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『異世界に転移したら、俺だけ世界設定に存在しなかった』  作者: 一ノ瀬 律
一章

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4/10

第3話 世界に触れない手

 意識が戻った瞬間、まず気づいたのは──

自分の体が、布団に沈んでいないことだった。


 柔らかいはずの布団の感触が、どこか薄い。

まるで“触れているふり”だけしているような、そんな奇妙な感覚。


(……また、世界に拒まれてる?)


 ゆっくりと目を開けると、木造の天井が揺れて見えた。

薬草の香りが漂っているのに、匂いがどこか遠い。


「……起きたんですか?」


 声がした。

振り向くと、栗色の髪の少女がこちらを覗き込んでいた。


 だが、その瞳に映る俺の輪郭が、微かに揺れている。


(……見えてるのか? 本当に?)


 そんな疑念が胸に刺さる。


 彼女はリーナと名乗り、俺も自分の名をカイと告げた。


「あなた、森で倒れていたんですよ。呼吸はあるのに、体が“世界に馴染んでない”みたいで……」


 リーナは言いながら、俺の腕にそっと触れようとした。


 その瞬間、彼女の指先が、俺の腕をすり抜けた。


「……っ!」


 リーナが息を呑み、俺も同時に息を呑んだ。触れようとしたのに、触れられない。

まるで俺の体が、薄い膜の向こう側にあるみたいに。


「ご、ごめんなさい……! いまのは……その……!」


 リーナは慌てて手を引っ込めた。

だが、その瞳には明らかな恐怖が宿っていた。


(やっぱり……俺は、この世界に“存在してない”んだ)


 観測者の言葉が脳裏に蘇る。


──お前は、この世界に存在してはならない。


 胸が締めつけられる。


「……ここはどこなんだ?」


 声が震えないように気をつけながら尋ねる。


「エルド村です。森の外れにある、小さな村……。」


 リーナは言葉を選ぶようにして、静かに続けた。


「あなたを見つけたとき、周りの草が全部、あなたを避けるように倒れていて……」


 彼女は一度、痛みをこらえるように目を伏せる。


「……まるで、“そこに何かが落ちた”みたいだったんです」


 “誰か”ではなく、“何か”。その言い方が胸に刺さる。


「村長さんが、あなたに会いたいそうです。“確認したいことがある”って」


 確認。それはきっと、俺が“存在していいかどうか”だ。


「歩けますか? 無理なら……」


「歩ける」


 立ち上がると、床板が微かに軋んだ。

だがその音も、どこか遠く聞こえる。


 世界が俺を“薄く扱っている”感覚。


 リーナは不安そうに俺を見つめた。


「……カイさん。もし、怖かったら……私がいますから」


 その言葉だけは、はっきりと届いた。


 世界が俺を拒んでも、

この少女だけは、俺を“見ようとしてくれている”。


 その事実が、胸の奥で小さな灯りになった。


「行きましょう。村長さんのところへ」


 外に出ると、村人たちの視線が一斉に向けられた。


 だが、誰一人として、俺の目を正確に捉えていなかった。


 視線が合っているようで、微妙にズレている。

まるで俺の輪郭だけが、世界から浮いているように。


(……俺は、本当に“存在していい”のか?)


その問いを胸に抱えたまま、俺は村長の家へ向かった。

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