第12話 欠片を巡る声、揺らぐ存在
リーナが駆け込んできた瞬間、胸の奥の欠片が震えた。
白い髪の少女の声と、リーナの声が重なり、胸の奥でぶつかり合う。
──返して。
──私は……あなたを見てますから。
どちらの声も、俺の存在を揺さぶった。
神官長は静かに二人を見比べ、やがて口を開いた。
「……儀式は中断したが、時間はない。欠片が暴れれば、世界の揺らぎはさらに強まる」
リーナは俺のそばに駆け寄り、手を伸ばした。
だが、その手はまた俺の肩をすり抜けた。
「……っ」
リーナの瞳が揺れる。
「カイさん……本当に……大丈夫なんですか……?」
「大丈夫だ」
そう言ったが、声は震えていた。
胸の奥の欠片が、まるで“何かを訴えている”ように脈打っている。
神官長は言った。
「リーナ。お前はここにいてはならない」
「どうしてですか……!」
「お前の存在が、儀式に影響を与える。空白に触れ続ければ、お前の設定が薄れる」
リーナは唇を噛んだ。
「……でも……カイさんは……」
「リーナ」
俺は言った。
「ここは危険だ。俺のせいで、お前まで……」
「嫌です!」
リーナは叫んだ。
「カイさんが消えるかもしれないのに……私だけ安全な場所にいろなんて……そんなの……!」
胸が痛む。
神官長は静かに言った。
「リーナ。お前は“設定のほころび”を感じ取る力を持つ。その力は、空白にとって毒にも薬にもなる」
「毒……?」
「お前がカイを“見ようとする”ほど、お前の存在が揺らぎ、カイの欠片も揺らぐ。互いに影響し合い、どちらも危険になる」
リーナは震える声で言った。
「……じゃあ……私は……カイさんを見ちゃいけないんですか……?」
その言葉は、胸に深く刺さった。
(……俺のせいで……
リーナが……)
神官長は首を振った。
「見てはならないわけではない。だが、儀式の間だけは離れろ。それが、お前自身を守る唯一の方法だ」
リーナは俺を見た。
その瞳は、涙で揺れていた。
「……カイさん……」
「大丈夫だ。必ず戻る」
そう言うと、リーナは唇を噛み、ゆっくりと頷いた。
「……絶対ですよ……絶対に……戻ってきてください……」
リーナは部屋を出ていった。
扉が閉まる音が、胸に重く響いた。
神官長は深く息を吐いた。
「……始めるぞ」
儀式の部屋に戻ると、石碑が静かに脈動していた。
空白の部分はまだ黒く濁り、まるで“怒っている”ようだった。
「カイ。欠片を安定させるには、まず“干渉してくる設定”を排除しなければならない」
「干渉してくる設定……あの少女のことか?」
「そうだ」
神官長は石碑に手をかざした。
「彼女は“消された設定”だ。だが、完全には消えていない。深層領域に残滓として漂い、欠片を求めている」
「……どうして欠片を求めるんだ?」
「それは、欠片が“彼女の設定の一部”だからだ」
胸の奥が熱くなる。
「だが、欠片は今やお前の一部でもある。どちらに属するかは、お前が決めることだ」
神官長は俺を見据えた。
「覚悟はあるか?」
「……ある」
胸の奥の欠片が脈打つ。
神官長は頷き、儀式を開始した。
石碑が強く光り、部屋全体が震え始める。
壁の文字が浮かび上がり、空中に散らばるように舞い上がる。
光の粒が俺の周囲を回り、胸の奥の欠片に吸い寄せられていく。
(……熱い……!)
欠片が脈動し、身体の中心から光が溢れ出す。
その瞬間、頭の奥で声がした。
──返して。
白い髪の少女の声。
──それは……私の設定。
石碑の空白が黒く濁り、部屋の空気が冷たくなる。
「来たか……!」
神官長が叫ぶ。
「カイ!意識を保て!彼女が欠片を奪いに来ている!」
(……やめろ……!これは……俺の……!)
──違う。
少女の声が響く。
──それは、私のもの。あなたは……奪ったの。
(奪った……?俺が……?)
──返して。
視界が白く染まる。
少女の姿が現れた。
白い髪。
黒い瞳。
神殿の奥で見た、あの姿。
だが、今回ははっきりと見える。
少女は俺の胸に手を伸ばした。
──返して。
その手は、俺の胸の奥の欠片に触れようとしていた。
「……っ!」
胸が焼けるように熱くなる。
神官長の声が遠く聞こえる。
「カイ!欠片を守れ!奪われれば、お前は消える!」
(……俺は……消えたくない……!)
──返して。
(……俺は……存在したい……!)
──返して。
(……リーナに……触れたい……!この世界に……立ちたい……!)
──返して……!
少女の声が悲鳴のように響く。
その瞬間、胸の奥の欠片が強く脈打った。
(……これは……俺の……!)
欠片が光り、少女の手を弾いた。
少女は驚いたように目を見開いた。
──どうして……どうして……返してくれないの……?
(……俺は……生きたいんだ……!)
──私は……消えたのに……あなたは……生きたいの……?
少女の瞳が揺れる。
──ずるい……ずるいよ……私の設定なのに……!
少女の姿が揺れ、霧のように薄れていく。
──返して……返して……返して……!
声が遠ざかる。
少女の姿が完全に消えた。
胸の奥の欠片が静かに脈打つ。
神官長の声が戻ってきた。
「……やったな」
石碑の空白が白く光り始める。
「干渉は退けた。これで、欠片は“お前のもの”として安定する」
胸の奥の熱が、ゆっくりと落ち着いていく。
「だが、儀式はまだ終わっていない」
神官長は石碑を見た。
「次は、お前の存在を“世界に書き戻す”段階だ」
胸が跳ねた。
「それが成功すれば、お前はこの世界に“存在できる”」
胸の奥の欠片が、静かに脈打った。
(……俺は……この世界に……)
そのとき、扉が開いた。
「カイさん!」
リーナが駆け込んできた。
その瞬間、石碑の光が揺れた。
欠片が震えた。
そして、世界が、わずかに揺れた。
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