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『異世界に転移したら、俺だけ世界設定に存在しなかった』  作者: 一ノ瀬 律
三章

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第57話 境界の亀裂が初めて形を持つ

 夜の未来の原野は、静かすぎた。

風は冷たく、空は深い青に沈み、虚無の霧は遠くで揺れながら、まるで二人の会話を聞いているように見えた。


 アリスの光は弱く、揺れが大きい。

胸の奥で淡い脈動が続き、そのたびに光がわずかに震える。


 俺の境界は、その光に触れるたびに軋んでいた。

ひび割れたガラスのように、音もなく崩れ始めている。


──……カイ……わたし……あなたを悲しませたくない……


「アリス……」


──……でも……虚無を……見捨てたくない……


 その言葉は、夜の静けさよりも重く響いた。


 アリスは虚無の霧を見つめていた。

その瞳は優しく、揺らぎを抱えている。

虚無の揺らぎを“意味として受け取れる”原型だからこそ、アリスは虚無の迷いを感じ取ってしまう。


 俺はアリスの隣に座った。

境界の核が軋む音が、胸の奥で小さく響いている。


「アリス……俺は……アリスを守りたい。でも……アリスが虚無に寄り添うほど……俺の境界は……壊れていく……」


──……わたし……どうすれば……いいの……?


 アリスの光が、涙のように揺れた。


 その瞬間、胸の奥で、いつもより大きな“軋み”が走った。


(……っ……!!)


 痛みではない。

だが、確かに“裂ける音”だった。


 アリスが振り返る。


──……カイ!?今の……何……?


「……境界が……本当に……割れた……」


 胸の奥が熱い。

境界の核が震え、その震えが身体の奥まで響いてくる。


 アリスは俺の胸に手を当てた。


──……カイ……境界の……亀裂が……“形になってる”……


「形……?」


──……うん……今までの亀裂は……ただの揺らぎだった……でも……今のは……“形を持った亀裂”……


 アリスの声は震えていた。


 虚無の霧が、遠くで揺れた。

その揺れは、まるで亀裂に反応しているようだった。


──……カイ……虚無が……あなたの境界の亀裂を……“見てる”……


「見てる……?」


──……うん……虚無は……形を持たない揺らぎ……でも……“形になりかけたもの”には……反応する……


 胸の奥の亀裂が、かすかに光った。


 白い光ではない。

境界の光でもない。


 もっと曖昧で、もっと不安定で、“揺らぎを含んだ光”。


(……これは……アリスの光に……似てる……?)


 アリスは息を呑んだ。


──……カイ……あなたの境界……わたしの光に……“似てきてる”……


「俺の境界が……アリスの光に……?」


──……うん……わたしが虚無に触れて……光が変わった……その影響が……カイの境界にも……伝わってる……


 胸の奥の亀裂が、また光った。


 その光は、アリスの光と虚無の揺らぎの“中間”のようだった。


──……カイ……あなた……変わり始めてる……


「変わる……?」


──……うん……わたしが変わったように……カイも……変わり始めてる……


 アリスの光が震えた。


──……でも……この変化は……わたしのときより……ずっと危険……


「危険……?」


──……うん……わたしは“意味の源”だから……揺らぎを受け入れても……光が揺れるだけ……でも……カイは“境界”……境界が揺らぎを受け入れると……“形が崩れる”……


 胸の奥が熱くなる。


(……形が……崩れる……?)


 アリスは俺の手を握った。


──……カイ……あなたの境界……このままだと……“意味を保てなくなる”……


「意味を……?」


──……うん……境界は……意味を形にする力……でも……その境界が揺らぎに侵されると……形が……“意味を失う”……


 虚無の霧が、遠くで大きく揺れた。


 まるで、境界の亀裂に反応しているように。


──……カイ……虚無が……あなたの亀裂に……“寄りかかろうとしてる”……


「寄りかかる……?」


──……うん……虚無は……形を持たない揺らぎ……でも……“形になりかけた亀裂”には……触れられる……


 胸の奥が震えた。


(……虚無が……俺の境界に……触れようとしてる……?)


 アリスは俺の胸に手を当てたまま、震える声で言った。


──……カイ……あなたの境界……虚無に触れたら……“境界じゃなくなる”……


「境界じゃ……なくなる……?」


──……うん……境界は……意味と揺らぎを分ける線……でも……その線が揺らぎに溶けたら……あなたは……“形を持たない存在”になっちゃう……


 胸の奥が冷たくなる。


(……俺が……形を失う……?)


 アリスは涙をこらえながら言った。


──……カイ……わたし……あなたを……失いたくない……


 その言葉は、夜の静けさよりも深く響いた。


 境界の亀裂が、また光った。


 その光は、虚無の揺らぎに引かれるように、遠くの霧へ向かって伸びた。


──……カイ!!だめ!!虚無に触れちゃだめ!!


 アリスが俺の胸に手を当て、光を流し込む。


 その光が亀裂を包み、虚無の揺らぎを押し返す。


 だが、亀裂は消えなかった。


 むしろ、“形を持ったまま残った”。


 アリスは震えた声で言った。


──……カイ……あなたの境界……もう……元には戻らない……


 夜の未来の原野に、冷たい風が吹いた。


 その風は、“二人の変化が始まった”ことを告げていた。

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