第31話 深層の追跡者
深層の奥へ続く光の道を、俺たちは走っていた。
背後から響く“足音”は、距離があるはずなのに、まるですぐ後ろにいるかのような圧迫感を伴っていた。
深層の空間は、走るたびに揺れ、漂う文字がざわざわと音を立てる。
リーナが息を切らしながら言う。
「カイさん……!あの影……追ってきてます……!」
「ああ、わかってる!」
振り返らなくてもわかる。
深層そのものが“敵調整者の存在”に反応している。
世界の文字が震え、空間が軋むような音を立てる。
──……カイ……あの人……“深層を歩ける”……
(深層を……歩ける?)
──……普通の調整者は……深層に長くいられない……でも……あの人は……“深層に適応してる”……
アリスの声が震えている。
(つまり……あいつは俺より深層に慣れている……)
リーナが不安げに俺の袖を掴む。
「カイさん……どうすれば……?」
「とにかく進む。アリスの欠片がある場所まで行くんだ」
光の道は、まるで俺たちを導くように揺れながら続いている。
だが、その先に、異変があった。
文字の海が渦を巻き、空間が歪んでいる。
リーナが立ち止まる。
「な、何ですか……これ……!」
「深層の“断層”だ。空間が不安定になってる」
断層の向こうには、さらに深い層へ続く“裂け目”が見えた。
──……カイ……その先に……“欠片の気配”がある……
(あの裂け目の向こうか……)
だが、断層は危険だ。
踏み外せば、存在ごと落ちる。
リーナが震える声で言う。
「カイさん……これ……渡れるんですか……?」
「渡るしかない」
俺はリーナの手を握った。
「絶対に離すな」
「……はい!」
俺たちは断層の縁へ足を踏み出した。
その瞬間、背後から、深層を震わせる声が響いた。
「……逃げるのか」
リーナが悲鳴を上げる。
「カイさん……!来てます……!」
振り返ると、黒い外套の影が、深層の文字を踏みしめながら歩いてきていた。
その歩みは静かだが、深層そのものが“拒絶”しているように揺れている。
「……見つけたぞ」
低い声が深層に響く。
アリスの声が震えた。
──……カイ……逃げて……今は……勝てない……
(わかってる……!)
「リーナ、行くぞ!」
「はいっ!」
俺たちは断層へ飛び込んだ。
断層の中は、まるで重力が狂ったような空間だった。
上下の感覚が消え、漂う文字が渦を巻き、身体が引き裂かれそうな圧力がかかる。
リーナが叫ぶ。
「カイさん……!落ちる……!」
「大丈夫だ、掴んでろ!」
俺はリーナの手を強く握り、断層の中を必死に進んだ。
だが、背後から、あの影の声が聞こえた。
「……無駄だ」
振り返ると、敵調整者が断層の中を“歩いて”いた。
まるで深層の歪みなど存在しないかのように。
(……なんだあいつ……深層の法則が効いてない……?)
──……カイ……あの人は……“深層の設定”を……書き換えてる……
(深層そのものを……?)
──……だから……落ちない……揺らがない……深層が……“あの人に従ってる”……
アリスの声が震えている。
(つまり……あいつは深層を支配している……)
敵調整者が手を伸ばす。
「返してもらうぞ。その欠片を」
リーナが叫ぶ。
「カイさん……!来ます……!」
「わかってる!」
俺は断層の奥へ向かって飛び込んだ。
空間が反転し、視界が白く染まる。
次の瞬間、俺たちは“別の深層”へ落ちた。
そこは、先ほどよりもさらに静かで、文字の流れが遅い空間だった。
リーナが息を整えながら言う。
「ここ……どこですか……?」
「深層の……さらに下の層だ」
──……カイ……“欠片”が……近い……
(近い……!)
アリスの声が震えながら続く。
──……でも……気をつけて……この層には……“記憶の残骸”が……漂ってる……
(記憶の……残骸……?)
リーナが不安げに辺りを見回す。
「なんだか……誰かの声が聞こえるような……」
確かに聞こえる。
誰かの笑い声。
泣き声。
怒鳴り声。
囁き声。
それらが混ざり合い、深層の空間を満たしていた。
──……これは……“消された設定”の……残響……
(消された……設定……)
──……調整者が……“不要”と判断した記憶……“削除された世界”の……断片……
リーナが震える。
「そんな……怖すぎます……」
「大丈夫だ。アリスがいる」
──……うん……わたし……ここにいる……
アリスの声が、深層のざわめきを押し返すように響いた。
そのとき、前方で光が瞬いた。
淡い光の球。
その中心には、またひとつ“文字”が揺れている。
リーナが息を呑む。
「カイさん……あれ……!」
「ああ……アリスの欠片だ」
俺は光へ手を伸ばした。
だが、その瞬間、背後から深層を震わせる声が響いた。
「……見つけたぞ」
敵調整者の影が、深層の闇から姿を現した。
リーナが叫ぶ。
「カイさん……!もう来ちゃいました……!」
アリスの声が震える。
──……カイ……お願い……“欠片を取って”……わたしを……完全にして……
俺は拳を握った。
「リーナ、欠片を取るぞ!」
「はいっ!」
深層の奥で、光が強く輝いた。
敵調整者の影が迫る。
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