球が空中に現れて建物に火が上がるのが見えた。続いて大きな爆発音。C級冒険者の誰かが魔法を使ったのだろう。ゴブリンたちのギャ、ギャ!と声が橋の向こうから聞こえてきた。予想外だったのは、橋の門番がそのまま西側に走っていったことだ。派手に火柱が上がるのが遠くに見えた。ゴブリンの気配が西側へ動いている。知恵がそう高くないゴブリンは持ち場を離れて音のする方へ吸い寄せられるように動いたに違いなかった。
「行くぞ!」
俺達は村の中に入った。殆ど西側に行ってしまったのか、ゴブリンの姿は見えなかった。兎に角、中央へ。捕虜の檻の前に2匹槍のような武器を持った小さなゴブリンがいたが、ジョリの棍棒で叩き伏せられた。
「おい!大丈夫か。冒険者ギルドの者だ!」
俺が声をかけると泣きながら2人が這って近づいてきた。
歩けないのか。よく見ると足の腱が無惨なことになっていた。檻自体は簡素なもので、扉はつっかえ棒の原理で中からは外せなくなっている。扉を開け、2人を外に担ぎ出した時に俺は背後から何かの気配を感じた。
何かが空から落ちてきた。今まで2人のいた檻がぐしゃぐしゃに壊れた。立ち上がったそれは、3メートルを超える大きなゴブリンだった。
「カッツや、ゴブリンキングじゃ!どうする?」
「俺がやる!ネクロスさん達は2人を村の外に……」
言うつもりがない言葉が口から出た。元々、交戦的な性格ではない。でも、何故か戦うことに喜びを感じる。魔王の血のせいなのか。ゴブリンキングの腕を躱しながら、そんなことを考えた。余裕があったわけじゃない。ぼんやりと頭に浮かんだ。黒旗軍との訓練の賜物か身体は自然と動き、ゴブリンキングの攻撃をなんとか躱せた。
スピードではこちらに分があると思ったが、ゴブリンキングの攻撃速度は思ったよりずっと速かった。ほぼ上方からの攻撃になるので、俺は躱しながら足を狙う。しかし、デカ過ぎて、俺の鉈で足を断ち斬ることはできなかった。
「グ、グォガァー!」
3回足に鉈を振るった後、キングは足への攻撃を嫌って、さっきまで檻だった丸太を引っこ抜き、俺と距離を取ろうとした。そんなのありかよ、と思ったがありなのである。こちらの攻撃は届かなくなる。躱すか攻撃を受け流すような形で凌ぐのが精一杯になる。モグラ叩きをするような動きで、俺は追い詰められた。周りの建物や檻の残骸で逃げ場がない。キングが大上段に振りかぶって、丸太を振り下ろそうとした時、
「泥だんご!」
俺は実戦では使用したことのない土魔法を使った。泥だんごが飛んでゆくだけの魔法、俺が今、唯一使える魔法……泥団子はキングの目に炸裂した。
「ギャン!」
大きな声を出して尻餅をついたキング。これなら攻撃が届く。俺は素早く背後に回り、キングの首に鉈を振るった。キングの首は堅く、首の半分ほどで鉈は止まった。ゴブリンキングの大きな手のひらが近づいてくるのを咄嗟に飛び退いて避けた。自らの掌底がゴブリンキングの大きな顔に炸裂して一際大きな血の噴水があがった。……ジタバタと足が動いた……やがて、キングは動かなくなった。血しぶきを浴びながら、俺は雄叫びをあげていた。
頭の中でどこか無機質な音が響く……
チャーチャ チャチャチャ〜♪ 神の祝福です♪




