第3話 世界に触れない手
意識が戻った瞬間、まず気づいたのは──
自分の体が、布団に沈んでいないことだった。
柔らかいはずの布団の感触が、どこか薄い。
まるで“触れているふり”だけしているような、そんな奇妙な感覚。
(……また、世界に拒まれてる?)
ゆっくりと目を開けると、木造の天井が揺れて見えた。
薬草の香りが漂っているのに、匂いがどこか遠い。
「……起きたんですか?」
声がした。
振り向くと、栗色の髪の少女がこちらを覗き込んでいた。
だが、その瞳に映る俺の輪郭が、微かに揺れている。
(……見えてるのか? 本当に?)
そんな疑念が胸に刺さる。
彼女はリーナと名乗り、俺も自分の名をカイと告げた。
「あなた、森で倒れていたんですよ。呼吸はあるのに、体が“世界に馴染んでない”みたいで……」
リーナは言いながら、俺の腕にそっと触れようとした。
その瞬間、彼女の指先が、俺の腕をすり抜けた。
「……っ!」
リーナが息を呑み、俺も同時に息を呑んだ。触れようとしたのに、触れられない。
まるで俺の体が、薄い膜の向こう側にあるみたいに。
「ご、ごめんなさい……! いまのは……その……!」
リーナは慌てて手を引っ込めた。
だが、その瞳には明らかな恐怖が宿っていた。
(やっぱり……俺は、この世界に“存在してない”んだ)
観測者の言葉が脳裏に蘇る。
──お前は、この世界に存在してはならない。
胸が締めつけられる。
「……ここはどこなんだ?」
声が震えないように気をつけながら尋ねる。
「エルド村です。森の外れにある、小さな村……。」
リーナは言葉を選ぶようにして、静かに続けた。
「あなたを見つけたとき、周りの草が全部、あなたを避けるように倒れていて……」
彼女は一度、痛みをこらえるように目を伏せる。
「……まるで、“そこに何かが落ちた”みたいだったんです」
“誰か”ではなく、“何か”。その言い方が胸に刺さる。
「村長さんが、あなたに会いたいそうです。“確認したいことがある”って」
確認。それはきっと、俺が“存在していいかどうか”だ。
「歩けますか? 無理なら……」
「歩ける」
立ち上がると、床板が微かに軋んだ。
だがその音も、どこか遠く聞こえる。
世界が俺を“薄く扱っている”感覚。
リーナは不安そうに俺を見つめた。
「……カイさん。もし、怖かったら……私がいますから」
その言葉だけは、はっきりと届いた。
世界が俺を拒んでも、
この少女だけは、俺を“見ようとしてくれている”。
その事実が、胸の奥で小さな灯りになった。
「行きましょう。村長さんのところへ」
外に出ると、村人たちの視線が一斉に向けられた。
だが、誰一人として、俺の目を正確に捉えていなかった。
視線が合っているようで、微妙にズレている。
まるで俺の輪郭だけが、世界から浮いているように。
(……俺は、本当に“存在していい”のか?)
その問いを胸に抱えたまま、俺は村長の家へ向かった。
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