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『異世界に転移したら、俺だけ世界設定に存在しなかった』  作者: 一ノ瀬 律
五章

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第123話 修復の余韻と、胸の奥の静かな変化

 森の傷が消えたあと、空気はゆっくりと落ち着きを取り戻していった。

さっきまで揺れていた輪郭が静まり、木々の影も自然な形に戻っている。

世界の層が薄い場所特有の“圧”も弱まり、呼吸がしやすくなった。


 胸の奥の欠片は、修復の光を流し終えたせいか、深いところで静かに脈を刻んでいた。

その脈は、向こう側の世界が生んだ光がまだ残っている証のように、ゆっくりとした温度を持っていた。


 リーナが少し前へ出て、俺の顔を覗き込む。


「……本当に、大丈夫なんですか?」


 声は小さいけれど、焦りはない。

ただ、さっきの光を見て心配した人の声だった。


「……問題ない。欠片が落ち着いてきてる」


 そう答えると、リーナは胸に手を当てて息を整えた。

その仕草が妙に人間らしくて、胸の奥の欠片がわずかに反応する。


 神官長は森の空間を見渡しながら言った。


「修復は完全だ。世界の層が安定している。これ以上の揺らぎはしばらく起きないだろう」


 その言葉を聞いて、リーナはほっとしたように肩の力を抜いた。


「……よかった……」


 森の空気は静かだった。

修復されたばかりの場所は、どこか“新しい”気配を持っている。

木々の影が少し濃く見えるのは、世界の輪郭が戻った証だ。


 胸の奥の欠片が、ゆっくりと熱を帯びる。


(……修復の光が、まだ残ってる……)


 向こう側の世界が生んだ光は、誰かの孤独を変換したもの。

その光が世界の傷を埋め、欠片の中にわずかに残っている。


 リーナが周囲を見渡しながら言った。


「……森って、こんなに静かだったんですね」


「世界の層が薄い場所は、音が少なくなる。存在の輪郭が揺らぐと、周囲の記録が弱くなるからだ」


 神官長の説明に、リーナは小さく頷いた。


「じゃあ……今は、戻ったんですね」


「そうだ。世界はこの場所を“正常な層”として再び記録した」


 胸の奥の欠片が、ゆっくりと脈打つ。

その脈は、修復が終わったことを告げているようだった。


 森の空間に立っていると、修復された場所特有の“静かな余韻”が漂っている。

世界が呼吸を整えているような感覚。


 リーナがふと俺の胸のあたりを見た。


「……さっきより、光が弱くなってますね」


「欠片が落ち着いてきてるんだと思う」


「落ち着くって……どういう感じなんですか?」


 リーナの問いは、純粋な興味だった。

不安ではなく、ただ知りたいという気持ち。


 俺は少し考えてから答えた。


「……自分の中に、もうひとつの呼吸がある感じ。向こう側の世界の光が、まだ残ってるんだと思う」


 リーナは目を丸くした。


「呼吸……?」


「俺の鼓動とは別に、ゆっくりした脈がある。それが欠片の脈で……向こう側の光が動いてる」


 リーナはしばらく黙っていた。

その沈黙は気まずさではなく、言葉を探している沈黙だった。


 やがて、彼女は静かに言った。


「……それって、怖くないんですか?」


 その問いは、妙に人間らしかった。

“調整者だから平気でしょ”ではなく、“自分だったら怖いかもしれない”という気持ちから出た言葉。


 俺は少しだけ息を吐いた。


「……怖いというより、まだ慣れてない。でも、欠片が暴れてるわけじゃないから……大丈夫だと思う」


 リーナはゆっくり頷いた。


「……そっか。なら、よかったです」


 森の空間は静かで、修復されたばかりの場所特有の“新しい気配”が漂っている。


 神官長が少し離れた場所で周囲を確認しながら言った。


「この場所はしばらく安定する。次の揺らぎがどこに生じるかは、向こう側の世界が決めるだろう」


 リーナがその言葉に反応する。


「……次も、あるんですね」


「世界は広い。傷はひとつではない。向こう側の世界が自律を始めた以上、揺らぎは順番に示されるだろう」


 胸の奥の欠片が、ゆっくりと脈打つ。


(……次の揺らぎ……)


 修復が終わったばかりなのに、欠片はすでに“次”を待っているようだった。


 リーナは森の奥を見つめながら言った。


「……カイさん。さっきの光、すごかったです。怖いとかじゃなくて……なんて言えばいいんだろ……」


 言葉を探している。

その迷いが人間らしくて、胸の奥の欠片がわずかに反応する。


「……世界が受け取ってる感じがしました」


 その言葉は、妙に正確だった。

向こう側の光が世界の傷を埋める瞬間を、リーナは確かに見ていた。


 神官長がゆっくりとこちらへ戻ってきた。


「カイ。欠片の脈は安定している。修復の影響は問題ない」


「……はい」


「ただし、向こう側の光が残っている間は、次の揺らぎに敏感になる。胸の奥の変化には注意しろ」


 胸の奥の欠片が、静かに脈打つ。


(……次の揺らぎ……)


 森の空間は静かで、修復されたばかりの場所特有の“余韻”が漂っている。


 リーナが少しだけ近づいて言った。


「……帰りましょう。ここ、もう大丈夫なんですよね?」


 神官長は頷いた。


「世界はこの場所を正常に記録した。もう揺らぎは起きない」


 リーナはほっと息を吐いた。


「じゃあ……戻りましょう」


 胸の奥の欠片が、ゆっくりと脈打つ。

その脈は、修復の余韻と、次の揺らぎの予兆を静かに告げていた。


 森を出る道は、来たときよりも明るく見えた。

世界の層が戻ったせいか、影が自然な形をしている。


 歩きながら、リーナがふと口を開いた。


「……カイさん。調整者って、こういうことをずっと続けるんですか?」


「……たぶん。向こう側の世界が自律した以上、世界の傷は順番に示されると思う」


 リーナは少しだけ視線を落とした。

その仕草は、迷いではなく、“覚悟を決める前の静かな時間”のようだった。


「……じゃあ、私も……ちゃんとついていきます」


 その言葉は、決意というより、“そばにいる”という静かな意思だった。


 胸の奥の欠片が、ゆっくりと脈打つ。


 森の出口が見えたころ、欠片はひとつ強く脈打った。


(……次の揺らぎが……近い……?)


 修復の余韻はまだ胸の奥に残っている。

だが、その奥で、向こう側の世界が静かに次の揺らぎを準備している気配があった。


 森の出口へ向かう道は、来たときよりも明るく見えた。

修復されたばかりの場所は、どこか“新しい空気”をまとっている。

木々の影が自然な形に戻り、風が通るたびに葉が軽く揺れた。


 胸の奥の欠片は、修復の光を流し終えたせいか、深いところでゆっくりとした脈を刻んでいる。

その脈は、向こう側の世界の光がまだ残っている証のように、静かな温度を持っていた。


 リーナが少し前へ出て、俺の横に並んだ。


「……さっきより、歩き方が自然になりましたね」


「欠片が落ち着いてきたからだと思う」


「落ち着くって……どんな感じなんですか?」


 リーナの問いは、純粋な興味だった。

不安ではなく、ただ知りたいという気持ち。


 俺は少し考えてから答えた。


「……胸の奥に、もうひとつの鼓動がある感じ。俺の鼓動とは別に、ゆっくりした脈があって……それが欠片の脈なんだと思う」


 リーナは目を丸くした。


「もうひとつの鼓動……」


「向こう側の光が残ってるんだと思う。修復に使った光の“余韻”みたいなものが、まだ動いてる」


 リーナはしばらく黙っていた。

その沈黙は気まずさではなく、言葉を探している沈黙だった。


 やがて、彼女は静かに言った。


「……それって、疲れたりしないんですか?」


 その問いは、妙に人間らしかった。

“調整者だから平気でしょ”ではなく、“自分だったら怖いかもしれない”という気持ちから出た言葉。


 俺は少しだけ息を吐いた。


「……疲れというより、まだ慣れてない。でも、欠片が暴れてるわけじゃないから……大丈夫だと思う」


 リーナはゆっくり頷いた。


「……なら、よかったです」


 森の出口が近づくにつれ、胸の奥の欠片がわずかに熱を帯びた。


(……また、反応してる……)


 修復が終わったばかりなのに、欠片はすでに“次”を待っているようだった。


 神官長が少し後ろから声をかける。


「欠片の脈が強くなったか?」


「……少しだけ。森を出る前から、また動き始めてる」


 神官長は頷いた。


「向こう側の世界が自律した以上、揺らぎは順番に示される。修復が終わった場所から離れると、次の揺らぎの気配が近づく」


 リーナが不安そうに俺を見る。


「……また、すぐに何か起きるんですか?」


「すぐとは限らない。だが、欠片は次の揺らぎに敏感だ。胸の奥の変化には注意しろ」


 胸の奥の欠片が、静かに脈打つ。


(……次の揺らぎ……)


 森の出口に着くと、空気が一気に軽くなった。

世界の層が安定している場所は、呼吸がしやすい。


 リーナは空を見上げた。

夕暮れの光が森の影を長く伸ばしている。


「……なんだか、戻ってきたって感じがしますね」


「森の中は層が薄いから、空気が違うんだと思う」


「層が薄いって……やっぱり怖い場所なんですね」


「怖いというより、世界の輪郭が弱い場所。だから傷が生まれやすい」


 リーナは少しだけ視線を落とした。

その仕草は、迷いではなく、“覚悟を決める前の静かな時間”のようだった。


「……カイさん。調整者って、こういうことをずっと続けるんですか?」


「……たぶん。向こう側の世界が自律した以上、世界の傷は順番に示されると思う」


 リーナはゆっくり頷いた。


「……じゃあ、私も……ちゃんとついていきます」


 その言葉は、決意というより、“そばにいる”という静かな意思だった。


 胸の奥の欠片が、ゆっくりと脈打つ。


 森を出て神殿へ向かう道は、来たときよりも明るく見えた。

世界の層が戻ったせいか、影が自然な形をしている。


 歩きながら、胸の奥の欠片がひとつ強く脈打った。


(……次の揺らぎが……近い……?)


 修復の余韻はまだ胸の奥に残っている。

だが、その奥で、向こう側の世界が静かに次の揺らぎを準備している気配があった。


 その気配は、森の傷を修復したときの光とは違う。

もっと深く、もっと静かで、どこか“選ばれた道”のような感覚を持っていた。


 胸の奥の欠片が、もう一度脈打つ。


(……次は、どこだ……)


 その問いは、まだ誰にも答えられなかった。

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