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『異世界に転移したら、俺だけ世界設定に存在しなかった』  作者: 一ノ瀬 律
二章

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第33話 深層の最深部

 深層の奥へ走り続ける。

光の道は細く、揺れながら続いていた。

背後では、敵調整者の影がゆっくりと追ってくる。

速くはない。だが、確実に距離を詰めていた。


 リーナが息を切らしながら言う。


「カイさん……!もう……限界です……!」


「もう少しだ。アリスの欠片が……近い」


 胸の奥の欠片が、熱を帯びて脈打つ。


──……カイ……“最後の欠片”が……この先に……


(最後の欠片……!)


 深層の空間が変わる。

文字の流れが止まり、代わりに“記憶の断片”が漂い始めた。


 リーナが不安げに辺りを見回す。


「ここ……何か違いますね……」


「ああ。深層の最深部だ。世界の“設定”が眠る場所」


 漂う記憶の断片は、人の声、笑い、泣き、怒り、あらゆる感情の残響だった。


 その中に、ひときわ強い光が見えた。


──……カイ……あれが……わたしの……最後の欠片……


 俺は頷いた。


「行こう、リーナ」


「はい……!」


 俺たちは光へ向かって歩き出した。


 だが、背後から低い声が響いた。


「……ようやく辿り着いたか」


 敵調整者の影が、深層の闇を裂いて現れた。


 リーナが息を呑む。


「カイさん……!」


 影はゆっくりと歩み寄りながら言った。


「ここが……“名前の核”だ。この層に触れれば……世界の設定そのものが揺らぐ」


 俺は影を睨む。


「アリスの名前を返せ」


 影は静かに笑った。


「返す?それは違う。“名前”は奪うものではない。“選ばれる”ものだ」


「何を言ってる……!」


「お前がその欠片を取れば、アリスは“本来の姿”に戻る。だが、その姿は、お前が知る少女ではない」


──……カイ……聞かないで……わたしは……わたしのままでいたい……


(アリス……)


 影が手を伸ばす。


「欠片を渡せ。それが世界の均衡だ」


「渡すわけないだろ!」


 俺はリーナの手を掴んだ。


「リーナ、光の中心へ!」


「はいっ!」


 俺たちは光の中へ飛び込んだ。


 光の中心、そこは、深層の中でも“特別な場所”だった。


 漂う文字はすべて白く、まるで世界の“原稿用紙”のように静かで、触れれば消えてしまいそうなほど脆い。


 その中心に、ひとつの“欠片”が浮かんでいた。


 アリスの声が震えながら響く。


──……カイ……それが……わたしの……最後の欠片……


(これを取れば……アリスの名前が完成する)


 俺は手を伸ばした。


 だが、背後から影の声が響いた。


「やめろ。それを取れば……世界が崩れる」


 敵調整者の影が、深層の光を押しのけるように近づいてくる。


 その歩みは遅い。

だが、深層そのものが“影のために道を開けている”ようだった。


 リーナが震える声で言う。


「カイさん……あれ……本当に……人なんですか……?」


「わからない。でも……ただの調整者じゃない」


 影は静かに言った。


「お前は“名前”の意味を知らない。名前とは、存在を定義する“設定”だ。それを完全に戻せば、少女は“設定の原型”に戻る」


「原型……?」


「つまり、人ではなくなる」


 リーナが息を呑む。


「人じゃ……なくなる……?」


 影は淡々と続ける。


「そうだ。彼女は“世界を書き換える装置”だ。名前を取り戻せば、その力が再起動する」


──……カイ……わたし……そんな存在じゃない……


(アリス……)


──……でも……もし……わたしが……“人じゃない”なら……それでも……あなたは……助けてくれる……?


 胸の奥が熱くなる。


「当たり前だ。アリスが何者でも……俺は助ける」


 影が低く笑った。


「ならば見せてやろう。“本来の姿”を」


 深層が崩れた。


 光が爆ぜ、空間が反転する。


 リーナが叫ぶ。


「カイさん……!」


 俺はアリスの欠片を掴んだ。


 瞬間、深層全体が白い光に包まれた。


 アリスの声が響く。


──……カイ……ありがとう……これで……わたしの名前は……“アリス・ルミナス”……


(ルミナス……!光……世界を照らす名前……)


 光が収まり、俺は膝をついた。


 リーナが駆け寄る。


「カイさん……!アリスちゃんの名前が……!」


「ああ……戻った」


 胸の奥の欠片が、静かに光を放つ。


 だが、その光は、どこか“危うい”輝きを帯びていた。


 アリスの声が震える。


──……カイ……でも……わたしの力が……目覚める……


(力……?)


──……“世界を書き換える力”……もう……止められない……


 深層が震えた。


 漂う文字が一斉に光り、空間が波打つ。


 敵調整者の影が、崩れゆく空間の中で笑った。


「始まったな。“再構成”だ」


 リーナが叫ぶ。


「カイさん……!どうすれば……!」


 俺はアリスの声に耳を澄ませた。


──……カイ……わたし……壊したくない……世界も……あなたも……リーナも……


(アリス……)


──……でも……力が……止まらない……


 深層の文字が、アリスの名前に反応して暴れ始める。


 “アリス・ルミナス”という名前が、世界の設定を揺らしている。


 影が言う。


「見ただろう。これが“本来の姿”だ。彼女は存在するだけで世界を揺らす。だから私は名前を奪った。世界を守るためにな」


「世界を守る……?アリスを消して……?」


「そうだ。彼女は“設定の異物”だ。存在してはならない」


 リーナが叫ぶ。


「そんなの……そんなの間違ってます……!」


 影はリーナを一瞥した。


「お前には理解できない。世界の均衡とは、“不要な設定を削除すること”だ」


 俺は立ち上がった。


「アリスは不要なんかじゃない!」


 影は静かに言った。


「ならば証明してみろ。“彼女を壊さずに”世界を守れるということを」


 深層がさらに崩れ、光が暴走する。


 アリスの声が震える。


──……カイ……わたし……どうすれば……止められるの……?


 俺は答えた。


「アリス、一緒に止めよう」


──……一緒に……?


「ああ。お前の力を……俺が“調整”する」


 影が驚いたように動きを止めた。


「……何を言っている?」


「アリスの力は“書き換え”。俺の力は“調整”。なら、二つを合わせれば、暴走を止められるはずだ!」


 影が低く笑った。


「無謀だ。だが……面白い」


 深層が完全に崩れ始める。


 アリスの声が震える。


──……カイ……わたし……あなたを信じる……


「行くぞ、アリス!」


 光が爆ぜた。


 深層の最深部で、“世界の再構成”が始まった。

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