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『異世界に転移したら、俺だけ世界設定に存在しなかった』  作者: 一ノ瀬 律
二章

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第41話 外側の世界

 虚無へ飛び込んだ瞬間、世界が“音”を失った。


 風も、光も、影もない。

ただ、白でも黒でもない“無色の空間”が広がっている。


 リーナの声も、監視者の声も、何も届かない。


 アリスの手だけが、確かに俺の手を握っていた。


──……カイ……ここ……“外側”……


(外側……)


──……うん……世界の“設定”が届かない場所……だから……何も形がない……


 アリスの声は震えていたが、その震えは恐怖ではなく、“存在が揺らぐ感覚”に対するものだった。


 俺はアリスの手を強く握った。


「大丈夫だ。アリスはここにいる。俺もいる」


──……うん……


 だが、その瞬間、俺の足元が“溶けた”。


(……え……?)


 地面がない。

空間がない。

上下の概念すら曖昧だ。


 アリスが叫ぶ。


──……カイ……!あなたの“設定”が……溶けてる……!


「設定が……?」


──……うん……外側は……“設定を持つ存在”を……溶かす……


 胸の奥の欠片が激しく脈打つ。


(……これが……外側……)


 アリスの身体も揺らぎ始めていた。


──……わたしも……少しずつ……形が……崩れてる……


「アリス!!」


──……大丈夫……カイが……手を握ってくれてるから……


 アリスの光が、俺の手を通して流れ込んでくる。


 その光は、“調和の光”。


 監視者が恐れた、原型と鍵が結びついたときに生まれる光。


 光が俺の身体を包み、溶けかけていた“設定”が戻っていく。


(……アリスの光が……俺を守ってる……)


──……カイ……わたしも……あなたの“調整”があるから……形を保てる……


 互いの力が、互いを支えている。


 だが、そのとき。


 空間の奥で、“何か”が動いた。


 音はない。

気配もない。

ただ、空間が“歪む”。


 アリスが震える。


──……カイ……あれ……“外側の存在”……


(外側の存在……!)


──……うん……設定を持たない……“意味のない存在”……


 空間が裂け、黒い霧のようなものが溢れ出した。


 霧は形を持たず、ただ“存在を喰らう”ために漂っている。


 アリスが叫ぶ。


──……カイ……!あれ……わたしたちを……“意味ごと”消そうとしてる……!


「意味ごと……?」


──……うん……存在の理由……名前……記憶……全部……


 黒い霧が近づくたび、俺の胸の奥の欠片が激しく脈打つ。


(……これは……危険すぎる……)


 アリスが俺の手を握りしめた。


──……カイ……逃げられない……ここは……“外側”だから……


「じゃあ……どうすれば……!」


──……わたしの力を……もっと……“深く”使う……


「深く……?」


──……うん……“調和の光”を……もっと強く……もっと広く……


 アリスの身体が光り始める。


 だが、その光は不安定だった。


──……カイ……わたし……怖い……このままじゃ……わたしが……“わたしじゃなくなる”……


「アリス!!」


 黒い霧が迫る。


 外側の存在が、俺たちを“意味ごと”飲み込もうとしていた。


 アリスの光は揺れ、不安定に明滅している。


──……カイ……わたし……このままじゃ……“原型”に戻っちゃう……


「戻らせない!」


──……でも……外側は……“設定を壊す場所”……わたしの力も……壊れちゃう……


 アリスの身体が揺らぎ、輪郭が薄くなる。


(……アリスが……消える……?)


 胸の奥の欠片が激しく脈打つ。


(……違う……アリスは消えない……俺が……守る……!)


 俺はアリスの手を強く握った。


「アリス、俺を信じろ!」


──……信じてる……ずっと……!


 その瞬間、胸の奥の欠片が“砕けた”。


(……え……?)


 砕けたはずの欠片は、光となって俺の身体を包む。


 アリスが驚く。


──……カイ……それ……“鍵の核”が……解放されてる……!


「鍵の……核……?」


──……うん……あなたの本当の力……“調和の中心”……


 光が広がり、黒い霧を押し返す。


 霧は形を失い、空間へ溶けていく。


 アリスが震える。


──……カイ……あなた……“外側の設定”に……触れてる……!


「触れてる……?」


──……うん……普通の調整者じゃ……絶対にできない……“外側の調整”……


 空間の境界が軋み、かつてここを恐れた監視者の悲痛な警告が、残響となって脳裏に木霊した。


──使い続ければ、お前たちの存在は崩れる。


 だが、俺の心に迷いはなかった。

己の器が壊れようとも、隣で震えるこの手を離すことだけは有り得ない。


「崩れてもいい。アリスを守れるなら」


──……カイ……そんなの……だめ……!


 アリスが俺の手を強く握り返す。

その瞳から溢れた光の雫が、無色の空間に溶けて消えていく。


──……わたし……あなたを失いたくない……あなたがいない世界なんて……生きる理由がない……


「アリス……」


 互いの想いが交わったその瞬間、周囲の黒い霧が猛烈に渦巻き始めた。

奴らは俺たちの放った調和の光を喰らい、その温もりを貪るようにして、急速に“人の形”を成していく。


輪郭が生まれ、手足が伸び、悍ましい影がこちらを見据えた。


(まずい……!俺たちの心に触れて、奴らが「形」を、命の「意味」を学び始めている……!?)


意思を持たぬ虚無が、明確な悪意を持って世界を喰らい尽くそうと動き出す。


――奴らが完全な形を得る前に、その根源を封じ込めろ。


 脳裏で弾けた監視者の最期の言葉に背中を押されるように、俺は前を向いた。


 アリスが俺の手を握る。


──……カイ……わたし……あなたと一緒に……やる……!


「行こう、アリス!」


 俺たちは光を放ち、外側の存在へ向かって走り出した。


 “意味を持たない存在”と、“意味を選んだ二人”の戦いが始まる。

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