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『異世界に転移したら、俺だけ世界設定に存在しなかった』  作者: 一ノ瀬 律
一章

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第17話 第二の試練、揺らぎの声

 落下の感覚は、前回よりも荒々しかった。

光の層を突き抜けるたび、皮膚の表面がざらつき、空気が細い針のように刺さってくる。

まるで世界そのものが、俺の存在を試すために“形を変えて”待ち構えているようだった。


 やがて、足が地面に触れた。


 だが、その地面は“地面”と呼ぶにはあまりに不安定だった。

踏みしめるたび、砂のように崩れ、次の瞬間には石のように硬くなる。

色は灰色とも白ともつかず、触れた指先に温度がない。


(……ここが……第二の試練領域……)


 空気は薄く、呼吸をするたび胸の奥が冷たくなる。

遠くには何もない。

近くにも何もない。

ただ、世界の“骨格”だけがむき出しになったような空間が広がっていた。


 そのとき、風が吹いた。


 風と呼ぶにはあまりに静かで、あまりに重い。

空気が押し寄せるのではなく、世界の“隙間”が動いているような感覚だった。


 風の中に、声が混じっていた。


──返して。


 胸の奥が跳ねた。


(……また……)


──返して……返して……!


 声は、風の粒子に溶け込むように響いてくる。

耳で聞くのではなく、骨の内側に直接触れてくるような声だった。


 白い髪の少女の声。


 その声が響くたび、空間が波紋のように揺れる。


「……出てこい」


 俺は言った。

声は震えていたが、確かに空間に届いた。


「話があるなら……姿を見せてくれ」


 風が止まった。


 空間が静まり返る。


そして、目の前の空気が、ゆっくりと“形”を持ち始めた。


 白い髪。

黒い瞳。

薄い影のような輪郭。


 少女が現れた。


 だが、以前よりも“はっきり”していた。

輪郭が揺れず、瞳に光が宿っている。


(……強くなってる……?)


 少女は俺を見つめた。


 その瞳は、怒りでも憎しみでもない。

もっと深い、もっと静かな“喪失”の色をしていた。


──返して。


 少女の声は、風ではなく、直接響いた。


「返せない」


 俺は言った。


「これは……俺の一部になった。お前のものでもあるけど……今は、俺の中にある」


 少女の瞳が揺れた。


──どうして……どうして……返してくれないの……?


「返したら……俺は消える。でも、それだけじゃない」


 少女は瞬きもせず、ただ俺を見ている。


「お前も……消えたままだ」


 少女の肩がわずかに震えた。


──私は……もう……消えてる……


「違う」


 俺は一歩踏み出した。


「お前は……まだここにいる。声も、姿も、感情も……全部残ってる」


 少女の瞳が揺れ、影が波打つ。


──私は……誰にも……見えなかった……


「俺には見える」


 少女の影が止まった。


「お前の声も、姿も、痛みも……全部、俺には届いてる」


──どうして……どうして……あなたには……届くの……?


「わからない。でも、お前の欠片が、俺の中にあるからだと思う」


 少女は胸元に手を当てた。

そこには何もない。

だが、彼女は確かに“何かを失った場所”を押さえていた。


──返して……返して……返して……!


 少女の声が震え、空間が揺れた。


 地面が波打ち、空がひび割れ、世界が軋む。


(……まずい……)


 少女の感情が、世界の揺らぎに直結している。

このままでは、試練領域そのものが崩れる。


「落ち着け!」


 俺は叫んだ。


「返せない!でも、お前を無視するつもりもない!」


 少女の動きが止まる。


──無視……?


「お前の痛みを……お前の喪失を……俺は無視しない」


 少女の瞳が揺れた。


──私は……消えたのに……あなたは……生きたいの……?


「生きたい」


俺ははっきりと言った。


「でも……お前を置き去りにして生きたいわけじゃない」


 少女の影が震えた。


──私は……どうすれば……いいの……?


「一緒に探す」


──探す……?


「お前の設定を。お前が何者だったのか。なぜ消えたのか。どうすれば戻れるのか」


 少女の瞳が大きく揺れた。


──戻れる……?


「戻れるかどうかはわからない。でも、俺は、お前を“消えたまま”にはしない」


 少女はゆっくりと手を伸ばした。

その手は震えていた。


──私は……本当に……戻れる……?


「戻れるように……俺が動く」


 少女の手が、俺の胸に触れようとした。


 だが、触れられなかった。


 少女の指先は、俺の胸をすり抜けた。


 少女は目を見開いた。


──触れられない……まだ……触れられない……


「大丈夫だ」


 俺は言った。


「お前が完全に消えてないなら……触れられる日も来る」


 少女の瞳に、初めて“光”が宿った。


──……こわい……


「怖いよな」


──こわい……消えるのも……戻るのも……全部……こわい……


「俺も怖い」


 少女は顔を上げた。


──あなたも……?


「俺だって……この世界に立つのが怖かった。でも……それでも立ちたいと思った」


 少女は静かに目を閉じた。


──……あなたは……強い……


「違う。強くなりたいだけだ」


 少女の影が薄れ始めた。


──……あなたと……一緒に……探したい……


「探そう」


──……ありがとう……


 少女の姿が光に溶けていく。


 空間の揺れが止まり、地面が安定し、空のひびが閉じていく。


 観測者の声が響いた。


「第二の試練、“揺らぎとの対峙”は完了した」


 胸の奥の欠片が、穏やかに脈打つ。


「だが、最後の試練が残っている」


 空間が白く染まる。


「第三の試練、“世界の選択”」


 光が強まり、視界が白に飲まれた。

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