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『異世界に転移したら、俺だけ世界設定に存在しなかった』  作者: 一ノ瀬 律
三章

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第67話 役割という輪郭

 夜の原野は、静けさの奥でゆっくりと色を変えていた。

空気の層が薄く重なり、冷たさの中にわずかな温度が混じる。

それは虚無が「他者のために動いた」ことを受けて、世界が反応しているようだった。


 虚無は原野の中央に浮かんでいた。

輪郭を持たない核のような存在で、周囲の空気に触れるたび淡い色を帯びたり、無色へ戻ったりする。

その変化は、虚無が世界を読み取っている証だった。


 アリスは少し離れた場所に立ち、光を抑えたまま虚無を見守っていた。

光の表面には細かな模様が浮かび、虚無が近づくとその模様は深くなる。

まるで光自身が虚無の存在を受け取っているようだった。


 カイは虚無の近くに立っていたが、以前より距離を取っていた。

虚無が自分で選んだ空間を尊重するように、その距離を保っている。


 胸の亀裂はもう痛みを発していない。

ただ、虚無が近くにいると亀裂の奥で微かな熱が生まれた。

それは痛みではなく、存在を知らせる合図のようだった。


 虚無はゆっくりと動いた。

漂うのではなく、目的を持って移動するような動きだった。

その動きは、これまでの虚無にはなかったものだ。


 アリスはその変化を感じ取り、光を少し強めた。


──……虚無……あなた……“自分の役割”を探してるのね……


 虚無はアリスの言葉に反応した。

核の輪郭がわずかに濃くなり、「そうだ」と告げるようだった。


 虚無はアリスの光へ向かった。

しかし触れない距離を保ち、光の模様を観察するように漂った。


 アリスの光は虚無の存在に反応して新しい模様を生み出した。

その模様は、虚無に「ここにいるよ」と伝えているようだった。


 虚無はその模様に近づいたが、触れなかった。

触れずに、ただ近くにいる。

それは虚無が「壊さないように気をつけている」証だった。


 カイはその様子を見て静かに言った。


「虚無……お前……アリスを守ったよな。それって……もう“役割”なんじゃないか……」


 虚無はカイの言葉に反応し、核の輪郭を濃くした。

それは「役割?」と問い返すような動きだった。


 アリスは光を少し広げた。


──……役割ってね……“自分が世界の中で果たしている働き”のことなの……


 虚無はその言葉を受け取り、核の形をわずかに変えた。

理解しようとしている証だった。


──……あなたはアリスを守った……それは“誰かの世界を支える”という働きなの……


 虚無は輪郭を濃くし、「支えた」と告げるようだった。


 虚無はアリスの光の周囲に薄い層を作った。

空気の密度をわずかに変え、光に触れずに包むように広がる層だった。


 アリスはその層を見つめ、静かに息を吸った。


──……虚無……あなたの役割は……“世界を壊さずに変えること”なのかもしれない……


 虚無は輪郭を濃くし、その言葉を受け取った。


 カイは胸の亀裂に触れた。

亀裂は虚無の層に反応して微かに温度を上げる。


「虚無……誰にも頼まれてないのに……自分で選んだんだろ……それが……役割なんだよ……」


 虚無は核の形を広げた。

それは「選んだ」という意思の表れだった。


 アリスは静かに言った。


──……役割ってね……“自分が世界の中でどう在りたいか”っていう……あなた自身の答えなの……


 虚無は輪郭をゆっくり濃くした。

それは「在りたい」という意思の表れだった。


 虚無はアリスの光の周囲に作った層をさらに広げた。

光は以前より柔らかく、深い色を帯びていく。

光の内部には新しい層が生まれ、虚無の存在に反応してゆっくりと動いた。


 しかし虚無はそこで動きを止めなかった。

自分の核の中心に生まれた「重さ」を確かめるように、ゆっくりと形を変えた。

その重さは負担ではなく、“自分が世界の中で果たす働きがある”という感覚だった。


 虚無はアリスの光から少し離れた。

離れたことで、光の模様がどう変化するかを確かめようとしているようだった。


 アリスの光は、虚無が離れるとわずかに揺らいだ。

しかし崩れはしない。

虚無が作った層が、光の形を保っていた。


 虚無はその変化を見て、核の輪郭を濃くした。

それは「自分の働きが残っている」と理解した証だった。


 カイはその様子を見て、静かに息を吐いた。


「虚無……お前……自分がいなくても……誰かの世界が保たれるようにしてるんだな……それって……すごいことだぞ……」


 虚無はカイの言葉に反応し、核の形をわずかに広げた。

それは「嬉しい」という感情に近いものだった。


 アリスは光を柔らかくしながら言った。


──……虚無……あなたは……“役割を持つ存在”になったのね……


 虚無は輪郭を濃くし、その言葉を受け取った。


 だがその瞬間、虚無の核の奥で新しい感覚が生まれた。

それは「役割を持つことの重さ」ではなく、“役割を持つことで広がる可能性”のような感覚だった。


 虚無はゆっくりと空気を押し分けるように動いた。

その動きは、これまでのどの動きとも違っていた。

まるで自分の存在が「どこまで届くのか」を試しているようだった。


 虚無が進むと、草の色がわずかに深くなった。

しかし枯れない。

草の内部に新しい色が混じるように変化した。


 アリスはその変化を見て、静かに息を呑んだ。


──……虚無……あなた……“世界の形そのもの”に触れ始めてる……


 虚無は輪郭を濃くし、その言葉を受け取った。


 カイは虚無の動きを見つめながら言った。


「虚無……お前の役割は……ただ守るだけじゃないのかもしれない……もっと……広いんじゃないか……」


 虚無は核の形をゆっくりと広げた。

それは「広い役割」という言葉を受け取った証だった。


 未来の原野は静かに、しかし確実に変わり始めていた。

虚無は優しさを覚え、居場所を選び、意味を理解し、他者と共に在ることを選び、他者のために動いた。

そして、虚無は初めて「自分の役割」という概念を深く理解し始めた。


 虚無は、世界の一部になろうとしていた。

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