表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『異世界に転移したら、俺だけ世界設定に存在しなかった』  作者: 一ノ瀬 律
二章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
28/216

第27話 少女の名前

 霧の向こうから響く足音は、静かで、しかし確実にこちらへ近づいていた。


 一歩ごとに、世界の文字がざわりと揺れる。

まるで存在そのものが“設定の層”を押し分けて進んでくるようだった。


 リーナが震える声で言う。


「カイさん……あれ、本当に……人なんですか……」


「わからない。でも……ただの人じゃない」


 胸の奥の欠片が、熱を帯びて脈打つ。

少女の声が微かに響いた。


──……カイ……気をつけて……“あの人”は……わたしを……消した……


(……少女を消した……?じゃあ……あれが……)


 霧が裂けた。


 そこに立っていたのは、人の形をしているが、輪郭が揺らいでいる存在だった。


 黒い外套のようなものをまとい、顔は影に沈んで見えない。

だが、その中心にある“視線”だけは、確かに俺を捉えていた。


「……見つけた」


 低い声が、霧の中で響いた。


 リーナが息を呑む。


「しゃ、喋った……!」


 影のような存在は、ゆっくりと歩み寄ってくる。


「お前が……新しい調整者か。未熟だが……力の匂いがする」


 胸の奥の欠片が、強く脈打った。


──……カイ……逃げて……あの人は……“名前”を奪う……


(名前……?)


──……わたしの……名前も……あの人に……奪われた……


 その瞬間、胸の奥で何かが弾けた。


 少女の声が、はっきりと響く。


──……わたしの名前は……“ア……リ……”……


(ア……リ……?)


 そこまで言ったところで、少女の声が途切れた。


 影の存在が、ゆっくりと手を伸ばす。


「その欠片……返してもらう」


 世界の文字がざわりと揺れ、影の手が触れた空間が“削られて”いく。


 リーナが叫ぶ。


「カイさん、逃げて──!」


 だが、俺は動かなかった。


(……ア……リ……少女の名前……その断片が戻った……)


 胸の奥の欠片が熱を帯び、少女の声が微かに囁く。


──……カイ……わたしの……名前……“アリ……”……


 影の存在が、さらに近づく。


「その欠片は……本来、私のものだ。返せ」


「返す気はない」


 俺は影を見据えた。


「これは……少女のものだ。お前のものじゃない」


 影の輪郭が揺れ、低い笑い声が霧の中に響いた。


「少女……?ああ、あの“設定の残滓”か。まだ消えていなかったとはな」


 胸の奥が熱くなる。


(……残滓……?少女を……そんなふうに……)


 影が手を振ると、世界の文字が裂け、空気が歪んだ。


 攻撃が来る。


 だが、俺の視界にも、世界の文字が浮かび上がっていた。


(……見える……なら……)


 俺は手を伸ばし、影の攻撃に触れた。


 世界の文字が弾け、光が散った。


 影が一瞬だけ後退する。


「ほう……未熟なりに、調整者の力を使うか」


 影の声が低く響く。


「だが……その力はまだ不完全だ。その欠片がなければ……お前はただの人間だ」


 胸の奥の欠片が、熱く脈打つ。


──……カイ……わたしの……名前……“アリス”……


(アリス……!)


 少女の声が震えながら続く。


──……わたしの名前は……アリス……アリス・…………


 最後の部分が、まだ聞こえない。


 影が一歩踏み出す。


「名前を取り戻したか。だが……それだけでは足りない」


 影の輪郭が揺れ、霧が裂ける。


「次は……“本体”が来る」


 その言葉を残し、影は霧の中へ溶けるように消えた。


 世界の揺らぎが収まり、静寂が戻る。


 だが、胸の奥の欠片はまだ熱を帯びていた。

まるで、少女、アリスの感情がそのまま伝わってくるようだった。


──……カイ……ありがとう……わたしの……名前……“アリス”……少し……戻った……


(アリス……それが……君の名前……)


 少女、アリスの声が、胸の奥で優しく響いた。


 リーナが駆け寄ってくる。


「カイさん……!本当に大丈夫なんですか……?」


「ああ……なんとか」


 そう答えながらも、身体の奥に残る違和感は消えない。


 世界の文字が、まだ視界の端で揺れている。

まるで“俺の中の何か”が、世界と同調し始めているようだった。


(……俺の力も……変わってきている……アリスの名前が戻ったことで……欠片が反応している……?)


 アリスの声が続く。


──……でも……まだ……足りない……“苗字”が……ない……


(苗字……)


──……わたしの……全部を……取り戻すには……もっと……深い層へ……行かないと……


 アリスの声は、どこか不安げだった。


 リーナが俺の手を握る。


「カイさん……これから……どうするんですか……?」


 俺は空を見上げた。


 霧は晴れたが、世界の文字はまだ揺れている。

まるで、世界そのものが“落ち着かない”と訴えているようだった。


「アリスの名前を……全部取り戻す。そのために……深層へ行く」


 胸の奥の欠片が、静かに脈打った。


──……カイ……ありがとう……


 その声は、どこか泣きそうだった。


 だが、アリスの声はそこで終わらなかった。


──……でも……気をつけて……“あの人”は……わたしの名前だけじゃなく……“わたしの存在”も……奪おうとした……


(存在……?)


──……名前を奪われると……存在が薄れる……わたしは……“消されかけた”……


 胸の奥が冷たくなる。


(……アリス……そんなことが……)


 リーナが不安げに俺を見る。


「カイさん……さっきの影……本当に、あれで終わりなんですか……?」


「終わりじゃない。あれは……“呼び水”だ」


「呼び水……?」


「あいつが言っていた。“本体が来る”って」


 リーナの顔が青ざめる。


「じゃあ……さっきの影より……もっと強い存在が……?」


「ああ。敵の調整者……本物が来る」


 風が吹き抜け、神殿の庭の木々がざわりと揺れた。


 その揺れ方が、どこか不自然だった。

まるで“世界の層”がまだ乱れているように。


 リーナが小さく呟く。


「カイさん……怖くないんですか……?」


 俺は少しだけ笑った。


「怖いさ。でも……逃げるわけにはいかない」


 リーナは唇を噛みしめた。


「……わたしも……カイさんの力になりたいです……足手まといかもしれないけど……でも……」


「リーナ」


 俺は彼女の手を握り返した。


「お前がいてくれるだけで……俺は戦える」


 リーナの目が潤む。


「……はい……!」


 その瞬間、胸の奥の欠片が微かに光った。


──……カイ……リーナ……ありがとう……


 アリスの声は、どこか安心したようだった。


 だが、その直後、声の調子が変わった。


──……でも……時間がない……“あの人”は……わたしの名前が戻ったことに……気づいてる……


(気づいてる……?)


──……だから……来る……必ず……来る……


 風が止まった。


 世界の文字が、ほんの一瞬だけ“逆流”した。


 リーナが震える声で言う。


「カイさん……今の……何ですか……?」


「……わからない。でも……嫌な予感がする」


 アリスの声が、かすかに震えて囁く。


──……カイ……“深層”へ行く前に……準備が必要……あなたの力も……まだ……不安定……


(準備……)


──……わたしの名前の……“残りの欠片”が……この世界のどこかに……散ってる……


(散ってる……?)


──……それを……集めて……わたしを……“完全に”して……


 アリスの声は、必死だった。


 リーナが俺を見る。


「カイさん……アリスちゃんの名前……まだ全部じゃないんですね……?」


「ああ。苗字が……まだ戻っていない」


 リーナは拳を握った。


「じゃあ……探しましょう。アリスちゃんの“欠片”を……!」


 俺は頷いた。


「行こう。アリスの名前を取り戻すために」


 胸の奥の欠片が、静かに、しかし強く脈打った。


──……カイ……ありがとう……わたし……絶対に……消えない……


 その声は、決意に満ちていた。

面白いと思ったら、ページ下の【☆☆☆☆☆】やブックマークで応援お願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ