表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『異世界に転移したら、俺だけ世界設定に存在しなかった』  作者: 一ノ瀬 律
六章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
139/280

第138話 街が形を変える瞬間

 アステルの中心へ向かう道を進むと、街の反応は、もう“気配”では済まなくなっていた。


 最初に変わったのは、道の先の建物だった。

壁の一部が、ほんの少しだけ沈んだ。

沈んだというより、誰かがそこに寄りかかったときの形が、ゆっくりと浮かび上がってきたようだった。


 リーナは思わず足を止めた。


「……これ、人が寄りかかった跡ですよね?」


「跡ではない。アステルが“その瞬間”を再構成している」


「再構成……?」


「記憶じゃなく、出来事そのものを形にしている」


 壁の沈みは、リーナが近づくほど輪郭をはっきりさせ、まるで誰かが今もそこに寄りかかっているように見えた。


(……誰かがここで、立ち止まってたんだ)


 さらに進むと、道の中央に置かれた古い看板が、リーナが視線を向けた瞬間だけ文字を浮かべた。


 文字は読めない。

ただ、誰かが急いで書いたような勢いだけが残っている。

そしてその勢いは、リーナの胸の奥の欠片と同じリズムで震えていた。


 リーナは息を呑んだ。


「……これ、誰かが書いたんですか?」


「書いたわけではない。アステルが“伝えようとした気持ち”を形にしただけだ」


「気持ちが……文字になるんですか?」


「この街では、感情が形を選ぶ」


 看板の文字はすぐに消えたが、その消え方が、まるで「まだ言い足りない」と訴えているようだった。


(……誰かがここで、何かを伝えたかったんだ)


 さらに奥へ進むと、街の空気が突然“方向”を持った。

風ではない。

ただ、空気そのものがリーナの背中を押すように流れた。

それは、誰かが「こっちへ」と軽く背中を押したときの、あの迷いのない力に似ていた。


 リーナは驚いて振り返った。


「……押されました」


「押したんじゃない。アステルが“導くという行為”を選んだんだ」


「選んだ……?」


「街が君に対して、初めて“意思”を持った」


 空気の流れは、リーナの背中を離れたあとも、道の奥へ向かってまっすぐ伸びていた。


(……街が、私を進ませようとしてる)


 さらに進むと、建物の影が突然“形”を変えた。

影は本来、光に従うはずなのに、今はリーナの足元へ寄ってきて、まるで誰かがそこに立っているような輪郭を作った。


 リーナは息を呑んだ。


「……影が、人の形になってます」


「人ではない。アステルが“誰かの存在”を思い出しただけだ」


「存在って……誰の?」


「それはまだ分からない。だが、街が形を作るのは“特別な記憶”のときだけだ」


 影はリーナの足元で静かに揺れ、まるで「一緒に行こう」と言うように形を整えた。


(……誰かがここで、誰かを待ってたんだ)


 そして、道の先で“街の中心が動いた”。

遠くの建物が、ほんの少しだけ位置を変えた。

動いたというより、街そのものがリーナの進む方向に合わせて“形を組み替えた”ようだった。


 リーナは胸の奥の欠片が熱くなるのを感じた。


「……街が、動いてます」


「動いているんじゃない。君を迎えるために“形を整えている”んだ」


「迎える……?」


「ここから先は、街の記憶じゃなく“街の意志”だ」


 リーナは息を飲んだ。

胸の欠片は、街の動きと完全に一致して脈打っている。


 アステルは、ただ過去を抱えている街ではなかった。

今、確かにリーナを迎えるために形を変え、彼女が進むべき道を自ら作り始めていた。


 アステルの中心へ向かうほど、街の変化は“偶然”ではなく“選択”に近づいていった。


 道の先で、建物の壁がゆっくりと開いた。

扉ではない。

壁そのものが、紙をめくるように薄く折れ、内部の空気が外へ流れ出した。

その空気は、外の空気より少しだけ重く、まるで誰かが長い時間そこにいた名残のようだった。


 リーナは息を呑んだ。


「……壁が、開いてます」


「開いたんじゃない。アステルが“見せたいもの”を選んだんだ」


「見せたい……?」


「街が君に何かを伝えようとしている」


 壁の奥は暗いのに、その暗さはただの影ではなく、“何かがそこにあった”ことを示すような深さを持っていた。


(……街が、私に何かを見せようとしてる)


 さらに進むと、道の中央に置かれた古いベンチが、リーナが近づいた瞬間だけわずかに揺れた。

誰も座っていないのに、座ったときの沈み方がそのまま残っている。


 リーナはそっと手を触れた。


「……誰か、ここで座ってたんですね」


「座っただけじゃない。“待っていた”んだ」


「待っていた……?」


「アステルは、待つという行為を強く覚えている」


 ベンチはリーナの指先に触れた瞬間、ほんの少しだけ温度を変えた。

まるで、誰かがそこに座っていた時間を再現しているようだった。


(……誰かがここで、誰かを待ってたんだ)


 さらに奥へ進むと、街の空気が突然“方向”を示した。

風ではない。

ただ、空気が一瞬だけ細い線のように伸び、道の奥へ向かってまっすぐ流れた。


 リーナはその線を見つめた。


「……道案内みたいです」


「案内ではない。アステルが“進むべき場所”を示している」


「場所……?」


「街が君に見せたいものがある」


 空気の線は、リーナが歩き出すとゆっくりと消え、代わりに建物の影が同じ方向へ伸びた。


(……街が、私を導いてる)


 さらに進むと、建物の窓が突然“映像”を映した。

映像といっても、はっきりした形ではない。

ただ、誰かが歩く影のようなものが、窓の奥でゆっくりと動いた。


 リーナは息を呑んだ。


「……誰か、います?」


「いない。だが、アステルが“過去の動き”を再現している」


「過去……?」


「この街で誰かが歩いた記憶だ」


 影はゆっくりと窓の奥へ消え、その消え方が、まるで「ついてこい」と言うようだった。


(……誰かがここで、歩いてたんだ)


 そして、道の先で“街の中心が光った”。

光といっても、明るいわけではない。

ただ、街の奥にある何かが、リーナの胸の欠片と同じリズムで淡く脈打った。


 リーナは胸を押さえた。


「……あれ、何ですか?」


「街の中心だ。アステルが君に“来い”と言っている」


「来い……?」


「ここから先は、街の記憶じゃなく“街の核心”だ」


 リーナは息を飲んだ。

胸の欠片は、街の中心の光と完全に一致して脈打っている。


 アステルは、ただ過去を抱えている街ではなかった。

今、確かにリーナを中心へ導き、街の奥にある“何か”を見せようとしている。

その“何か”は、ゆっくりと光を強めていた。

面白いと思ったら、ページ下の【☆☆☆☆☆】やブックマークで応援お願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ