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『異世界に転移したら、俺だけ世界設定に存在しなかった』  作者: 一ノ瀬 律
三章

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第56話 すれ違いが深まる夜

 夜の未来の原野は、昼間とはまったく違う顔を見せていた。

光の粒は少なくなり、風は冷たく、空は深い青に沈んでいる。

虚無の霧は遠くで揺れ、まるで夜の呼吸に合わせて波打っているようだった。


 アリスの光は、昼間よりも弱く、揺れが大きかった。

胸の奥で淡い脈動が続き、そのたびに光がわずかに震える。


──……カイ……夜になると……光が……もっと揺れる……


「アリス……」


──……ごめんね……わたし……落ち着かなくて……


「謝らなくていい。アリスの光は……変わったんだ。それは悪いことじゃない」


 アリスは俺の肩に寄りかかった。

その身体は軽く、温かい。

だが、その温かさの奥に、“揺らぎ”が混ざっているのがわかった。


 アリスの光は、もう以前の光ではない。

虚無の揺らぎを抱えた光だ。


 それは美しく、そして危うい。


 俺の境界は、その光に触れるたびに軋む。

ひび割れたガラスのように、音もなく崩れ始めている。


──……カイ……わたし……あなたを困らせてる……?


「困ってるんじゃない……ただ……怖いんだ……」


──……怖い……?


「アリスが……どこか遠くへ行ってしまう気がして……」


 アリスは目を伏せた。

その瞳の奥で、光が揺れた。


──……わたし……そんなつもり……ないのに……


「わかってる。アリスが優しいのも……虚無を助けたい気持ちも……全部わかってる。でも……アリスの光が変わるたびに……俺の境界が……軋むんだ……」


 アリスは胸に手を当てた。


──……わたし……変わっちゃったんだね……


「変わったんじゃない。広がったんだ。意味だけじゃなく、揺らぎも抱えられるようになった。それは……アリスにしかできないことだ」


──……でも……カイの境界が……苦しんでる……


「それは……俺の問題だ。アリスのせいじゃない」


 そう言いながらも、胸の奥は軋んでいた。

アリスの光が触れるたびに、境界の核が震え、ひびが広がる。


 アリスは虚無の霧を見つめた。


──……虚無……あの子……まだ迷ってる……


「アリス……」


──……わたし……虚無の揺らぎが……“迷ってる”って……わかるの……


 アリスの声は優しかった。

その優しさが、胸を締めつけた。


(……アリスは虚無に寄り添いすぎている……このままじゃ……)


「アリス……虚無に近づきすぎるな」


──……どうして……?


「アリスの光が変わるたびに……俺の境界が……軋むんだ……」


──……わたしの……せい……?


「違う!!アリスのせいじゃない!!でも……アリスが虚無に寄り添うほど……俺は……アリスを守れなくなる……それが……怖い……」


 アリスは震えた。


──……わたし……虚無を助けたいだけなのに……


「助けたい気持ちはわかる!!でも……アリスが変われば……俺も変わる……その変化に……まだ耐えられないんだ……」


──……カイ……わたし……あなたを困らせてる……?


「困ってるんじゃない!!怖いんだ!!アリスが……どこか遠くへ行ってしまう気がして……」


 アリスの光が揺れた。


──……わたし……そんなつもり……ないのに……


「わかってる……でも……アリスの光が変わるたびに……俺の境界が……軋むんだ……」


──……カイ……


 アリスの光が、涙のように揺れた。


──……わたし……どうすれば……いいの……?


 その問いに、俺は答えられなかった。


 虚無を助けたいアリス。

アリスを守りたい俺。


 二人の願いは同じなのに、道が違い始めていた。


 アリスは静かに立ち上がった。

虚無の霧の方へ歩き出す。


「アリス!!」


──……大丈夫……近づかない……ただ……“聞くだけ”……


 アリスは虚無の揺らぎに耳を澄ませた。

光がかすかに震える。


──……迷ってる……わたしを……呼んでるわけじゃない……ただ……“どこにいればいいのか”……わからないだけ……


 その言葉に、胸の奥が軋んだ。


(……アリス……虚無の声を……聞きすぎてる……)


 アリスは振り返った。


──……カイ……わたし……虚無を……放っておけない……


「アリス……俺は……アリスを放っておけない……」


 アリスの光が揺れた。

その揺れは、悲しみの色を帯びていた。


──……わたしたち……どうすれば……いいの……?


 未来の原野に、夜の風が吹いた。

その風は、二人のすれ違いをさらに深めるように、冷たく、静かに流れていった。


 アリスはゆっくりと座り込み、膝を抱えた。


──……カイ……わたし……あなたを……悲しませたくない……


「アリス……」


──……でも……虚無を……見捨てたくない……


 その言葉は、夜の静けさよりも重く響いた。


 俺はアリスの隣に座った。

境界の核が軋む音が、胸の奥で小さく響いている。


「アリス……俺は……アリスを守りたい。でも……アリスが虚無に寄り添うほど……俺の境界は……壊れていく……」


──……わたし……どうすれば……いいの……?


「わからない……でも……アリスを失いたくない……」


──……わたしも……カイを失いたくない……


 アリスは俺の手を握った。

その手は温かいのに、どこか遠く感じた。


 虚無の霧が、遠くで静かに揺れている。


 その揺れは、まるで二人のすれ違いを見ているようだった。


 夜の未来の原野は、静かに、冷たく、そしてどこか悲しげに二人を包んでいた。

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