26.カッツ、依頼を受ける
翌朝、早くから下町へ向かった。薄暗い街並みがいつもより輝いて見える……ってのは、言い過ぎか。ジョリと俺は意気揚々とモイラさんの店の扉を開けた。
モイラさんは、今朝もゆっくりした足取りで奥から出てきた。俺たちとの温度差がすごい。気を取り直してモイラさんにミスリル鋼の塊と無属性魔法石を渡す。モイラさんは、思ったよりミスリル鋼の量があるね、とだけ言った。そして、余る分もまあまあの高値で買い取ってくれた。ありがたいことに、しばらくは食うに困らない。
「……まぁ、あたしゃ、アンタたちがまた来るような気がしていたけどね」
支払いが終わり、店を出る俺たちの背中にねぎらいの言葉が降ってきた。俺は振り返らず右手をあげて歩きはじめた。
◇
ジョリの提案でモイラさんの魔導具が完成するまで、冒険者ギルドで依頼を受けて稼ぐことにした。ジョリも冒険者登録を済ませて、依頼をチェックする。駆け出しの冒険者だから街から近い森での薬草収集の依頼を受けてみた。ネクロスさんは、大事な用があると言って酒場に向かった。エルは俺の懐に入っている。
街から森の入口まで30分、森の奥にある群生地までの一本道を歩いて1時間、採取に1時間、街まで1時間半って具合だ。グレイスガルドでは、薬草からポーションを作るのが盛んで、鮮度の高いものはポーションへ、少し採取してから時間が経ったものは薬草としてお茶や粉薬に加工して売られている。消費者である冒険者も多いから需要も安定しているのだろう。
◇
異変が起きたのは冒険者稼業をはじめて3日目だった。薬草の群生地にゴブリンが出た。ゴブリンのような下級魔族が、俺の漏れ出る魔力に気づいても逃げずにいるのは、何か今までと違う。この日は5匹。こちらはジョリと俺の2人。ゴブリンの中でも知性のある種・好戦的ではない個体等は、人族と交流可能だ。しかし、見かけたのは全て知性に劣るタイプの個体に見えた。人も魔物も勝てそうなら、とりあえず襲うタイプのヤツらだ。そんなヤツらが逃げもせず、襲いもせずにこちらを伺うようなそぶりをみせ、やがて、消えた。
「そりゃ〜、統制のとれた群れなんじゃいか?ゴブリンもたまに強力な統率者が現れると厄介なモンじゃからな。」
ネクロスさんが、葡萄酒を飲みながら呑気に答えた。飲みっぷりがいい。そして、無駄にかわいいのである。
「ネクロス様のお言葉通り、あの群生地はギルドの駆け出し冒険者もよく行く場所でして、届出はしておきましたが、アッシは嫌な気がするんでさぁ……。」
ジョリはつまみの干し肉を齧って、愚痴るように言った。一応、今日の昼、納品時にゴブリンの様子を冒険者ギルドに報告しておいたのだ。ガストンさんは早速、注意を促す告知をした。街の他のギルドや議会にも連絡していたようだ。
◇
ジョリの予感が当たったのは翌日だった。その日もジョリと俺は午前中のうちにギルドに薬草を大量に納品した。森までの道も慣れたもので、夜明けに出発、午前中には納品完了である。昼ごはんをゆっくり食べるのが日課になっていた。ネクロスさんは昼から葡萄酒を飲んでいる。ギルドを出ようとすると、冒険者ギルドからの告知が出ていた。
――冒険者ギルド 告知――
森でゴブリンの集団がたびたび見られるようになった。群れを率いるリーダーが発生した可能性がある。ついては、本日より下記のルールを適用する。
①ゴブリンの集団を見かけた場合、E級、F級の冒険者は逃げる事を推奨。
②依頼が達成できなくても無償でキャンセルできる。
俺もジョリも等級的に見かけたら逃げなければならない。午後は街を散策したり、部屋でエルと遊んだりして過ごした。俺達がいる宿の一階は大きな食堂になっており、今日の夕飯は何にしようかと考えながら階段を降りていくと、
「薬師ギルドの奴らが、襲われたらしい。5人のうち、2人逃げ遅れた。」
「森の入口の辺りに臨時の監視砦でも造るってハナシだ。」
様々な噂が飛び交っていた。夕飯は後にして徒歩数分の冒険者ギルド本部に顔を出してみると、ガストンさんの怒鳴り声が聞こえた。
◇
――冒険者ギルド本部――
「昨日のうちに報告あげたはずだ、必要なら護衛の依頼も受付けるってな!ウチに責任転嫁は筋違いだ!」
顔は怖いが心は優しいガストンさんがあんなに怒るなんて……受付嬢と話してたら、街の役人達と顔を真っ赤にしたガストンさんが出てきた。役人達はさっさと外へ出て行った。
「長老派の奴ら、薬師ギルドに被害者が出た事、こっちに押しつけようとしてきたわ!おお、カッツ!しばらく森は入れんかもしれんぞ。」
ガストンさんは、俺たちに向けてというより、ギルドにいる皆に宣言するように声をあげた。
「ガストンさん、最初からおねがいします。なにがあったんですか?」
よくぞきいてくれた!という顔でガストンさんが俺に応える。
「今日、薬師ギルド所属の若いのが2人、ゴブリンに襲われて連れ去られた。状況は絶望的だな。問題は、長老派のヤツらが役人使って引っ掻き回そうとしてきているんだ。昨日のうちに、議会にも他のギルドにもゴブリンの動きについては報告はしてある。もちろん、薬師ギルドにもだ。知っての通り、今日の昼から冒険者ギルドのメンバーへの告知を完了、護衛依頼の受付もはじめたんだ。」
「告知なら見ましたよ。何が問題なんですか?」
「普通なら問題ない。今回、長老派が横槍入れてきやがった。攫われた2人、冒険者ギルドの護衛がついていれば失わずにすんだって……責任転嫁も甚だしい。」
ガストンさんの話は続く、
「護衛の依頼受付が遅いらしい。昼から受付たんだがな。ギルドの仕事ってのは基本、依頼者がいて募集するんだが、緊急時にはギルドが独自判断で募集かけるのよ、魔物の暴走が発生するとかな。護衛いりませんかって募集。今回はそれに当ててもいいんじゃないかってことだ。」
「それなら、森に入った者が冒険者ギルドに護衛の依頼すればいいじゃなかったんですか?」
「そうなんだよ。薬師ギルドのメンバーが森に入る前に冒険者ギルドに寄ったが、緊急時護衛はしてなかったから、5人だけで向かったらしいんだ。安く済ませたかったのかもな。帰ってきたメンバーはそう言ってるらしい。」
「あと、……そんなに急に薬草必要になりますか?」
「何でも昨夜、酒場の大喧嘩でポーションを使い過ぎて、備蓄が最低ラインを下回ったそうだ。」
どんな喧嘩なんだよと思いながら、俺にもガストンさんの気持ちがよく分かった。社会人やってると自分の責任じゃないのに責められたりする事はたまにある。
「ガストンさん、薬師ギルドは分かりましたけど、長老派ってのは?」
「長老派ってのはこの街が竜を退けた時に活躍した英雄達の子孫さ。実際に街を動かしているのは議会派だが、ちょこちょこ出てきては影響力を誇示したがる。今回は、冒険者ギルドと薬師ギルドに調停をしてやって恩を着せようって腹かもな。」
権威の象徴でだけいればいいのに、出たがりがこの世界にもいるんだろう。この辺は元の世界と変わらない。
「ちょっと、強引過ぎませんか?」
「先祖の威を借る、カビの生えたような連中さ。俺達、一般市民は馬鹿だと思っているのさ。実際、薬師ギルドの幹部はヤツらの息がかかってる。薬師ギルドは古くからあるギルドだ。薬師ギルドに入る試験を統括してるのは、今の福ギルド長らしい。副ギルド長は長老派の出身だ。引き上げてやった薬師ギルドメンバーがかなりの数いるらしいからな。この街の病院も薬師ギルドが管理しているが、資金提供しているのは長老派が多い。この街の影の支配者達ってトコかな。」
俺に説明しているうちに、ガストンさんも冷静さを取り戻したようだ。
「薬師ギルドだけじゃなく、長老派って敵がいるんですね。これからどうするんですか。」
「明日、何らかの要求がある。100%呑むつもりはないが、顔は立ててやらんとな。」
「ギルドマスターってのも、ツラいですね。」
「清濁併せ呑むって気持ちでいるよ。単なる金銭要求なら断るがな。何かあれば、力を貸してくれ。」
俺は大きく頷いた。
◇
最低ランクの駆け出し冒険者でも、ガストンさんやナイラさんには世話になっている。力になれることがあればいいが……。元いた世界でも様々な理不尽はあった。世界は変わってもストレスフリーとは言えないらしい。ガストンさんも苦しい立場だな……帰った宿の食堂で、俺は葡萄酒を1本空けた。




