第22話 封印室と少女の痕跡
神殿の奥へ進むにつれ、空気が変わっていった。
廊下は同じ石造りのはずなのに、足音が吸い込まれるように小さくなる。
壁に刻まれた文様は淡く光り、まるで“侵入者を見ている”かのように揺れていた。
リーナは俺のすぐ後ろを歩きながら、袖をつまんでいる。
緊張しているのが伝わってきた。
「……カイさん……この先、本当に……?」
「ああ。少女の記憶が示していたのは、この奥だ」
胸の奥の欠片が、静かに脈打つ。
その脈動は、まるで“ここに来い”と導くようだった。
神官長が立ち止まり、重厚な扉の前に手をかざした。
扉は黒い石でできており、表面には複雑な文様が刻まれている。
その文様は、見ているだけで目が痛くなるほど細かい。
「ここが封印室だ。神殿の歴史でも、数えるほどしか開かれたことがない」
神官長の声は低く、慎重だった。
「開けるぞ」
文様が淡く光り、扉がゆっくりと開く。
軋む音はなく、ただ空気が押し出されるような重い気配だけが流れ出た。
中は薄暗かった。
光源はないのに、空間全体がぼんやりと白く照らされている。
床は滑らかな石で、壁には古い文字が刻まれていた。
その文字は、俺には読めない。
だが、胸の欠片が反応している。
(……ここだ……少女の記憶が……ここに……)
部屋の中央には、石の台座があった。
その上には、薄い板のようなものが置かれている。
紙でも石でもない。
光と影が混ざったような、不思議な質感だった。
神官長が言った。
「これが“設定の断片”だ。世界設定書に記される前の、原初の記録。少女はこれに触れた」
リーナが息を呑む。
「じゃあ……ここで……彼女の設定が……?」
「消えたのだろう」
神官長の声は重かった。
俺は台座に近づき、手を伸ばした。
触れた瞬間、胸の欠片が強く脈打つ。
視界が揺れた。
光が走り、別の景色が広がる。
少女がいた。
白い髪を揺らし、台座の前に立っている。
その表情は、恐れと期待が入り混じった複雑なものだった。
──……これが……“設定の断片”……
少女はそっと手を伸ばし、板に触れた。
瞬間、光が弾けた。
少女の身体が震え、目を見開く。
──……あ……なに……これ……わたしの……“設定”が……見える……?
少女の視界に、無数の文字が流れ込む。
それは彼女自身の存在を形作る“設定”だった。
名前。
役割。
過去。
未来。
世界との関係。
だが、その文字の一部が、突然黒く染まった。
──……え……?
黒い染みは広がり、文字を塗りつぶしていく。
少女の設定が、ひとつ、またひとつと消えていく。
──……やだ……やだ……消えないで……!
少女は必死に手を伸ばすが、文字は触れた瞬間に崩れた。
──……誰か……誰かが……わたしの設定を……消してる……?
少女の声が震える。
──……やめて……やめて……!
黒い染みは、少女の“名前”にまで迫った。
──……いや……わたし……わたしは……!
光が弾け、記憶が途切れた。
視界が戻る。
俺は台座の前で息を荒げていた。
リーナが心配そうに肩を支えてくれる。
「カイさん……!何が……見えたんですか……?」
「少女の……設定が……“誰かに消された”」
リーナの瞳が大きく揺れる。
「誰かって……そんなこと……できるんですか……?」
「普通はできない。設定は世界そのものだ。それを消すには──」
神官長が言葉を継いだ。
「“調整者級の力”が必要だ」
胸が冷たくなる。
(……調整者……つまり……俺と同じ力を持つ存在……?)
神官長は続けた。
「少女の設定を消した者は……世界の深層に干渉できる存在。それは、ただの人間ではない」
リーナが震える声で言った。
「じゃあ……その人が……少女を……?」
「そうだ。そして、その者は今もどこかにいる」
封印室の空気が重くなる。
胸の奥の欠片が、低く脈打った。
(……少女を救うには……その“誰か”を見つけなきゃいけない……)
そのとき、封印室の奥から、風が吹いた。
風は冷たく、鋭く、まるで“呼び声”のようだった。
──……カイ……
少女の声が、微かに響いた。
──……つぎは……“外”……
風が止む。
リーナが俺を見た。
「カイさん……今の……少女の声……?」
「ああ。少女は……“外”に行けと言ってる」
「外……?」
「神殿の外じゃない。もっと遠く……世界の“外縁”だ」
神官長が目を見開いた。
「外縁……まさか……次の揺らぎが……?」
胸の奥の欠片が強く脈打つ。
(……少女の記憶の続きは……神殿の外……世界の境界にある……)
俺はリーナを見た。
「リーナ。行こう。少女の記憶を追うために」
リーナは迷いなく頷いた。
「はい……!どこまでも……ついていきます」
封印室の扉が静かに閉じる。
そして、俺たちは、次の旅へ向かう準備を始めた。
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