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『異世界に転移したら、俺だけ世界設定に存在しなかった』  作者: 一ノ瀬 律
一章

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第23話 観測者の警告と、新たな揺らぎ

 封印室を出たあと、神殿の廊下は異様なほど静かだった。

静か、というより、音が世界から抜け落ちたような感覚だった。


 足音は確かに鳴っているはずなのに、耳に届く前に“どこか別の層”へ吸い込まれていく。

まるで廊下そのものが、俺たちの存在を測りながら、必要な音だけを選別しているようだった。


 リーナが俺の袖をそっとつまむ。

その指先は冷たく、微かに震えていた。


「……カイさん……さっきの記憶……あの子、本当に……誰かに……?」


「ああ。自然に消えたものじゃない。“消された”んだ」


 言葉にした瞬間、胸の奥の欠片が低く脈打った。

その脈動は、まるで“肯定”するようだった。


 リーナの瞳が揺れる。


「そんなこと……できる人が……?」


「普通はできない。設定は世界そのものだ。それを消すには──」


 言いかけたとき、廊下の空気が震えた。


 震えは音ではなく、空間そのものの“厚み”が変わるような感覚だった。

壁の文様が一瞬だけ逆向きに流れ、影が光より先に動いた。


 そして、空間の一部が“めくれ上がる”ように歪み、黒い外套の男が現れた。


 観測者だった。


 彼はいつものように静かに立っていたが、その周囲の空気だけが“別の世界の密度”を持っていた。

まるで彼の存在が、世界の法則を一時的に書き換えているようだった。


「……来たか」


 神官長が低く呟く。


 観測者は俺を見つめ、その瞳の奥で“星のような光”が瞬いた。


「カイ。封印室で見たもの。それが“真実”だ」


「少女の設定を消したのは……誰なんだ?」


 観測者は答えず、空中に手をかざした。


 空間が波紋のように揺れ、そこに“地図”が浮かび上がる。


 だがそれは、ただの地図ではなかった。


 地形が呼吸している。

森はゆっくりと脈動し、川は静かに流れ、村の輪郭は淡い光を放っていた。


 世界そのものの“生きた断面”だった。


 その外側、森のさらに向こうに、黒い染みが広がっていた。


 染みは静止していない。

世界の皮膚を内側から押し破ろうとする“圧力”のように、ゆっくりと脈動していた。


「これは……?」


「新たな揺らぎだ。封印室の記憶に触れたことで、世界は次の修正点を示した」


 観測者の声は淡々としているのに、その言葉は廊下の空気を重くした。


「この揺らぎは……少女の設定が消された“痕跡”に繋がっている」


 胸が跳ねる。


「つまり……少女の記憶の続きが……そこに?」


「そうだ。そして──」


 観測者の声が低くなる。


「その揺らぎは、ただの揺らぎではない。“誰か”が意図的に作り出したものだ」


 リーナが息を呑む。


「誰かって……まさか……少女の設定を消した……?」


「その可能性が高い」


 観測者は続けた。


「カイ。お前が調整者として認められた瞬間、その者は動き始めた」


「俺を……?」


「お前が調整者になることを、“望まなかった存在”だ」


 胸の奥が冷たくなる。


(……少女の設定を消した者……調整者の誕生を望まない者……そいつが……動いている……)


 観測者は地図を消し、俺の前に立った。


「カイ。お前はこれから“外縁域”へ向かう必要がある」


「外縁域……?」


「世界の境界。設定が薄くなり、揺らぎが生まれやすい場所だ。少女の記憶の欠片は、そこにある」


 リーナが不安そうに言った。


「そんな……危険な場所に……?」


「危険だ。だが、お前たちには行く理由がある」


 観測者は俺を見つめる。


「少女を救うため。そして、世界を守るためだ」


 胸の奥の欠片が脈打つ。


(……行かなきゃいけない……少女のために……リーナのために……俺自身のために……)


 観測者は続けた。


「だが、警告しておく。外縁域には“調整者級”の存在が潜んでいる。お前が見た少女の記憶、あれを消した者だ」


 リーナが震える声で言った。


「そんな……カイさんが……危ない……!」


 観測者は首を振った。


「危険なのはカイだけではない。リーナ、お前もだ」


「え……?」


「お前はカイの欠片を安定させる存在。それは同時に、“狙われる理由”にもなる」


 リーナの顔が青ざめる。


 俺は思わずリーナの手を握った。


「大丈夫だ。俺が守る」


 リーナは驚いたように目を見開き、そして小さく頷いた。


「……はい……信じています……」


 観測者は静かに言った。


「準備を整えろ。外縁域への道は、明日開く」


「明日……?」


「世界が“道”を作るのだ。調整者が進むべき道を」


 観測者の姿が薄れ始める。


「カイ。お前の旅は、ここからが本番だ」


 最後に、観測者は言った。


「そして、“彼女”はまだ、お前を呼んでいる」


 少女の声が、遠くで響いた。


──……カイ…………たすけて……


 観測者が消えると、廊下に静寂が戻った。


 リーナが俺の手を握り直す。


「カイさん……行きましょう。あの子を……助けに」


 俺は頷いた。


「行こう。外縁域へ」


 胸の奥の欠片が、静かに、しかし強く脈打った。


(……少女の記憶の続きが……俺たちを待っている……)


 そして、俺たちは、明日の旅立ちに向けて準備を始めた。

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