第20話 揺らぎの化身
黒い影が、森の奥から噴き出すように現れた。
形はあるようでなく、輪郭は揺れ、光を吸い込み、まるで“世界の裏側”が表に漏れ出したような存在だった。
リーナが息を呑む。
「カイさん……あれ……!」
「ああ……揺らぎの化身だ」
影は音もなく近づいてくる。
足音も、呼吸も、気配すらない。
ただ“存在の圧”だけが、空気を押しつぶすように広がっていた。
胸の奥の欠片が脈打つ。
(……来る……!)
影が一瞬で距離を詰めた。
黒い腕のようなものが伸び、俺の胸を貫こうと迫る。
「カイさん!!」
リーナの叫びが響いた。
俺は反射的に手を突き出した。
その瞬間、胸の奥の欠片が光り、手のひらから淡い光が溢れた。
影の腕が光に触れた途端、
“音のない衝撃”が走り、影が弾き飛ばされた。
リーナが驚いたように目を見開く。
「カイさん……今の……!」
「わからない……でも……欠片が反応してる……!」
影は地面に落ちることなく、空中で形を歪めながら再び立ち上がった。その姿は、さっきよりも濃く、重く、まるで“怒り”を帯びたように見えた。
──返して……
少女の声が、影の奥から響いた。
(……少女の感情が……影に流れ込んでる……?)
影が再び襲いかかってくる。
今度は腕だけではない。
影全体が波のように押し寄せ、世界の輪郭を削りながら迫ってくる。
「カイさん、危ない!」
リーナが俺の腕を掴んだ。
その瞬間、胸の奥の欠片が強く脈打つ。
光が弾けた。
影の波が、光の壁にぶつかって砕け散る。
リーナが震える声で言った。
「カイさん……私が触れると……欠片が……!」
「リーナ……お前の存在が……欠片を安定させてるんだ……!」
影が形を変えながら、再び迫ってくる。
今度は鋭い刃のような形になり、空気を切り裂くように飛んできた。
俺はリーナを抱き寄せ、身を低くした。
刃が頭上を通り過ぎ、木々の影を切り裂く。
切られた影は、光ではなく“存在そのもの”が削られたように消えていく。
(……これが……揺らぎの力……)
影が再び形を変える。
今度は巨大な手のような形になり、森ごと押し潰すように迫ってきた。
「カイさん……!」
「大丈夫だ……!」
胸の奥の欠片が光り、俺の身体の周囲に淡い“輪郭”が生まれる。
影の手が迫る。
世界が震える。
そして、衝突。
光と影がぶつかり合い、音のない爆発が森を揺らした。
リーナが俺の腕を掴んだまま、必死に耐えている。
「カイさん……!負けないで……!」
その声が、欠片に届いた。
胸の奥の光が強くなる。
(……負けられない……少女を……リーナを……誰も……失わせない……!)
俺は影に向かって手を伸ばした。
「お前は……少女の痛みだろ……!でも……彼女を傷つける存在じゃない……!」
影が揺れる。
──返して……返して……!
「返せない!でも……お前を否定するつもりもない!」
影の動きが止まる。
「お前は……少女の“喪失”だ。彼女が消えたときに生まれた……世界の悲鳴だ」
影が震える。
──……いたい……いたい……!
「痛いよな……苦しいよな……でも……その痛みを、誰かにぶつける必要はない……!」
影の形が崩れ始める。
「少女を救うために……お前の力が必要なんだ!」
影が揺れ、少女の声が重なる。
──……たすけて…………こわい…………さみしい……
胸が締めつけられる。
「大丈夫だ……俺がいる……お前を……少女を……絶対に救う……!」
影が光に包まれ、ゆっくりと形を失っていく。
黒い霧が空へ昇り、やがて消えた。
森の空気が静かになる。
リーナが俺の腕を掴んだまま、震える声で言った。
「カイさん……本当に……すごいです……!」
俺は息を吐き、リーナの手を握り返した。
「リーナが……いてくれたからだ」
リーナは顔を赤くし、俯いた。
「……そんな……私は……何も……」
「いや。お前の声が……欠片を支えてくれた」
リーナは小さく頷いた。
そのとき、森の奥から、少女の声がした。
──……ありがとう……
風が吹き、白い光が一瞬だけ揺れた。
少女の姿は見えなかったが、確かに“感謝”の気配があった。
リーナが微笑む。
「……あの子……少しだけ……楽になったみたいです……」
「ああ。でも……まだ終わってない」
胸の奥の欠片が、静かに脈打つ。
(……少女の設定を取り戻す……それが……俺の役目だ……)
リーナが俺の横に立ち、言った。
「カイさん……次は……どこへ行くんですか……?」
俺は森の奥を見つめた。
「少女の“記憶”を辿る。彼女が消えた理由を……探しに行く」
リーナは強く頷いた。
「私も……一緒に行きます」
その言葉に、胸が熱くなる。
(……ありがとう、リーナ……)
森の奥から、風が吹いた。
まるで、次の道を示すように。
面白いと思ったら、ページ下の【☆☆☆☆☆】やブックマークで応援お願いします!




