第41話 外側の世界
虚無へ飛び込んだ瞬間、世界が“音”を失った。
風も、光も、影もない。
ただ、白でも黒でもない“無色の空間”が広がっている。
リーナの声も、監視者の声も、何も届かない。
アリスの手だけが、確かに俺の手を握っていた。
──……カイ……ここ……“外側”……
(外側……)
──……うん……世界の“設定”が届かない場所……だから……何も形がない……
アリスの声は震えていたが、その震えは恐怖ではなく、“存在が揺らぐ感覚”に対するものだった。
俺はアリスの手を強く握った。
「大丈夫だ。アリスはここにいる。俺もいる」
──……うん……
だが、その瞬間、俺の足元が“溶けた”。
(……え……?)
地面がない。
空間がない。
上下の概念すら曖昧だ。
アリスが叫ぶ。
──……カイ……!あなたの“設定”が……溶けてる……!
「設定が……?」
──……うん……外側は……“設定を持つ存在”を……溶かす……
胸の奥の欠片が激しく脈打つ。
(……これが……外側……)
アリスの身体も揺らぎ始めていた。
──……わたしも……少しずつ……形が……崩れてる……
「アリス!!」
──……大丈夫……カイが……手を握ってくれてるから……
アリスの光が、俺の手を通して流れ込んでくる。
その光は、“調和の光”。
監視者が恐れた、原型と鍵が結びついたときに生まれる光。
光が俺の身体を包み、溶けかけていた“設定”が戻っていく。
(……アリスの光が……俺を守ってる……)
──……カイ……わたしも……あなたの“調整”があるから……形を保てる……
互いの力が、互いを支えている。
だが、そのとき。
空間の奥で、“何か”が動いた。
音はない。
気配もない。
ただ、空間が“歪む”。
アリスが震える。
──……カイ……あれ……“外側の存在”……
(外側の存在……!)
──……うん……設定を持たない……“意味のない存在”……
空間が裂け、黒い霧のようなものが溢れ出した。
霧は形を持たず、ただ“存在を喰らう”ために漂っている。
アリスが叫ぶ。
──……カイ……!あれ……わたしたちを……“意味ごと”消そうとしてる……!
「意味ごと……?」
──……うん……存在の理由……名前……記憶……全部……
黒い霧が近づくたび、俺の胸の奥の欠片が激しく脈打つ。
(……これは……危険すぎる……)
アリスが俺の手を握りしめた。
──……カイ……逃げられない……ここは……“外側”だから……
「じゃあ……どうすれば……!」
──……わたしの力を……もっと……“深く”使う……
「深く……?」
──……うん……“調和の光”を……もっと強く……もっと広く……
アリスの身体が光り始める。
だが、その光は不安定だった。
──……カイ……わたし……怖い……このままじゃ……わたしが……“わたしじゃなくなる”……
「アリス!!」
黒い霧が迫る。
外側の存在が、俺たちを“意味ごと”飲み込もうとしていた。
アリスの光は揺れ、不安定に明滅している。
──……カイ……わたし……このままじゃ……“原型”に戻っちゃう……
「戻らせない!」
──……でも……外側は……“設定を壊す場所”……わたしの力も……壊れちゃう……
アリスの身体が揺らぎ、輪郭が薄くなる。
(……アリスが……消える……?)
胸の奥の欠片が激しく脈打つ。
(……違う……アリスは消えない……俺が……守る……!)
俺はアリスの手を強く握った。
「アリス、俺を信じろ!」
──……信じてる……ずっと……!
その瞬間、胸の奥の欠片が“砕けた”。
(……え……?)
砕けたはずの欠片は、光となって俺の身体を包む。
アリスが驚く。
──……カイ……それ……“鍵の核”が……解放されてる……!
「鍵の……核……?」
──……うん……あなたの本当の力……“調和の中心”……
光が広がり、黒い霧を押し返す。
霧は形を失い、空間へ溶けていく。
アリスが震える。
──……カイ……あなた……“外側の設定”に……触れてる……!
「触れてる……?」
──……うん……普通の調整者じゃ……絶対にできない……“外側の調整”……
空間の境界が軋み、かつてここを恐れた監視者の悲痛な警告が、残響となって脳裏に木霊した。
──使い続ければ、お前たちの存在は崩れる。
だが、俺の心に迷いはなかった。
己の器が壊れようとも、隣で震えるこの手を離すことだけは有り得ない。
「崩れてもいい。アリスを守れるなら」
──……カイ……そんなの……だめ……!
アリスが俺の手を強く握り返す。
その瞳から溢れた光の雫が、無色の空間に溶けて消えていく。
──……わたし……あなたを失いたくない……あなたがいない世界なんて……生きる理由がない……
「アリス……」
互いの想いが交わったその瞬間、周囲の黒い霧が猛烈に渦巻き始めた。
奴らは俺たちの放った調和の光を喰らい、その温もりを貪るようにして、急速に“人の形”を成していく。
輪郭が生まれ、手足が伸び、悍ましい影がこちらを見据えた。
(まずい……!俺たちの心に触れて、奴らが「形」を、命の「意味」を学び始めている……!?)
意思を持たぬ虚無が、明確な悪意を持って世界を喰らい尽くそうと動き出す。
――奴らが完全な形を得る前に、その根源を封じ込めろ。
脳裏で弾けた監視者の最期の言葉に背中を押されるように、俺は前を向いた。
アリスが俺の手を握る。
──……カイ……わたし……あなたと一緒に……やる……!
「行こう、アリス!」
俺たちは光を放ち、外側の存在へ向かって走り出した。
“意味を持たない存在”と、“意味を選んだ二人”の戦いが始まる。
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