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『異世界に転移したら、俺だけ世界設定に存在しなかった』  作者: 一ノ瀬 律
一章

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第4話 存在判定と、揺らぐ世界

 村長の家は、村の中心にある大きな木造の建物だった。

外観は質素だが、扉の前に立つだけで、空気がひんやりと変わる。

まるでこの家だけ、村とは別の“層”に存在しているような感覚があった。


 リーナが扉をノックすると、中から低い声が返ってきた。


「入れ」


 扉を開けた瞬間、薬草とは違う、乾いた紙の匂いが鼻をかすめた。

部屋の中央には古びた机と、その上に分厚い本が置かれている。

壁には古い地図や、用途のわからない木札が並んでいた。

どれも長い年月を経ているのに、埃ひとつない。


 村長は白髪の老人だった。

だが、その目は年齢を感じさせない鋭さを持っていた。

俺を見ると、その瞳がわずかに揺れた。


「……お前が、カイという名の少年か」


 その視線が俺に向けられた瞬間、空気がわずかに歪んだ。


(……まただ)


 村人たちと同じ。

俺の輪郭だけが、世界から浮いて見えている。


 村長は俺をじっと見つめたまま、机の上の本に手を置いた。


「これは“世界設定書”だ。この世界に生きるすべての者の名前、生まれ、役割が記されている」


 リーナが小さく息を呑む。


「村長さん……まさか……」


「確認する」


 村長はページをめくり始めた。

その動作はゆっくりだが、迷いがない。

ページをめくるたびに、紙が擦れる音が部屋に響く。

だが、その音もどこか遠い。


 やがて村長の手が止まった。


「……やはり、ない」


 その言葉は、刃物のように鋭く胸に刺さった。


「カイという名は、この世界のどこにも存在しない。お前は“登録されていない存在”だ」


 リーナが震える声で言った。


「そんな……でも、カイさんはここにいて……話して……」


「それが問題なのだ」


 村長は本を閉じ、俺を見据えた。


「存在しない者が存在している。それは“世界の理”が揺らいでいる証拠だ」


 その瞬間、部屋の空気が微かに震えた。

まるで世界そのものが、村長の言葉に反応したかのように。


(……また、世界が揺れてる)


 俺の存在が、世界にとって“異物”である証拠。


 村長は続けた。


「お前が倒れていた場所の周囲には、奇妙な痕跡があった。草木が、お前を避けるように倒れていた。まるで“そこに何かが落ちた”かのように」


 リーナが小さく頷く。


「……私も見ました。あれは……普通じゃありません」


「普通ではないどころか、危険だ」


 村長は机の下から、もう一冊の薄い本を取り出した。


 表紙には、黒いインクでこう書かれている。


『異常存在記録』


「これは、過去に“空白”として扱われた者たちの記録だ」


 リーナが息を呑む。


「空白……!」


 村長は静かに頷いた。


「世界設定書に名前がない者は、“空白”と呼ばれる。存在しているのに、世界に認識されない者。そして──」


 村長はページを開いた。


「空白は、必ず“世界の拒絶反応”を引き起こす」


 その言葉に、背筋が冷たくなる。


(……俺のせいで、世界が揺れている?)


 村長は続けた。


「空白が現れたとき、世界はその存在を排除しようとする。世界法則が乱れ、ノイズが発生し、最悪の場合──」


 村長は言葉を切った。


「世界が崩壊する」


 リーナが震えた声で言う。


「そんな……カイさんは、そんな危険な存在じゃ……!」


「危険かどうかではない。“存在していること”そのものが危険なのだ」


 村長の言葉は冷静だったが、そこには恐怖が滲んでいた。


 俺は拳を握った。

自分の手の感触が、どこか薄い。

握っているのに、握れていないような奇妙な感覚。


(……俺は、本当にここにいるのか?)


 胸が締めつけられる。


「……俺は、どうすればいい」


 自分でも驚くほど落ち着いた声が出た。


 村長はしばらく黙り、やがて言った。


「神殿へ行け。世界設定書の本拠地だ。そこなら、お前の存在を“判定”できるかもしれん」


 リーナが驚いたように俺を見る。


「カイさんを……神殿に?」


「そうだ。だが──」


 村長は俺を見据えた。


「神殿は、お前を“存在しないもの”として処理する可能性がある。観測者が言ったように、削除されるかもしれん」


 観測者。あの光の中の男の姿が脳裏に浮かぶ。


──お前は、この世界に存在してはならない。


 胸が締めつけられる。


 だが、逃げる場所はどこにもない。


「……行くしかない、か」


「そうだ。お前がこの世界に残るなら、必ず“存在の判定”を受けねばならん」


 リーナが俺の腕を掴んだ。


 その手は温かいはずなのに、俺の皮膚にはほとんど触れない。

触れているのに、触れていない。

その矛盾が、胸に刺さる。


「カイさん……私も行きます」


「リーナ……?」


「だって……カイさんは一人じゃない。世界が拒んでも、私は……あなたを見てますから」


 その言葉は、世界の揺れよりも強く胸に響いた。


 村長は静かに頷いた。


「明日の朝、神殿の使者が来る。それまで、ここで休め」


 世界に拒まれた俺が、世界の中心へ向かう。


 その旅の始まりが、静かに幕を開けた。

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― 新着の感想 ―
最高!物語の流れがいい!今までにはなかった系統のストーリーだから想像するのが楽しい。カイとリーナの関係もいいよなー!神殿でのカイ''空白,,の運命が気になります!12時10分に5話!待ってます!!!
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