12.スローライフ、はじめました。
異世界に渡ってきてから20日ほど過ぎた。ここで、この世界と一緒に異世界へ渡って来たタロウや鶏について話をしとこう。
この世界自体は時間、季節に違和感がない。大体、一日二十四時間だし、今の季節は冬。元の世界と殆ど同じ感覚で過ごしている。朝昼魔王の城が有る場所は大陸から東側に位置し、海流が交わる場所でいい漁場となっている。晴れた日には遥か北方、島の山々の遥か向こうに天まで届く様な白い山が見えた。この世界では、霊峰と呼ばれる山だそうだ。島の南側にある港町やその間には人族たちが住んでいる。魔王の城にも僅かだが人族がいた。ネクロスさんは、細かい仕事は魔族は人族に敵わないらしい。
元の世界から来た仲間たち、まずは鶏だ。鶏小屋はほとんど破損もなく、鶏達は皆元気だ。卵もちゃんと産んでくる。当初、こちらの世界に餌になるような物があるか心配だったが、ネクロスさんが雑穀を準備してくれた。わざわざ距離のある城下町へ使いを出して運んできたものだ。距離が遠いのに城下町というのもおかしな表現だが、理由は後で述べる。まぁ、鶏の餌問題は早期解決したのだ。
次に果樹。この島は東の海にある火山の影響か、気温、雨量も安定している。果樹の中でもブルーベリーの木は目に見えて生命力が増した気がする。夏の収穫が楽しみだ。
そして、柴犬タロウはこの世界でも人気者である。今朝も掃除のおばちゃんにフォーンの骨を貰って、夢中でかじっている。何となく元の世界よりもよく食べる気がする。
子猫は母親のバルナと一緒に、半日は俺の離れにいて、半日は魔王の寝所にいるらしい。バルナは俺のことも子供に近い存在だと認識しているみたいだ。たまに紙ヤスリのような舌で顔を舐められる。愛は痛い。
俺は日課として、ネクロスさんにこの島の事、世界の事を野良仕事をしながら講義してもらっている。自分の住む場所の歴史くらいは知っておきたい。この世界について知らないことが多すぎるのだ。
◇
元々、この島に人族は住んでいなかった。500年程前から城の南方に魔王を慕う者たちが集まり、いつの間にか街ができたそうだ。城との間に森があり、距離もあるが城下町と呼ばれているようだ。島の南端にある港町は自らを魔王の島の玄関口と誇っているそうだ。その他小さな農村や鉱山の周辺にも町がある。まだ、何処にも行ったことはない。
城の周囲は険しい山々に囲まれており様々な効能のある温泉、豊富な鉱脈が存在する。東側を中心に点在してい?鉱山で働く鉱夫達には採掘後に温泉で疲れを癒すことができるため、この島は鉱夫の間では有名なのだそう。
鉱山に縁がある人族と言えばドワーフ族。かなりの数のドワーフ族が鉱山町には住んでいるそうだ。おかげで鍛治職人が多く、この島の武器・防具は評価が高い。そして、それを求める大陸の商人も多いそうだ。島の人々は、温泉で病気や怪我が快方に向かうと魔王の加護と涙を流し、希少金属の鉱脈を見つけると魔王の恵みと称えた。近年は魔王城を拝みに来る観光客までいるらしい。
その魔王は最近、俺のする事を覗き見ている。魔王からすると、異世界からのワタリが何をしているか観察するのが楽しみらしい。俺が鶏を逃がしてしまって慌てて追いかけるのを見て、何十年振りで笑い転げていたとネクロスさんが言っていた。
ネクロスさんは、俺に魔法を教えてくれると言って、野良仕事の片付く昼から稽古をつけてくれる。やってることは精神修養の修行みたいなものだ。魔法はまだ、使えない。使えるようにならないかもしれない。ただ、魔力操作は魔法以外にも使い道があるから何とかものにしたいところである。ちなみにネクロスさんも今は訳あって初級魔法しか使えないらしい。大魔道士なのに。
◇
俺が思い描いている計画だが、しばらくは鶏の数を増やしてゆくつもりだ。この島には鶏がおらず、大陸からたまに輸入される。鶏の普及のため、有精卵は全て孵化させる。いずれはコチラの鶏と交配種を作るのも良いかもしれない。何がチャレンジしようとすると問題も出てきて、その度に苦戦している。例えば、この世界には電気が無いので、夜中、寒さに弱いヒヨコを温めるため、魔法石を利用した。炎の初級魔法を魔法石に閉じ込め土に埋めて使用したのだ。土に埋めないとヒヨコが火傷するのが難しかった。まぁ、創意工夫で何とかやっている。
春になったら種籾があるから米を作るつもりだ。元々、士郎さんと一緒に育てようとしていたものだ。米を作ると言うものの、正確に言えば、米を作るための種籾を増やすのだ。本格的な田んぼは候補地も決めてあり、鶏を譲る代わりに手伝ってくれる亜人族の若者を何人か仲間に引き入れた。近い将来、白米もモチも食べれるようにしたいのだ。米の品種名が分からないから、うるち米をシロウニシキ、もち米をルリヒカリと言っておいた。
◇
「アルゴ、水路の進み具合はどう?」
「カッツ様、水が抜けていかねぇで、足踏みだぁ。」
俺が声をかけたアルゴは獣人族の青年だ。クマのような耳が頭に付いている。ネクロスさんが俺をカッツと呼ぶから自然とカッツが俺の名前になってきている。彼は城下町の郊外で畑をやっているが、鶏の餌の件をきっかけに仲良くなった。俺が計画している、島の西側にある湿地帯の側での稲作計画にに協力してもらってる。
田んぼを作るのが予想より難しい。田んぼは、水があれば良い訳でなく、排水も重要だった。スムーズに水が入り、さらに排出させるのは工夫が必要なのだ。結局、湿地帯よりも高い位置で田んぼを作り、最後に湿地帯に水が抜けていくようにすることにした。要は棚田を作るのだ。上流からの分岐した水路、湿地帯へ向けた排水路も作ることを考えると、モチを食えるのは、早くて再来年だろう。何回か失敗しながら改良してゆくしかないのだ。
◇
「カッツ様、新しい村をつくれませんか?」
アルゴ達から提案されたのは、棚田計画が決まった後だった。魔王の城から街までは10キロほど距離がある。湿地帯はその間。元々田んぼにする予定だった湿地帯の側に村を作ろうというのだ。元々アルゴ達は農家の次男や三男である。後継ぎは確か2人いたかな?既存の畑を兄弟で分けるより新天地を切り拓きたいという事だ。親世代も魔王の眷属である俺を手伝うという事であれば賛成してるらしい。俺は彼らに賛同し、魔王に承諾が得られたらと条件を出した。さて、人生、面白くなってきた。




