第147話 重なり始める二つの鼓動
胸の奥で、影とアークの気配がゆっくりと重なり始めた。
それは痛みでもなく、温かさでもなく、ただ“自分の中で何かが動いている”という確かな感覚だった。
リーナは胸に手を当てた。
指先が震えているのが自分でも分かる。
「……これ……私の記憶が……動いてるの……?」
影はリーナの横顔を見つめた。
その瞳は揺れていて、まるでリーナの痛みを自分のものとして感じているようだった。
「うん……きみが二つの記憶を抱えて進むって決めたから……記憶が新しい形を作ろうとしてる。」
アークは静かに言った。
「形を作るというより……“本来の形に戻ろうとしている”と言った方が正しい。」
リーナは二人の言葉を聞きながら、胸の奥の脈を感じ続けた。
影の温かい気配と、アークの冷たい気配が、同じリズムで脈打っている。
まるで、二つの心臓が一つの体の中で鼓動しているようだった。
「……変な感じ……怖いけど……でも……どこか懐かしい……」
影はリーナの手をそっと握った。
「懐かしいのは……きみが昔、全部持っていたからだよ。影もアークも……どちらもきみの一部だった。」
アークは淡々と続けた。
「ただ……きみが耐えられなくなった瞬間、記憶は二つに割れた。ぼくと影に。」
リーナは息を呑んだ。
「……耐えられなくなった……その瞬間って……どんな……」
影がすぐに遮った。
「言わなくていい。今はまだ……その記憶を触れちゃいけない。」
アークは影を見た。
「触れなければ、きみはずっと半分のままだ。」
影は苦しそうに言った。
「でも……今触れたら……リーナは壊れる。」
リーナは二人の間に視線を移した。
影の揺れる瞳と、アークの揺れない瞳。
そのどちらも自分のものだと思うと、胸の奥がじんわりと熱くなった。
「……ねえ……二人とも……私の中で争わないで……」
影は驚いたように目を見開いた。
アークはわずかに眉を動かした。
リーナは続けた。
「どちらも……私の記憶なんでしょう……?だったら……争う必要なんてないよ……だって……どちらも私なんだから。」
影はゆっくりとリーナの手を握り返した。
「リーナ……きみは……ほんとうに……強い。」
アークは静かに言った。
「強いんじゃない。“戻り始めている”。きみが本来の姿に。」
リーナは胸の奥の脈を感じた。
影の温度とアークの冷たさが、同じリズムで響いている。
「……これが……私の本来の姿……?」
影はうなずいた。
「そうだよ。きみは……優しさと痛みの両方を持っていた。それが……きみの強さだった。」
アークは静かに続けた。
「そして……その両方を抱えたまま進むことができるのは……きみだけだ。」
リーナは胸に手を当てた。
脈が強くなり、視界が少し揺れた。
「……なんだか……胸が……熱い……」
影はリーナの肩を支えた。
「大丈夫……記憶が重なってるだけ……痛くないはずだよ。」
アークは淡々と言った。
「痛みが出るのは……“次の段階”だ。」
影が睨んだ。
「脅すな……!」
アークは首を振った。
「脅しているわけじゃない。事実を言っているだけだ。」
リーナは二人の声を聞きながら、胸の奥の熱を感じ続けた。
その熱は、痛みではなく、恐怖でもなく、ただ“自分が動き始めた”という確かな感覚だった。
影がそっと言った。
「リーナ……きみの記憶が……次の段階へ進もうとしてる。」
アークが続けた。
「影とぼくが……きみの中で並び立つための段階だ。」
リーナは息を呑んだ。
「並び立つ……?」
影はうなずいた。
「そう……二つの記憶が……きみの中で同じ場所に立つんだ。」
アークは静かに言った。
「それが……“本当のきみ”への第一歩だ。」
胸の奥の熱が、さらに強くなった。
リーナは影の手を握り、アークの視線を受け止めた。
「……行くよ……次の段階へ……二つの記憶を抱えたまま……進む。」
影は微笑んだ。
アークは静かに目を閉じた。
そして、胸の奥で、二つの鼓動が完全に重なった。
胸の奥で重なった二つの鼓動は、しばらくの間、リーナの体の中心を支配していた。
影の温かい脈と、アークの冷たい脈が、同じリズムで響いているのに、その意味はまったく違う。
リーナはゆっくり息を吐いた。
呼吸のたびに胸の奥がじんわり熱くなる。
「……なんだか……自分の中に二人いるみたい……」
影は少し困ったように笑った。
その笑い方は、どこか人間らしくて、リーナの緊張を少しだけほどいてくれた。
「二人じゃないよ。どちらも……きみ自身なんだ。」
アークは静かに続けた。
「ただし、“別々に存在していたきみ”が、今ようやく同じ場所に立とうとしている。」
リーナは胸に手を当てた。
影とアークの気配が、自分の中でぶつかり合うことなく並んでいる。
「……これが……私の本当の姿……?」
影はうなずいた。
「そう。きみはずっと……優しさと痛みの両方を抱えていた。でも……痛みの方を封印されてしまった。」
アークは淡々と言った。
「封印された痛みは、きみの中で形を失い、ぼくになった。」
リーナは息を呑んだ。
「じゃあ……影は……?」
影は少しだけ視線を落とした。
「ぼくは……きみが守ろうとした記憶。きみが大切にしていたもの。きみが……失いたくなかったもの。」
リーナの胸がきゅっと締め付けられた。
影の言葉は、どこか懐かしくて、どこか痛かった。
「……二人とも……私の中で生まれたんだね……」
アークは静かに言った。
「そうだ。きみが壊れた瞬間、記憶は二つに割れた。影とぼくに。」
影は苦しそうに言った。
「でも……きみが“二つのまま進む”って決めたから……記憶は新しい形を作り始めた。」
リーナは胸の奥の熱を感じた。
その熱は、痛みではなく、恐怖でもなく、ただ“自分が動き始めた”という確かな感覚だった。
「……これから……どうなるの……?」
影はリーナの手を握った。
「きみの記憶は……並び立つ。ぼくとアークが……きみの中で同じ場所に立つんだ。」
アークは続けた。
「それは……きみが“本当のきみ”に戻るための第一歩だ。」
リーナは胸に手を当てた。
二つの鼓動が、まるで一つの音楽のように響いている。
「……怖いけど……でも……進みたい。」
影は優しく微笑んだ。
「リーナ……ぼくはずっとそばにいるよ。」
アークは静かに言った。
「ぼくもだ。きみが痛みを抱える限り……ぼくは消えない。」
リーナは二人を見た。
影の揺れる瞳と、アークの揺れない瞳。
そのどちらも自分のものだと思うと、胸の奥がじんわりと熱くなった。
「……ありがとう……二人とも……」
影はリーナの手を握り返した。
アークは静かに目を閉じた。
その瞬間、胸の奥で、二つの鼓動が完全に重なった。
空気がふっと震え、部屋の壁がわずかに揺れた。
影が息を呑んだ。
「リーナ……きみの記憶が……“次の段階”へ進んだ。」
アークは静かに言った。
「ここから先は……きみ自身が進む場所だ。」
リーナは胸に手を当てた。
二つの鼓動が、一つの道を示しているように感じた。
「……行くよ……私の記憶の……もっと奥へ。」
影とアークが同時にうなずいた。
そして、リーナの前に、新しい扉がゆっくりと現れた。
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