19.カッツ、コボルトに諭す
ジョリは土下座をしている。自分の覚悟を目の前の3人に分かって貰うにはどうしたらいいかを考えた結果が、これだった。以前、取引のあった人族の商人が商品を盗賊に奪われ、謝罪をしてきた。見たことのない謝罪に驚いていると、自分の生まれた国では心からのお詫びを表すスタイルだと商人は説明した。
「助けて頂きありがとうございます!本来ならこの生命、あなた方のために捧げなければいけません。しかし、一時、アッシに時間を頂きたい!」
……3人ともきょとんとしている。説明が足りなかったとジョリは焦りを感じた。
「生まれ故郷のノトク村に戻りたいのです。家族の安全を確保したら戻って参ります。どうか、お願いします!」
再び土下座をした。地面に頭を擦り付ける…ダメか…ジョリがそう思いはじめた時、トコトコとジョリの目の前にエルが歩いてきた。エルは右脚をちょこんとジョリの頭に置いた。
「フハハハッ!」
ネクロスが宙を回転しながら笑い転げている。カッツは笑いを堪えて震えている。エルは機嫌よく、
「ニャ!」
と短く鳴いた。カッツが話はじめる。
「よく分からないけど、大袈裟だよ。この世界ではそういうルールなの?生命を捧げますって」
「いや、アッシらコボルトは卑しい下級魔族ですが、恩を忘れません。あなた様の尊き血を拝領し生命を繋ぎました。あなたのために生き、あなたのために死ぬのは当たり前です。す!」
カッツは困惑した顔を一瞬したが、静かに話はじめた。
「俺は異世界からのワタリでね。魔王に血を与えられて生き残った。元はただの人間……人族さ。だから、考え方が少し違う。それに、魔王は俺を束縛したりしていない。だから、俺はジョリを、ジョリの生命を俺のモノだとは思わないよ。ジョリが思うように生きて貰っていいんだ」
ジョリは顔を上げて、ぽかんとした。元人族、しかも、魔王に血を与えられた者など、おとぎ話でしか聞いたことがない。あれは魔王ではなく、竜だったか……。そして、カッツから感じられる気配は明らかに上級魔族のものだ。人族の気配はまるでない。そして、この上級魔族は、自分が元人族で、ワタリだから魔族の常識もこの世界の常識も知らない、同じことをしてくれた魔王もそうしないから自分も束縛しないと言う……ジョリは何度も頭の中でカッツの言葉を繰り返し、繰り返し……しばらく動けないでいた。
◇
次の日、ジョリはノトク村に向かってパーティを離れた。ノトク村は街道から南である。ネクロスが念のためと2本ポーションを持たせてくれた。遠慮したが、最低ランクのポーションだから持って行けと鞄に押し込まれた。魔王の住む城周辺には良い薬草があまり採れないそうだ。ネクロスが良い薬草があればもう少し高ランクのポーションが作れると、うらめしそうに言ったので、ジョリは、ノトク村周辺には薬草が群生して特産品にもなっていると伝えた。ネクロスは、いつか訪れたいと言ってくれた。エルが不思議そうな顔でジョリを見送っている。
◇
ノトク村は人口400人程のコボルト族の村である。村の男達はほとんどが行商人として特産品の薬草を売り歩いている。ジョリのところに伝書コウモリが来たのは2週間ほど前だ。手紙は義姉からで、族長である父と後継の兄が毒矢で襲われ危篤であること。隣村の連中が頻繁に村に出入りするようになり心細い日々を送っていること。村の者からもジョリに戻ってきて欲しいと願う声があることが書いてあった。ジョリは急ぎ村へ戻ることにした。森を抜け、スノウ川を渡り、街道を横切り南へ。ノトク村に3日程で着くはずだった。
ジョリが襲われたのは街道よりかなり北に外れた地点であった。森を抜けスノウ川の川原を歩いていると、左肩に鋭い痛みを感じた。矢が2本刺さっていた。森の出口に4人いた。3人は人族の匂いがした。1人は同族……。追跡してきたらしい。得物の棍棒を手に残りの矢を弾く。4人が殺到する前に逃げようとして身体に異変を感じた。毒である。(さっきの矢か。)ジョリは川下に向かった。足に力が入らずもつれる。追いつかれるのに時間はかからなかった。目の前は滝、背後には刺客。ジリジリと間合いを取ろうとしたが時間が経つほど毒が回る。刺客の1人の剣が頭をかすめる。最後の一撃は例の同族からだった。磨き上げられた見事な剣が革鎧ごとジョリの右肩から胸まで断ち斬り、川面に倒れたジョリは滝壺へと落ちていった。
気がついた時、ジョリはスノウ川の南岸にいた。気を失うまで泳いで力尽きたのだろう。落ちた滝は見えないほど遠い。月が雲に隠れている。刺客の影は見えないが、身体を引きずりながら、森に入る。少し進み、大木に寄りかかり鞄の中から薬草を取り出す。ネクサーリス草と呼ばるノトク村の特産品である。本来の用途は毒消草だが、少しだけ体力回復効果もある。一般的には干して煎じて毒消茶として使う。そのまま食べても効果はある。誰もそうしないのはとにかく苦いからだ。ジョリはネクサーリス草を何枚か無理矢理口に入れ奥歯で噛み飲み込んだ。このまま魔物のエサとなるか、それとも……
◇
目の前で魔物が鳴いている。山猫だ。昔、祖母にせがんで繰り返し聴かせて貰ったおとぎばなし。兄と2人、何度聞いても山猫が出てくる場面で兄弟2人泣き出した。そんな思い出に浸りながら、生命の終わりを感じていた時、目の前に上級魔族が現れた。彼は言った。
「よいか、生きるも死ぬもお前次第だ!俺の血を与える。生き延びよ!」




