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『異世界に転移したら、俺だけ世界設定に存在しなかった』  作者: 一ノ瀬 律
六章

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第141話 光の中の誰か

 光の人物は、ゆっくりと顔の位置を形づくりながら、リーナの方へ向き直っていた。

その姿はまだ曖昧で、輪郭は揺れ続けている。

けれど、揺れの中に“意志”があった。

ただ立っているのではなく、「ここにいる理由」を持って立っているような、そんな存在感だった。


 リーナが一歩近づくと、空気がふっと沈んだ。

沈んだというより、空気の層が一枚だけ下へ滑り落ち、その下に隠れていた“別の時間の温度”が露わになった。

それは、誰かが長い時間そこに立っていたときの温度だった。

暖かさと冷たさが混ざり合い、まるでその人物の感情が空気に染み込んでいるようだった。


 胸の欠片が強く脈打つ。

リーナは思わず胸を押さえた。


「……この温度、知ってる気がします」


「知っているんじゃない。君の欠片が“覚えている”んだ」


 その言葉が、リーナの胸に深く落ちた。

覚えている。

つまり、この人物はリーナと何らかの関係がある。


 光の人物は、ゆっくりと姿勢を変えた。

肩がわずかに揺れ、その揺れがリーナの胸の奥に響く。

まるで、彼女の反応を確かめているようだった。


 リーナがもう一歩踏み出すと、

周囲の建物が一斉に“沈黙の音”を発した。

音ではない。

ただ、建物の内部に眠っていた記憶が、一瞬だけ外へ漏れ出したような圧が空間を満たした。


 その圧が、リーナの胸の奥に直接触れた。


「……苦しいです」


「苦しさではない。アステルが“その人物の感情”を君に伝えている」


 感情。

街が感情を伝える。

それは、これまでの痕跡や反応とはまったく違う段階だった。


 リーナが胸を押さえると、道の中央の石畳がふっと浮いた。

浮いたというより、石の内部に眠っていた“記憶の重さ”が軽くなり、表面へ押し出されてきたようだった。


 石畳の上に、薄い影が現れた。

その影は人の足跡の形をしていたが、ただの跡ではない。

足跡の周囲に、その人物が歩いたときの“迷いの揺れ”が残っていた。


 リーナはその足跡に手を伸ばした。

触れた瞬間、足跡がわずかに震えた。

まるで「まだ終わっていない」と告げるように。


 胸の欠片が熱くなる。


「……この人、迷ってたんですね」


「迷ったんじゃない。“選べなかった”んだ」


 選べなかった。

その言葉が、リーナの胸に重く落ちた。


 リーナが足跡の上に立つと、周囲の空気が突然“色”を持った。

色といっても、目で見える色ではない。

ただ、空気の密度が変わり、その変化が“青い感情”を思わせるような冷たさを帯びた。


 その冷たさが、リーナの背中をそっと押した。


「……進めって言われてる気がします」


「言われているんじゃない。アステルが“その人物が進めなかった場所”へ君を導いている」


 進めなかった場所。

その言葉に、リーナの胸が強く脈打った。


 リーナがその方向へ歩き出すと、建物の影が突然“人の姿勢”を描いた。

影は地面に落ちるのではなく、空中に薄く浮かび上がり、誰かが座り込んで肩を震わせている姿を描いた。


 リーナは息を呑んだ。


「……泣いてる……?」


「泣いたんじゃない。“耐えていた”んだ」


 影の肩はわずかに震え、その震えがリーナの胸の奥に響いた。


 リーナが影に手を伸ばすと、影はゆっくりと消え、代わりに街の中心の光が強くなった。


 光はもう輪郭ではなかった。

人の姿勢そのものを作り始めていた。

立っている。

背筋はまっすぐだが、肩は少しだけ落ちている。

その姿勢は、誰かが長い時間“待ち続けた”ときの姿勢だった。


 胸の欠片が熱くなり、リーナの視界が少しだけ滲んだ。


「……この人、ずっと待ってたんですね」


「待っていたんじゃない。“君を待つしかなかった”んだ」


 リーナは息を呑んだ。

胸の欠片が、街の中心の光と完全に重なって脈打っている。


 光の姿はゆっくりと顔の位置を作り始めた。

まだはっきりしない。

ただ、そこに“誰かの気配”が確かにあった。


 リーナは震える声で言った。


「……この人、誰なんですか」


「それは、君が思い出すべき記憶だ。アステルはただ、君をその場所へ導いているだけだ」


 光の姿はゆっくりとリーナへ向き直り、まるで「もうすぐだ」と告げるように胸の前で淡く脈打った。


 リーナはその光へ向かって歩き出した。

胸の欠片は熱く、街の中心の光は、まるで彼女を迎えるように形を整えていった。


 アステルは、ただ過去を抱えている街ではなかった。

今、確かにリーナへ向けて“人物の記憶”を開き、その人物の存在を形にしようとしている。

光の姿は、ゆっくりと人の顔へ近づいていった。


 光の人物は、ゆっくりと顔の位置を形づくりながら、リーナの方へ向き直っていた。

その輪郭はまだ揺れているのに、そこに宿る“視線の向き”だけははっきりしていた。

リーナを見ている。

形になる前から、すでに彼女を見つめているようだった。


 リーナがもう一歩近づくと、周囲の空気がふっと沈んだ。

沈んだというより、空気の層が一枚だけ下へ滑り落ち、その下に隠れていた“別の時間の気配”が露わになった。

それは、誰かが長い時間そこに立っていたときの気配だった。

静かで、深くて、どこか痛みを含んだ気配。


 胸の欠片が強く脈打つ。

リーナは思わず胸を押さえた。


 光の人物の肩がわずかに揺れた。

その揺れは、リーナの胸の奥に直接響く。

まるで、彼女の反応を確かめているようだった。


 その瞬間、道の両側に並ぶ建物が一斉に“沈黙の圧”を放った。

音ではない。

ただ、建物の内部に眠っていた記憶が、一瞬だけ外へ漏れ出したような圧が空間を満たした。


 その圧が、リーナの胸の奥に触れた。


「……苦しいです」


「苦しさではない。アステルが“その人物の感情”を君に伝えている」


感情。

街が感情を伝える。

それは、これまでの痕跡や反応とはまったく違う段階だった。


 リーナが胸を押さえると、道の中央の石畳がふっと浮いた。

浮いたというより、石の内部に眠っていた“記憶の重さ”が軽くなり、表面へ押し出されてきたようだった。


 石畳の上に、薄い影が現れた。

その影は人の足跡の形をしていたが、ただの跡ではない。

足跡の周囲に、その人物が歩いたときの“迷いの揺れ”が残っていた。


 リーナはその足跡に手を伸ばした。

触れた瞬間、足跡がわずかに震えた。

まるで「まだ終わっていない」と告げるように。


 胸の欠片が熱くなる。


 光の人物の輪郭が、わずかに濃くなった。

その濃さは、リーナが足跡に触れた瞬間に反応したようだった。


「……この人、迷ってたんですね」


「迷ったんじゃない。“選べなかった”んだ」


 選べなかった。

その言葉が、リーナの胸に重く落ちた。


 リーナが足跡の上に立つと、周囲の空気が突然“色”を持った。

色といっても、目で見える色ではない。

ただ、空気の密度が変わり、その変化が“青い感情”を思わせるような冷たさを帯びた。


 その冷たさが、リーナの背中をそっと押した。


「……進めって言われてる気がします」


「言われているんじゃない。アステルが“その人物が進めなかった場所”へ君を導いている」


 進めなかった場所。

その言葉に、リーナの胸が強く脈打った。


 リーナがその方向へ歩き出すと、建物の影が突然“人の姿勢”を描いた。

影は地面に落ちるのではなく、空中に薄く浮かび上がり、誰かが座り込んで肩を震わせている姿を描いた。


 リーナは息を呑んだ。


 影の肩はわずかに震え、その震えがリーナの胸の奥に響いた。


 リーナが影に手を伸ばすと、影はゆっくりと消え、代わりに街の中心の光が強くなった。


 光はもう輪郭ではなかった。

人の姿勢そのものを作り始めていた。

立っている。

背筋はまっすぐだが、肩は少しだけ落ちている。

その姿勢は、誰かが長い時間“待ち続けた”ときの姿勢だった。


 胸の欠片が熱くなり、リーナの視界が少しだけ滲んだ。


 光の人物は、ゆっくりと顔の位置を形づくり始めた。

輪郭が濃くなり、頬の位置が決まり、顎の線がわずかに浮かび上がる。


 そして、目の位置が、ゆっくりと形を持ち始めた。


 リーナは息を呑んだ。

胸の欠片が、街の中心の光と完全に重なって脈打っている。


 光の人物の目の位置は、まだ光の粒の集まりにすぎない。

けれど、その“向き”だけははっきりしていた。

リーナを見ている。

形になる前から、彼女を見つめている。


 リーナの喉が震えた。


「……この人、誰なんですか」


「それは、君が思い出すべき記憶だ。アステルはただ、君をその場所へ導いているだけだ」


 光の人物は、ゆっくりと手を上げた。

手といっても、まだ形は曖昧で、光の粒が集まっているだけだった。

けれど、その動きは確かに“手を伸ばす”動きだった。


 リーナへ向けて。


 胸の欠片が熱くなり、リーナの視界が揺れた。


 光の人物の手は、リーナの胸の欠片と同じリズムで脈打っている。

まるで、欠片と光が互いを呼び合っているようだった。


 リーナは震える声で言った。


「……あなたは……」


 その瞬間、光の人物の顔の輪郭が一気に濃くなった。

目の位置が深くなり、口の形がわずかに浮かび上がり、頬の線が柔らかく整った。


 そして、光の人物は、リーナの名前を呼ぼうとした。


 声はまだない。

けれど、口の形が、確かに“リーナ”と動いた。


 胸の欠片が熱く脈打ち、リーナの視界が白く滲んだ。


 アステルは、ただ過去を抱えている街ではなかった。

今、確かにリーナへ向けて“誰かの記憶”を開き、その人物の存在を形にしようとしている。


 光の人物は、リーナの名前を呼ぶために、ゆっくりと口を開いた。

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