16.カッツ、出発する
春が来た。儀式のため、大陸に渡らなければならない。昨年の種籾で苗を作り、棚田に植えた。棚田を作るのは難しく、完成して田植えができるのは、当初の予定の3分の1程度の面積だ。完成までは遠いけど、少しずつ作っていくしかない。田植えが終われば出発だ。
体力は大分ついた。魔法はかろうじて初級の土魔法をひとつだけ使えるようになった。魔王の血を受けているものの、魔法の才能は受け継げなかったようだ。この世界の人族の一般レベルよりも下らしい。魔力操作の方は毎日、というか、二十四時間稽古中だ。呼吸と意識の問題なのだが、身体の中の魔力を循環させるという修行。俺の場合、意識しないと上手く回らない。他のことをしながら、例えば眠りながらも魔力操作が行えるようになることが大切なんだとネクロスさんは教えてくれた。
◇
風呂から上がり、腰に鉈を差す。旅は軽さというので、鎧は胸当てにした。小さなリュックを背負い込んだ。ネクロスさんが魔法鞄なるものを持って行くから必要なものは幾らでも入るらしい。鞄の口の広さが無いから巨大な物は無理だけど。何でも入る魔法の鞄って響きは、異世界に来たって気持ちになる。それと、ネクロスさんの呼び方は公式の場以外はさん付けになった。あだ名みたいなものだ。
魔王やミレディア、ルナヴェル、ラグナー達に挨拶をする。黒旗軍の皆には、訓練に付き合って貰った礼を言って廻った。タロウの事は城の掃除のおばちゃんたちに頼んだ。タロウは別れを分かってくれたのか不安だったが、元気に返事をしてくれた。アルゴとリズンは泣きながら、村のことは任せて欲しい。帰ってくるまで絶対守ります!と言っていた。彼らなら大丈夫だろう。
◇
大陸行きの船が遅れているようで、ネクロスさんとエルを連れて港にある食堂に入った。ここは、港に揚がる新鮮な魚料理を食わせてくれる人気の店だ。実は黒旗軍の面々の行きつけの店で、何度か俺も一緒に来ている。さらには、村の卵も使ってくれているお客様でもある。卵はまだ供給不足で幻のメニューだけど。俺が朝、港に揚がった魚のフライを堪能していると、奥の席の冒険者が怒鳴りはじめた。どうやら仲間同士の喧嘩のようだった。どうにも居心地が悪くなってくる。
「お客さん、喧嘩なら外でやっとくれ!」
厚い身体と熱いハートをもった女将さんが苦情を言うと、パーティはゾロゾロと出て行った。囲まれて出て行ったのは、魔法使いの少女だった。気になった俺はネクロスさんを店に残し、後を追うことにした。
パーティは、外に出るとすぐに見つかった。魔法使い特有の帽子を被った少女が輪の真ん中でリーダーらしい若者に怒鳴られている。
「役立たずは、パーティにいらないって言ってんだ!」
「ごめんなさい。でも、この街でお別れされても、どこにも行けない。せめて、船に乗せてよ!」
どうやらパーティから彼女を追い出す話のようだ。しかし、島においてけぼりは酷い。彼女の主張虚しく、パーティメンバーは彼女を置いてバラバラに街に消えて行った。少女は、涙を堪え切れずに下を向いて固まってしまったままだ。こういう時はどう声をかけてあげればいいのか。俺は肩に乗っているエルを抱き、そっと彼女に差し出した。少女が顔をあげる。柔らかそうな頬を涙が伝って落ちた。彼女はエルを受け取り抱きしめると、声をあげて泣き出した。
◇
「もう一度、店に戻ろう。」
しばらく泣かせて俺は声をかけた。何も答えず彼女はついてきた。店に入るとネクロスさんが酒を飲んでいた。ぬいぐるみも酒を飲むんだなと感心してしまった。彼女はネクロスさんをみて、表情が和らいだ。ネクロスさん、見かけはクマのぬいぐるみである。席に座らせて、彼女と話す。名前はマーレ、大陸の生まれで15歳。魔法使いの修行中。パーティには、冒険者ギルドで誘われこの街に来たらしい。この街での目当ては鉱山で取れる希少金属。鉱山ダンジョンに潜る予定だったが、落盤がありしばらく閉鎖。アテが外れたパーティメンバーは彼女の船代をケチったようだった。酷いことするなぁ。俺は彼女に提案した。
「アルバイトしない?」
「アルバイト……?この島でですか?」
「新しい村の水利を守ってくれる魔法使いを探しているんだ。水系魔法は得意かい?」
「私、水系と土系は中級まで使えます。一人前の魔法使いになるまで帰らないって村を出たんです」
彼女が答えた。さっきまで泣いてた少女はもう、いない。泣いてたこの子には悪いけど、留守の間の心配が1つ片付いたと思った。俺はアルゴに手紙を書いた。彼女に事務と魔法石の管理をおねがいすること。彼女の部屋を村に建てた内の一軒をあてがうこと。食事もつけること。俺の客人だと思って大切に扱うこと。給与は月に大銀貨2枚。任期は俺が戻るまでとした。
「これで、村で働ける。多くはないけど稼げるし、ある程度魔法の修行にもなると思う。俺達の村では君のような魔法使いを探していたんだ。よろしくお願いします」
「ホントにいいんですか。私、役に立てる?」
「君を見込んでスカウトしてるんだ。田んぼや村の井戸水の管理に水の魔法石を使ってるんだが、肝心の魔法力を充填すり人がいなくて困ってたんだよ」
俺の言葉に彼女は笑顔で応えてくれた。
「私に任しときな!」
大きなオムライスの皿を女将さんがドンっとテーブルに置いて宣言した。
「マーレ、アンタ、いい人に会えたね。村の連中は私も旦那もよく知ってるんだわ。カッツ様、この手紙、私が預らせて貰うよ。アンタは今日、ウチに泊まりな。明日、村に連れて行ってあげる。いっぱい泣いた日はいっぱい食べないと!」
女将さんが一緒なら安心だ。俺はマーレに大切なことを伝えた。このオムライスに使っている卵はウチの村の特産品だと。マーレはそれを聞いて、今度は真剣な顔になってスプーンを口に運んだ。
◇
「船がきたぞー!遅れた分、すぐ出るぞー!」
積荷を下ろす人々、乗り込む人々でごった返し、港が騒がしくなる。俺は女将さんとマーレに別れを告げて船に乗り込んだ。
カッツの船を見送りながら、マーレは強く思った。たった数時間で自分の人生が変わったこと。誰と出会うかで良くも悪くもなるということを。




