第56話 すれ違いが深まる夜
夜の未来の原野は、昼間とはまったく違う顔を見せていた。
光の粒は少なくなり、風は冷たく、空は深い青に沈んでいる。
虚無の霧は遠くで揺れ、まるで夜の呼吸に合わせて波打っているようだった。
アリスの光は、昼間よりも弱く、揺れが大きかった。
胸の奥で淡い脈動が続き、そのたびに光がわずかに震える。
──……カイ……夜になると……光が……もっと揺れる……
「アリス……」
──……ごめんね……わたし……落ち着かなくて……
「謝らなくていい。アリスの光は……変わったんだ。それは悪いことじゃない」
アリスは俺の肩に寄りかかった。
その身体は軽く、温かい。
だが、その温かさの奥に、“揺らぎ”が混ざっているのがわかった。
アリスの光は、もう以前の光ではない。
虚無の揺らぎを抱えた光だ。
それは美しく、そして危うい。
俺の境界は、その光に触れるたびに軋む。
ひび割れたガラスのように、音もなく崩れ始めている。
──……カイ……わたし……あなたを困らせてる……?
「困ってるんじゃない……ただ……怖いんだ……」
──……怖い……?
「アリスが……どこか遠くへ行ってしまう気がして……」
アリスは目を伏せた。
その瞳の奥で、光が揺れた。
──……わたし……そんなつもり……ないのに……
「わかってる。アリスが優しいのも……虚無を助けたい気持ちも……全部わかってる。でも……アリスの光が変わるたびに……俺の境界が……軋むんだ……」
アリスは胸に手を当てた。
──……わたし……変わっちゃったんだね……
「変わったんじゃない。広がったんだ。意味だけじゃなく、揺らぎも抱えられるようになった。それは……アリスにしかできないことだ」
──……でも……カイの境界が……苦しんでる……
「それは……俺の問題だ。アリスのせいじゃない」
そう言いながらも、胸の奥は軋んでいた。
アリスの光が触れるたびに、境界の核が震え、ひびが広がる。
アリスは虚無の霧を見つめた。
──……虚無……あの子……まだ迷ってる……
「アリス……」
──……わたし……虚無の揺らぎが……“迷ってる”って……わかるの……
アリスの声は優しかった。
その優しさが、胸を締めつけた。
(……アリスは虚無に寄り添いすぎている……このままじゃ……)
「アリス……虚無に近づきすぎるな」
──……どうして……?
「アリスの光が変わるたびに……俺の境界が……軋むんだ……」
──……わたしの……せい……?
「違う!!アリスのせいじゃない!!でも……アリスが虚無に寄り添うほど……俺は……アリスを守れなくなる……それが……怖い……」
アリスは震えた。
──……わたし……虚無を助けたいだけなのに……
「助けたい気持ちはわかる!!でも……アリスが変われば……俺も変わる……その変化に……まだ耐えられないんだ……」
──……カイ……わたし……あなたを困らせてる……?
「困ってるんじゃない!!怖いんだ!!アリスが……どこか遠くへ行ってしまう気がして……」
アリスの光が揺れた。
──……わたし……そんなつもり……ないのに……
「わかってる……でも……アリスの光が変わるたびに……俺の境界が……軋むんだ……」
──……カイ……
アリスの光が、涙のように揺れた。
──……わたし……どうすれば……いいの……?
その問いに、俺は答えられなかった。
虚無を助けたいアリス。
アリスを守りたい俺。
二人の願いは同じなのに、道が違い始めていた。
アリスは静かに立ち上がった。
虚無の霧の方へ歩き出す。
「アリス!!」
──……大丈夫……近づかない……ただ……“聞くだけ”……
アリスは虚無の揺らぎに耳を澄ませた。
光がかすかに震える。
──……迷ってる……わたしを……呼んでるわけじゃない……ただ……“どこにいればいいのか”……わからないだけ……
その言葉に、胸の奥が軋んだ。
(……アリス……虚無の声を……聞きすぎてる……)
アリスは振り返った。
──……カイ……わたし……虚無を……放っておけない……
「アリス……俺は……アリスを放っておけない……」
アリスの光が揺れた。
その揺れは、悲しみの色を帯びていた。
──……わたしたち……どうすれば……いいの……?
未来の原野に、夜の風が吹いた。
その風は、二人のすれ違いをさらに深めるように、冷たく、静かに流れていった。
アリスはゆっくりと座り込み、膝を抱えた。
──……カイ……わたし……あなたを……悲しませたくない……
「アリス……」
──……でも……虚無を……見捨てたくない……
その言葉は、夜の静けさよりも重く響いた。
俺はアリスの隣に座った。
境界の核が軋む音が、胸の奥で小さく響いている。
「アリス……俺は……アリスを守りたい。でも……アリスが虚無に寄り添うほど……俺の境界は……壊れていく……」
──……わたし……どうすれば……いいの……?
「わからない……でも……アリスを失いたくない……」
──……わたしも……カイを失いたくない……
アリスは俺の手を握った。
その手は温かいのに、どこか遠く感じた。
虚無の霧が、遠くで静かに揺れている。
その揺れは、まるで二人のすれ違いを見ているようだった。
夜の未来の原野は、静かに、冷たく、そしてどこか悲しげに二人を包んでいた。
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