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『異世界に転移したら、俺だけ世界設定に存在しなかった』  作者: 一ノ瀬 律
一章

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第7話 神殿の門は、存在しない者を拒む

 境界の森は、歩くたびに色が薄れていくようだった。

木々の緑は灰色に近づき、土の匂いは消え、風の音さえ遠のいていく。

まるで世界そのものが、ここだけ“削られている”ような感覚があった。


 俺の足元では、草が俺を避けるように倒れていく。

触れていないのに、触れられたように反応する。

世界が俺を拒んでいる証拠だ。


 神殿の使者は、そんな異常を気にも留めず歩き続けていた。

白い外套は汚れひとつつかず、森の色の薄さにも影響されない。

まるで彼らだけが“世界の外側”に立っているようだった。


「……もうすぐだ」


 使者の一人が言った。


 森の奥に、白い光が揺れている。

それは朝日ではない。

もっと冷たく、もっと硬い光だった。


 近づくにつれ、光の正体が見えてくる。


 巨大な門だった。


 石造りの門は、森の中に不自然なほどまっすぐ立っている。

周囲の木々は門を避けるように曲がり、根は門の下を通らない。

まるで門そのものが“世界のルール”を押し返しているようだった。


「……これが、神殿の門……?」


「正確には“外門”だ。神殿はこの先にある。外門は、存在の整合性を確認するためのものだ」


 使者は淡々と言った。


 門の表面には、無数の文字が刻まれていた。

見たことのない文字。

だが、どこかで見たような気もする。


(……ステータス画面の、あの空白の枠……)


 あのとき見た“何も書かれていない文字の枠”と、同じ匂いがした。


「カイ。門の前に立て」


 言われるままに門の前に立つ。


 その瞬間、門が低く唸った。


 石が震え、刻まれた文字が淡く光り始める。

光は俺の身体をなぞるように広がり、輪郭を探る。


 だが、光は俺の身体を“掴めなかった”。


 触れようとして、すり抜ける。

まるで俺が“空気の影”であるかのように。


 門の光が一瞬、乱れた。


「……反応が不安定だな」


 使者の声が低く響く。


「空白は、門に拒まれることがある。存在が曖昧すぎて、門が認識できないのだ」


「じゃあ……俺は、通れないのか?」


「通れない場合、門は“排除”を選ぶ」


 胸が冷たくなる。


「排除って……」


「存在の削除だ」


 淡々とした声が、逆に恐怖を増幅させた。


 門の光が強くなる。

俺の身体を照らし、輪郭を探り、しかし掴めない。

光は苛立つように揺れ、門全体が震え始めた。


 そのとき、頭の奥で、声がした。


──判定:対象は“存在しない”ため、整合性を確保できません。


(……まただ)


 あの声。世界法則の声。


──警告。設定外の存在を確認。排除プロトコルを起動します。


「やめろ……!」


 思わず叫んだ。


 だが、声は止まらない。


──排除プロトコル、第二段階を開始します。


 門の光が黒く濁った。


 黒い霧が、門の隙間から溢れ出す。

あのとき森で見た、草木を溶かす霧と同じだ。


「……っ!」


 俺は後ずさる。

だが、霧は俺を追うように広がる。


 使者が手を上げた。


「止まれ」


 その声は、門の震えよりも強かった。


 使者の手から、白い光が放たれる。

光は黒い霧に触れ、霧を押し返した。


「空白の排除は、神殿の権限下では無効だ」


 使者の声は冷静だった。


「門。判定を続行しろ」


 門の光が再び白に戻る。

黒い霧は消え、門の震えも収まっていく。


 だが、光はまだ俺を掴めない。


 輪郭を探り、すり抜け、また探る。

そのたびに、門が低く唸る。


(……俺は、本当に存在してないのか?)


 胸が締めつけられる。


 そのとき、門の光が、突然一点に集まった。


 俺の胸のあたり。


 光が触れようとする。

触れられないはずの俺に。


 だが、光は、ほんの一瞬だけ“触れた”。


 その瞬間、門が大きく震えた。


「……反応したか」


 使者の声が低く響く。


「空白の中に、何かがある。完全な空白ではない」


「何かって……?」


「わからん。だが、門が反応した以上──」


 使者はゆっくりと言った。


「お前は“完全な排除対象ではない”ということだ」


 胸の奥が、少しだけ軽くなる。


 門がゆっくりと開き始めた。


 石が擦れる音が森に響き、白い光が門の奥から溢れ出す。


「通れ」


 使者が言う。


 俺は一歩踏み出した。


 門の光が俺の身体を包む。触れられないはずの光が、確かに俺を“通した”。


 門を抜けた瞬間、空気が変わった。


 重い。

冷たい。

そして、“世界の中心”の匂いがした。


 目の前には、巨大な白い建物が広がっていた。


 神殿。


 世界設定書の本拠地。


 世界の理が集まる場所。


 その中心に、俺は立っていた。


(……ここで、俺の存在が決まる)


 胸の奥で、観測者の声が蘇る。


──お前は、この世界に存在してはならない。


 だが、門は俺を通した。


 完全な排除対象ではない。


 その意味を知るために、俺は神殿へ足を踏み入れた。

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