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『異世界に転移したら、俺だけ世界設定に存在しなかった』  作者: 一ノ瀬 律
一章

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第21話 少女の記憶を辿る旅の始まり

 揺らぎの化身が霧のように消えたあと、森には異様な静けさが広がっていた。

風は止まり、木々はまるで時間を忘れたように動かない。

空気は薄い膜のように張りつめ、森全体が“息を潜めている”ようだった。


 リーナが俺の横で胸に手を当て、震える息を整えた。

その肩は小刻みに揺れている。戦いの緊張がまだ抜けていないのだろう。


「……カイさん……本当に……終わったんですよね……?」


「ああ。揺らぎは閉じた。けど──」


 言いかけた瞬間、胸の奥の欠片が静かに脈打った。

その脈動は、戦いの余韻ではなく、何かを“呼び寄せる”ような響きを持っていた。


 森の地面に、淡い光が浮かび上がる。

最初は火の粉のように揺れていたが、やがてひとつの形を結んだ。


「……カイさん、あれ……!」


 リーナが指差す先には、小さな透明の欠片があった。

触れれば消えてしまいそうなほど儚く、しかし確かな存在感を放っている。


 その光は、森の薄闇の中でひときわ鮮やかだった。

まるで“ここに気づけ”と訴えているように。


(……これは……少女の……)


 胸の欠片が反応する。

俺はそっと手を伸ばし、光の欠片に触れた。


 瞬間、視界が白く弾けた。


 白い空間が広がる。

音も匂いも温度もない。

ただ、世界の“余白”だけが広がっている。


 その中心に、少女が立っていた。


 白い髪。

黒い瞳。

影のように淡い輪郭。


 だが、以前よりも“人間らしい”表情をしていた。

恐れと戸惑いが混じった、弱い光を宿した瞳。


 少女は周囲を見回し、胸を押さえた。


──……ここは……


 その声は、風のようにか細く、しかし確かに響いた。


──……私の……記憶……?


 足元に石造りの床が現れ、壁には見覚えのある文様が浮かぶ。

天井から差し込む淡い光。

それは──神殿の内部だった。


(……やっぱり……神殿にいたんだ……)


 少女はゆっくりと歩き出す。

その姿は、過去の自分を追いかけるように見えた。


 壁に触れると、文様が淡く光り、その光は少女の指先に吸い込まれるように消えていく。


──……あれ……?何か……消えて……


 少女の声が震えた。


──……私の……設定……ここで……消えた……?


 その瞬間、空間が揺れた。

少女の姿が歪み、記憶の景色が崩れ始める。


 床が波打ち、壁がひび割れ、光が乱れる。

少女は胸を押さえ、苦しそうにうずくまった。


──……いや……まだ……思い出せない……でも……“ここ”に……何かが……


 少女の声が遠ざかる。


──……カイ……たすけて……


 光が弾け、視界が戻った。


 俺は地面に膝をつき、荒い息を吐いた。

額には汗が滲み、手は震えていた。


「カイさん! 大丈夫ですか……!?」


 リーナが肩を支えてくれる。

その手の温かさが、現実へ引き戻してくれた。


「ああ……大丈夫だ。ただ……少女の記憶を見た」


「記憶……?」


「彼女は……神殿にいた。そして……そこで設定を消された」


 リーナの瞳が揺れる。


「神殿で……?」


「ああ。だから戻らないといけない。少女の記憶の続きが……神殿の奥にある」


 俺たちは森を抜け、神殿へ戻った。


 神殿の入口には神官長が立っていた。

その表情は、いつもよりも険しい。

俺たちの姿を見ると、わずかに眉を寄せた。


「戻ったか。揺らぎはどうなった?」


「閉じた。でも……問題は別にある」


 俺は少女の記憶の欠片を見たことを話した。


 神官長は目を閉じ、深く息を吐いた。


「……やはり、彼女か」


「知っているんですか?」


 リーナが尋ねる。


 神官長はゆっくりと頷いた。


「彼女は……神殿の“特別な部屋”にいた。設定の深層に触れることができる、稀な存在だった」


 胸が跳ねる。


「じゃあ……彼女の設定が消えた理由も……?」


「わからない。だが、“意図的に消された”可能性がある」


 リーナが息を呑む。


「誰かが……彼女の設定を……?」


「そうだ。そして、その痕跡は……神殿の奥に残っている」


 神官長は俺を見た。


「カイ。お前は調整者だ。ならば、“封印室”へ行く資格がある」


「封印室……?」


「神殿の最奥。設定の深層に触れた者だけが入れる場所だ」


 胸の奥の欠片が脈打つ。


(……少女の記憶の続きが……そこにある……)


「行く覚悟はあるか?」


「ある。少女の設定を取り戻すために」


 リーナも一歩前に出た。


「私も……行きます」


 神官長はしばらく黙っていたが、やがて頷いた。


「……いいだろう。だが、決して離れるな。封印室は“世界の深層”に近い。揺らぎが常に潜んでいる」


 俺たちは神殿の奥へ向かった。


 封印室の扉が、静かに開く。


 その奥には、少女の“消された記憶”が眠っていた。

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