第42話 外側の存在との戦い
外側の世界は、相変わらず“無色”だった。
光も影もない。
音も匂いもない。
ただ、存在が“揺らぐ”空間。
アリスの手だけが、俺の存在を繋ぎ止めていた。
──……カイ……外側の存在が……“形”を持ち始めてる……
黒い霧は、ゆっくりと人の形を作り始めていた。
輪郭は曖昧で、顔は影に沈み、ただ“空洞の目”だけがこちらを見ている。
(……これは……人間の形を真似してる……?)
──……うん……わたしたちの“意味”に触れて……形を学んでる……
かつて監視者が遺した警告が、この無色の空間に木霊するように脳裏に甦る。
──外側の存在は意味を喰らう。意味を得れば形を持ち、形を持てば世界へ侵入する。
「そんなの……させない!」
黒い霧の人影が、ゆっくりと手を伸ばしてきた。
その手は、触れたものの“存在理由”を奪う。
アリスが叫ぶ。
──……カイ……!あれに触れたら……あなたの“名前”が消える……!
「名前が……?」
──……うん……外側の存在は……“意味”を喰らう……名前も……記憶も……全部……
黒い手が迫る。
俺はアリスの手を握りしめた。
「アリス、力を貸せ!」
──……うん……!
アリスの光が俺の胸へ流れ込む。
だが、外側の世界は光を拒絶する。
光が揺らぎ、形を保てない。
──……カイ……わたしの光……外側では……弱い……
「弱くてもいい。俺が調整する!」
胸の奥の“鍵の核”が光り、アリスの光を包む。
光が安定し、黒い霧を押し返す。
胸の奥で、監視者の最期の言葉が弾けた。
──鍵よ。お前は世界の境界だ。お前の調和があれば、原型の光を外側の理に組み込める。
「なら、やるしかない!」
黒い霧が再び形を変える。
今度は、“俺の姿”になった。
アリスが震える。
──……カイ……あれ……あなたの“意味”を真似してる……
「俺の……?」
──……うん……あなたの存在理由……わたしを守りたいって気持ち……それを……“喰らおうとしてる”……
黒い“カイ”が、無表情のままこちらへ歩いてくる。
その姿は、俺の“影”そのものだった。
(……これは……俺の“意味”を奪うための形……)
アリスが叫ぶ。
──……カイ……!あれに触れたら……あなたは……“あなたじゃなくなる”……!
「触れさせない!」
黒いカイが手を伸ばす。
その手は、俺の“存在理由”を奪うための手。
アリスが震える。
──……カイ……わたし……怖い……あなたが……消えちゃうのが……
「消えない。アリスがいる限り、俺は俺だ!」
黒いカイが迫る。
外側の存在との戦いが、ついに始まった。
その足取りは緩慢だ。
だが、一歩進むごとに周囲の空間そのものが磨り減るように消滅していく。
俺はアリスの手を強く握りしめた。
「アリス、光を!」
──……うん……!
アリスの胸から溢れた眩い光が、俺の身体へと流れ込む。
しかし、黒い影は慌てる様子もなく、その光を霧の体内に吸い込み始めた。
──……えっ……!? わたしの光が……吸われてる……!
「アリスの光が……?」
脳裏に、かつて聞いた世界の理の仕組みが甦る。
外側の存在は意味を喰らう。
内なる世界で育まれた光は、奴らにとって格好の糧となるのだ。
(ならば、純粋な光のままぶつけるのではなく、俺の“調和”の力で奴らの本質を包み込むしかない)
胸の奥の核が、激しく脈打つ。
──……カイ……あなたの光……“調和の光”なら……この虚無をも塗り替えられる……!
「なら、やるしかない!」
俺は繋いだ手にさらに力を込めた。
胸の深奥から湧き上がった熱い輝きが、アリスの金色の光と激しく混ざり合う。
二つの光が重なり合い、世界の境界を護る強固な光の波となった。
眩い輝きに触れた瞬間、黒い影が初めて苦悶するようにのけ反る。
──……カイ……! 効いてる……!
「アリス、もっと光を! 奴の拠り所ごと消し飛ばす!」
──……うん……!
アリスの光が限界を超えて膨れ上がり、調和の光が黒い影を完全に包み込んだ。
俺の姿を模していた偽物は、拠り所としていた意味を引き剥がされ、形を保てずにただの霧へと霧散していく。
「アリス、今だ!」
──……カイ……わたし……あなたと一緒に……“意味を守りたい”……!
光が激しく爆ぜた。
黒い影は一筋の残滓も残さず、虚無の空間へと消え去っていく。
外側の空間に、束の間の静寂が戻った。
アリスは安堵したように、俺の胸に小さく倒れ込む。
──……カイ……わたし……あなたを守れた……?
「ああ。アリスのおかげだ。俺たちの勝ちだ」
だが、その安堵が広がるよりも早く、無色の空間の遙か深奥が不気味に震え始めた。
監視者が最期に遺した記憶の断片が、警告の鐘のように頭の中で激しく鳴り響く。
──外側の深淵には、すべてを無へ還す“王”がいる。
今のは前触れにすぎない、と。
──……カイ……大きな影が……来る……。
アリスが怯えたように、遠くの暗闇を見つめた。
空間の裂け目の向こうで、世界の理そのものを喰らい尽くそうとする巨大な影が蠢いている。
世界から意味を奪う王。
俺たちが本当に対峙すべき、最後の敵がすぐそこまで迫っていた。
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