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『異世界に転移したら、俺だけ世界設定に存在しなかった』  作者: 一ノ瀬 律
三章

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第55話 境界が軋む音

 アリスの光が揺れたあと、未来の原野には奇妙な静けさが落ちていた。

虚無の霧は沈黙し、ただ遠くで揺らいでいるだけ。

だが、アリスの光はまだ不安定だった。胸の奥で淡い脈動が続いている。


──……カイ……わたし……まだ光が落ち着かない……


「無理するな。虚無の揺らぎが残ってるんだ」


──……うん……でも……この揺れ……嫌じゃないの……


 アリスは胸に手を当てたまま、どこか遠くを見るような目をしていた。

その表情が胸に刺さる。

アリスの視線の先には、沈黙した虚無の霧があった。

虚無は動かない。だが、アリスの光に反応してかすかに揺れている。

まるで呼吸しているように。


(……アリス……どこを見てるんだ……?)


 アリスが虚無に触れたことで、光の質が変わった。

柔らかい光ではなく、“揺らぎを含んだ光”。

その光が俺の境界に触れた瞬間──胸の奥が軋んだ。


──……カイ……?今……音が……


「聞こえた……俺の境界が……軋んだ……」


──……どうして……?


「アリスの光が……変わったからだ」


 アリスは息を呑んだ。


──……わたしの……せい……?


「違う。アリスのせいじゃない。ただ……アリスの光が“揺らぎ”を含んだことで……俺の境界が反応してる」


 アリスは胸に手を当てた。


──……わたし……変わっちゃったんだね……


「変わったんじゃない。“広がった”んだ」


──……広がった……?


「意味だけじゃなく、揺らぎも抱えられるようになった。それは……アリスにしかできないことだ」


 アリスは少しだけ笑った。

だが、その笑顔はどこか寂しかった。


──……でも……カイの境界が……苦しんでる……


「大丈夫だ。俺は……アリスを守るために生まれたんだ」


──……カイ……


 アリスの光が揺れた。

その揺れが、また俺の境界に触れる。


(……っ……また……軋んだ……)


 境界の核が、アリスの光に反応して震えている。

虚無ではない。アリスの光だ。

アリスの変化が、俺の境界を揺らしている。


 アリスは虚無を見つめたまま、ぽつりと呟いた。


──……虚無……あの子……まだ迷ってる……


「アリス……?」


──……わたし……虚無の揺らぎが……“迷ってる”って……わかるの……


 アリスの声は優しかった。

その優しさが、胸を締めつけた。


(……アリスは虚無に寄り添いすぎている……このままじゃ……)


 胸の奥がざわつく。

境界の核が、また軋んだ。


「アリス……虚無に近づきすぎるな」


──……どうして……?


「アリスの光が変わるたびに……俺の境界が……軋むんだ……」


──……わたしの……せい……?


「違う!!アリスのせいじゃない!!でも……アリスが虚無に寄り添うほど……俺は……アリスを守れなくなる……それが……怖い……」


 アリスは胸に手を当てた。


──……わたし……虚無を助けたいだけなのに……


「助けたい気持ちはわかる!!でも……アリスが変われば……俺も変わる……その変化に……まだ耐えられないんだ……」


──……カイ……わたし……あなたを困らせてる……?


「困ってるんじゃない!!怖いんだ!!アリスが……どこか遠くへ行ってしまう気がして……」


 アリスの光が揺れた。


──……わたし……そんなつもり……ないのに……


「わかってる……でも……アリスの光が変わるたびに……俺の境界が……軋むんだ……」


──……カイ……


 アリスの光が、涙のように揺れた。


──……わたし……どうすれば……いいの……?


 その問いに、俺は答えられなかった。

虚無を助けたいアリス。

アリスを守りたい俺。

二人の願いは同じなのに、道が違い始めていた。


 アリスの光がまた揺れた。

その揺れが俺の境界に触れた瞬間──胸の奥で、はっきりと“ひび割れる音”がした。


──……カイ!!今の……!!


「……境界が……本当に……崩れ始めてる……」


 アリスは震えた。


──……わたしの……せい……?


「違う!!アリスのせいじゃない!!アリスが変わったから……俺も変わらなきゃいけないだけだ……でも……まだ……その変化に……耐えられない……」


──……カイ……


 アリスは俺の手を握った。

その手は温かいのに、どこか遠く感じた。


──……カイ……わたし……あなたを守りたい……


「アリス……俺は……アリスを守りたい……でも……アリスの光が変わるたびに……俺の境界が……軋むんだ……」


──……わたし……どうすれば……いいの……?


 アリスの光が、涙のように揺れた。

虚無の霧が、遠くで静かに震えている。


 未来の原野に、冷たい風が吹いた。

その風は、二人の道が分かれ始めたことを告げていた。

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