第55話 境界が軋む音
アリスの光が揺れたあと、未来の原野には奇妙な静けさが落ちていた。
虚無の霧は沈黙し、ただ遠くで揺らいでいるだけ。
だが、アリスの光はまだ不安定だった。胸の奥で淡い脈動が続いている。
──……カイ……わたし……まだ光が落ち着かない……
「無理するな。虚無の揺らぎが残ってるんだ」
──……うん……でも……この揺れ……嫌じゃないの……
アリスは胸に手を当てたまま、どこか遠くを見るような目をしていた。
その表情が胸に刺さる。
アリスの視線の先には、沈黙した虚無の霧があった。
虚無は動かない。だが、アリスの光に反応してかすかに揺れている。
まるで呼吸しているように。
(……アリス……どこを見てるんだ……?)
アリスが虚無に触れたことで、光の質が変わった。
柔らかい光ではなく、“揺らぎを含んだ光”。
その光が俺の境界に触れた瞬間──胸の奥が軋んだ。
──……カイ……?今……音が……
「聞こえた……俺の境界が……軋んだ……」
──……どうして……?
「アリスの光が……変わったからだ」
アリスは息を呑んだ。
──……わたしの……せい……?
「違う。アリスのせいじゃない。ただ……アリスの光が“揺らぎ”を含んだことで……俺の境界が反応してる」
アリスは胸に手を当てた。
──……わたし……変わっちゃったんだね……
「変わったんじゃない。“広がった”んだ」
──……広がった……?
「意味だけじゃなく、揺らぎも抱えられるようになった。それは……アリスにしかできないことだ」
アリスは少しだけ笑った。
だが、その笑顔はどこか寂しかった。
──……でも……カイの境界が……苦しんでる……
「大丈夫だ。俺は……アリスを守るために生まれたんだ」
──……カイ……
アリスの光が揺れた。
その揺れが、また俺の境界に触れる。
(……っ……また……軋んだ……)
境界の核が、アリスの光に反応して震えている。
虚無ではない。アリスの光だ。
アリスの変化が、俺の境界を揺らしている。
アリスは虚無を見つめたまま、ぽつりと呟いた。
──……虚無……あの子……まだ迷ってる……
「アリス……?」
──……わたし……虚無の揺らぎが……“迷ってる”って……わかるの……
アリスの声は優しかった。
その優しさが、胸を締めつけた。
(……アリスは虚無に寄り添いすぎている……このままじゃ……)
胸の奥がざわつく。
境界の核が、また軋んだ。
「アリス……虚無に近づきすぎるな」
──……どうして……?
「アリスの光が変わるたびに……俺の境界が……軋むんだ……」
──……わたしの……せい……?
「違う!!アリスのせいじゃない!!でも……アリスが虚無に寄り添うほど……俺は……アリスを守れなくなる……それが……怖い……」
アリスは胸に手を当てた。
──……わたし……虚無を助けたいだけなのに……
「助けたい気持ちはわかる!!でも……アリスが変われば……俺も変わる……その変化に……まだ耐えられないんだ……」
──……カイ……わたし……あなたを困らせてる……?
「困ってるんじゃない!!怖いんだ!!アリスが……どこか遠くへ行ってしまう気がして……」
アリスの光が揺れた。
──……わたし……そんなつもり……ないのに……
「わかってる……でも……アリスの光が変わるたびに……俺の境界が……軋むんだ……」
──……カイ……
アリスの光が、涙のように揺れた。
──……わたし……どうすれば……いいの……?
その問いに、俺は答えられなかった。
虚無を助けたいアリス。
アリスを守りたい俺。
二人の願いは同じなのに、道が違い始めていた。
アリスの光がまた揺れた。
その揺れが俺の境界に触れた瞬間──胸の奥で、はっきりと“ひび割れる音”がした。
──……カイ!!今の……!!
「……境界が……本当に……崩れ始めてる……」
アリスは震えた。
──……わたしの……せい……?
「違う!!アリスのせいじゃない!!アリスが変わったから……俺も変わらなきゃいけないだけだ……でも……まだ……その変化に……耐えられない……」
──……カイ……
アリスは俺の手を握った。
その手は温かいのに、どこか遠く感じた。
──……カイ……わたし……あなたを守りたい……
「アリス……俺は……アリスを守りたい……でも……アリスの光が変わるたびに……俺の境界が……軋むんだ……」
──……わたし……どうすれば……いいの……?
アリスの光が、涙のように揺れた。
虚無の霧が、遠くで静かに震えている。
未来の原野に、冷たい風が吹いた。
その風は、二人の道が分かれ始めたことを告げていた。
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