第154話 光の奥で、名前を呼ぶ
胸の奥で揺れが続いていた。
歩くたびに強くなる。
息を吸うたびに熱くなる。
まるで、俺の鼓動とリーナの鼓動が、同じリズムを探し合っているようだった。
世界の膜は、もうほとんど残っていなかった。
触れれば破れそうなほど薄く、光の粒がその表面からこぼれ落ちていた。
揺れは痛みではない。
熱でもない。
ただ、胸の奥のどこか深い場所を、静かに、確かに叩いてくる。
——こっちだ。
言葉じゃない。
声でもない。
けれど、確かに“方向”として伝わってくる。
俺は歩いた。
世界の端を。
誰もいない道を。
誰も気づかない空の下を。
歩くたびに、揺れが少しずつ強くなる。
それは、リーナが近づいている証だった。
けれど同時に、胸の奥で別の感情が生まれていた。
——怖い。
届くのが怖い。
触れられるのが怖い。
また拒絶されるのが怖い。
認められたはずなのに届かなかったあの日の痛みが、まだ胸の奥に残っている。
あの時、世界は俺を認めかけた。
リーナの揺れが漏れたことで、世界の膜が一瞬だけ薄くなった。
その一瞬だけ、俺はリーナの気配を感じた。
リーナの涙を感じた。
リーナの苦しみを感じた。
けれど、次の瞬間には何も残っていなかった。
認められたはずなのに、届いたはずなのに、触れられたはずなのに、世界はまた俺を拒絶した。
その痛みが、今も胸の奥に残っている。
だから、揺れが強くなるほど、希望と同じくらい恐れも強くなっていった。
——また拒絶されたらどうする。
——また届かなかったらどうする。
——リーナを失ったらどうする。
歩くたびに、そんな声が胸の奥で生まれる。
けれど、足は止まらなかった。
揺れが呼んでいる。
リーナが呼んでいる。
世界の膜が薄くなっている。
俺は歩き続けた。
どれくらい歩いたのか、わからない。
時間の感覚が曖昧になっていく。
世界の色が少しずつ薄くなっていく。
空気が静かになっていく。
まるで、世界そのものが息を潜めているようだった。
揺れが胸の奥を叩く。
強く。
深く。
確かに。
その揺れは、前よりも近い。
前よりも鮮明だ。
前よりも“リーナ”だった。
俺は息を呑んだ。
——リーナ。
名前を呼ぶと、胸の奥が熱くなった。
その熱は、あの日の痛みとは違う。
拒絶の痛みでも、孤独の痛みでもない。
それは、届き始めた証だった。
歩くほどに、世界の膜が薄くなる。
空気が揺れる。
光が揺れる。
地面の感触が変わる。
まるで、世界の境界そのものが、俺の存在を“許す準備”をしているようだった。
認められたはずなのに届かなかったあの日とは違う。
今度は、本当に届き始めている。
胸の奥の揺れが、さらに強くなった。
痛いほどに強くなった。
けれど、その痛みは嫌じゃなかった。
それは、リーナの核が揺れている証だった。
リーナが自分自身に触れ始めている証だった。
リーナが“本当の自分”に近づいている証だった。
そして、その揺れが外側へ漏れ始めている証だった。
世界の膜が薄くなる。
境界が揺れる。
空気が震える。
俺は歩き続けた。
胸の奥の揺れを頼りに。
リーナの核が呼ぶ方向へ。
どれくらい歩いたのか、わからない。
けれど、突然、世界の色が変わった。
空気が柔らかくなった。
光が淡くなった。
地面の感触が消えた。
まるで、世界そのものが“別の層”へ移ったようだった。
胸の奥の揺れが、急に強くなった。
息が止まるほど強くなった。
——近い。
リーナが近い。
リーナの核が近い。
リーナの鼓動が近い。
俺は息を呑んだ。
胸の奥が熱くなる。
視界が揺れる。
そして、視界の先に、揺れる光の影が見えた。
背中だった。
細い肩。
淡い光に照らされた髪。
核の色を浴びて揺れる輪郭。
リーナだった。
ずっと探していた背中。
ずっと届かなかった背中。
ずっと触れられなかった背中。
その背中が、今、目の前にあった。
「……リーナ」
声が震えた。
胸の奥が熱くなった。
視界が揺れた。
リーナがゆっくりと振り返った。
その瞬間、世界が音を取り戻した。
光が揺れ、色が弾け、空気が震えた。
リーナの瞳が俺を捉えた。
驚きでも、恐れでも、戸惑いでもない。
ただ、「見えている」という確かな光があった。
リーナの唇が震えた。
「……カイ……?」
その声は、ずっと届かなかったはずの声だった。
アステルが遮断していた声だった。
世界が拒絶していた声だった。
それが今、俺に届いていた。
胸の奥が熱くなりすぎて、息が詰まった。
言葉が出なかった。
ただ、名前を呼ぶしかできなかった。
「……リーナ」
リーナは一歩、俺へ近づいた。
光の粒がその足元で弾けた。
色が揺れた。
核が脈打った。
「……本当に……カイ……?」
声が震えていた。
泣きそうな声だった。
ずっと探していた人を見つけた時の声だった。
俺は頷いた。
それしかできなかった。
リーナは胸に手を当てた。
鼓動が強くなっているのが見えた。
核の揺れと同じリズムだった。
「……ずっと……見えなかった……」
「俺もだ。ずっと……届かなかった」
リーナは唇を噛んだ。
涙が光の粒に溶けていった。
「……でも……今は……見える……」
「今は……届いてる」
リーナは震える手を伸ばした。
俺も手を伸ばした。
あの日、光に拒絶された手。
あの日、何も掴めなかった手。
あの日、世界に拒絶された手。
その手が、今、リーナの手に触れた。
触れた瞬間、世界が揺れた。
光が弾けた。
核が強く脈打った。
リーナが息を呑んだ。
「……触れられる……」
「……ああ。やっと……」
リーナは俺の手を握った。
強く。
離さないように。
もう二度と失わないように。
「カイ……一緒に……行こう……」
リーナが見つめた先には、揺れる核があった。
まだ形がない。
まだ輪郭が揺れている。
まだ色が定まっていない。
けれど、確かにそこに“リーナの中心”があった。
俺はリーナの手を握り返した。
「行こう。リーナの核へ」
リーナは頷いた。
涙を拭い、光の道を見つめた。
影が静かに見守っていた。
アークが少し距離を置いていた。
セイルが優しく微笑んでいた。
リーナは俺の手を握ったまま、光の道へ一歩踏み出した。
核が揺れた。
色が弾けた。
世界が震えた。
俺たちは歩き出した。
リーナの核へ。
リーナの中心へ。
リーナがずっと知らなかった“本当の自分”へ。
そして、世界が、二人を迎え入れた。
面白いと思ったら、ページ下の【☆☆☆☆☆】やブックマークで応援お願いします!




