21.カッツ、村を庇護する
エルの姿を見た人々は戦慄した。敵も味方も無かった。内から感じる魔力、漆黒の毛並みに夜空の星々の輝きのような銀色の虎毛、子供の頃聞かされたおとぎ話の山猫だった。ジョリだけではない、カーチスも、ノトク村の者も隣村の者まで誰一人身動きがとれず、ただ、エルを見ていた。
「よお!ジョリ。また怪我して無いだろうなぁ?」
緊張感の無い声で近づいて来たのはカッツである。そこまで来たからついでに寄った……そんな口調でジョリ達にゆっくり歩いてきた。
「……オマエ、それ以上、近づく……」
カーチスが言いかけた。カッツの右手が動く、義姉の耳の上を掠めて蛇のような影がカーチスを襲うのをジョリは見た。少し後に空からジョリの目の前に落ちてきたのは、カーチスの首だった。やがて、誰も叫ばず、誰も動かず、残った150名程の隣村の者達は全て投降した。2つの恐怖、得体の知れない魔族の男と山猫。動いた瞬間、死の的になると皆が思っている。
◇
ノトク村の人々に受け入れられるまで時間はかからなかった。ネクロスのおかげである。初級回復魔法を村の負傷者全員に施した。とくに子供達からネクロスは人気があった。見かけはクマのぬいぐるみなのだ。何日かすると、カッツとエルに対する恐怖感も薄れてきたのか、村人達は遠慮がちに挨拶を交わすようになった。エルは小さくなって子供たちと遊んでいる。
ネクロスによるジョニの治療が終わった翌日、ジョリの家族がノトク村の主だった者たちと一緒に挨拶にきた。連れ立ってきた者の中には見たことのないコボルトが何人かいた。隣村の長老達だという。ジョリの父親が口を開く、
「カッツ様、この度はありがとうございました。村長として改めて御礼を言わせていただきます。ノトク村は救われました」
「頼まれたわけでもない、こちらが勝手にやったことだ。」
俺たちがノトク村に辿り着くまでの経緯は、ジョリに説明していた。ジョリと別れた後、街道を西に向かった。しかし、突然エルが駆け出し、南へ向かうことになったというものだ。猫特有の気まぐれか、エルのことだから、何かあるかもしれないとネクロスも言い出し、エルの後に従い3日、村の門が破壊されているのを見つけた。ほぼ走り通しだったが、黒旗軍との訓練の成果のおかげか倒れることなく村を見つけたのだった。そして、ジョリ異様な気配を感じて突入したのだった。つまり、俺たちはジョリを再び救わんと走ったようなものだった。そして、きっかけはどちらもエルである。
◇
「息子……ジョリはカッツ様から2度救われました。カッツさま、どうかこの村も、もう一度救っていただけないでしょうか。」
「村長、それはどういうことですか?もう、この村は大丈夫でしょう……」
村長達の話では、近年、人族の都市からの侵入・干渉が酷く交易路を独占したり、行商をやっているノトク村の男衆を狙ったりするようになったという。一方、隣村は元々コボルト族の農村で、ノトク村にも食料を供給する生産地だった。ここ数年、人族の都市からの移住者が急に増えてきた。移住者は、はじめは労働力として歓迎されたが、徒党を組みはじめ、やがて隣村の長老達を軟禁して実権を握ったそうだ。カーチスを使ってこの村も乗っ取るつもりだったのかもしれない。隣村からカーチスの暴挙に参加したのは移住者だけだったのが証拠である。
ノトク村の長老達は、隣村も含めもう1度コボルト族中心の村にしたいこと、外部からの侵攻に備え、村にカッツの庇護を与えて欲しいと願った。このままでは、人族に飲み込まれてしまうのは目にみえている。
人族や下級魔族が上級魔族の庇護を得て一族や町を維持するのは珍しいことでは無かった。俺の背後には、魔王がいる。庇護してもらう相手としてはこの上ない。俺が魔法も碌に使えないのに、いいのか疑問もある。ただ名前を貸すだけなら問題ないのだが……。厄介事もあるだろう。
魔王の島の街も事実上、魔王の庇護下にあると言える。あれは魔王を慕う者たちが勝手に集まったのだと聞いた。庇護を求めるコボルトたちは縋るような目で俺を見ている。だが、その場では結論が出せなかった。
◇
――夕食後、カッツ達の宿舎――
庇護など与え無くとも助けはするのに、と俺は思った。そもそも庇護ってどんな事するんだろう。聞いたら、血文字で契約交わすらしい。何それ、怖い。
「カッツよ、お主は村を助けることになると思うぞ」
ネクロスさんがポツンと言う。
「ネクロスさんはどうしてそう思うのですか?俺はこの世界に来て日が浅いし、旅の途中ですよ」
「我がそう思った理由を聴けば、助けずにはおられんと思うぞ。聴きたいか」
ネクロスさんは時々、大魔導士じゃなくて、占い師か預言者のような事を言う。俺が頷くとふわふわと宙を漂いながら俺を見ないで話しはじめた。
「ここに来て数日、客としての扱いを受けてきた。しかし、他の者が我らと共に食事をすることは無かった。主菜も飛び兎の肉か干し肉で、あとはスープが付いていたくらいだ。スープは薄味、具もない。この村の者達の精一杯だったのだろう。村の者達は皆、総じて痩せて魔力も低い。お人好しのお主が知らぬふりはしないと見た」
ネクロスさんの言葉に俺は同意するしかなかった。これまで訪れた村や街には人々の活力があった。しかし、今のノトク村にはそれがない。病人のような村だった。ネクロスさんの言葉の通りになりそうだ。
◇
次の日、両村の長老達、ノトク村の者達を前に俺は話はじめた。
「両村を我が庇護下におく、法は今まで通り、何があったら、長老達の合議制だ。俺にもこの村でやってみたい事がある。子供達、手の空いてる者は手伝ってくれ。」
コボルトたちから歓声が上がった。しかし、庇護すると言っても俺に何ができるだろう。この世界のことは何も知らないに等しい。それでもやらねばならんのだ。
ただ、やってみたいことはある。鶏を飼う事だ。両村とも栄養状態が悪い。子供たちは成長できるか分からない。食糧のアテは、狩猟や僅かな農地しかない状態。隣村も同じような状態だ。つまり、どうしようもなく貧しいのだ。食糧問題を解決するには成長するのが早い鶏を飼うのが良い。行商をやるには今の状況では道中の危険が多過ぎる。
魔王の島で増やした鶏の卵がネクロスさんの魔法鞄に入っている。鞄の中は時間経過がないのが食べ物が腐らない事で実証済みだった。鶏の卵もそこにかけたのだ。鞄の卵は有精卵が20個、無精卵が20個だ。試してみたいのだ。
◇
子供達は育て方を直ぐに覚えた。素直な分、飲み込みが早い。鶏を見たことがない子供たちには、下手な絵を描いて教えた。生まれてから育て方や小屋を準備していたのでは間に合わないから鶏についての理解を深めてもらうのだ。
子供達にはまず、無精卵を使って作った雑炊を食べさせた。皆、笑顔になった。卵を毎日食べれるといいねと言った子供もいた。ある意味、胃袋を掴んだと言っていいだろう。鶏は無事に孵化した。ヒヨコのうちは死にやすいから、ある程度大きくなるまでは子供達に教えながら育ててゆく。鶏はこのまま増やしていけば、村のたんぱく源になるだろう。並んだ鶏小屋をみて、少し光がみえてきた気がした。まだ数が少な過ぎて空家が多いけど。
◇
村の看板に俺の血で魔王の紋章を記す。ネクロスさんが持ってる紋章をジョリが綺麗に彫り込んだ。俺は血を垂らしただけだ。エルが真似したがったのを見たネクロスさんが、紋章の横にエルの肉球を型取りジョリに彫らせた。また血を垂らす。この村は俺の庇護下にあることを示す事ができる。
――セミが鳴いている。季節はすっかり夏になっていた。鶏は卵をポツポツ産みはじめた。俺は村の皆に別れを告げた。城塞都市グレイスガルドを目指し、街道から西へ。




