第10話 再定義儀式、始動
落ちているのか、浮いているのか、それすらわからない感覚が続いた。
白い光が視界を満たし、音も匂いも消え、ただ“存在の揺れ”だけが身体を包む。
やがて、光が薄れ、世界の輪郭が戻ってきた。
俺は、石の床の上に倒れていた。
冷たい。
硬い。
だが、その感触は“確かに触れている”とわかる。
(……戻ってきたのか)
ゆっくりと身体を起こすと、そこは神殿の円形の部屋だった。
壁に刻まれた文字が淡く光り、中央の石碑が静かに脈動している。
神官長が立っていた。
その瞳は相変わらず“色が存在しない”ままだった。
「戻ったか」
その声は、どこか安堵を含んでいた。
「……観測者に会った」
「だろうな。お前の中の欠片が反応した時点で、観測者界との接続は避けられなかった」
神官長はゆっくりと歩み寄る。
「観測者は何と言っていた?」
「……俺は、存在してはならない。でも、完全には消せない。欠片があるから」
「その通りだ」
神官長は石碑に手を触れた。
「お前の存在は“設定外”だ。だが、欠片がある限り、世界はお前を完全に拒めない。だからこそ──」
神官長は俺を見た。
「再定義儀式を行う必要がある」
胸が跳ねた。
「再定義……?」
「お前の存在を、世界設定書に“書き戻す”儀式だ。本来あるべきだった設定を探り、欠片と照合し、世界に再び刻む」
「それが成功すれば……俺は、この世界に存在できる?」
「そうだ」
神官長は頷いた。
「だが──」
その声が低くなる。
「失敗すれば、お前は完全に消える。世界からも、記憶からも、存在そのものからも」
胸が締めつけられる。
「……やるしかない」
「覚悟はできているようだな」
神官長は手を上げた。
石碑が強く光り、部屋全体が震え始める。
壁の文字が浮かび上がり、空中に散らばるように舞い上がる。
文字は光の粒となり、俺の周囲を回り始めた。
「これより、再定義儀式を開始する」
神官長の声が響く。
「まずは、お前の中にある“欠片”を呼び覚ます」
胸の奥が熱くなる。
石碑の光と同じ色の熱だ。
(……これが、欠片……)
熱は脈動し、身体の中心から広がっていく。
世界の輪郭が揺れ、視界が歪む。
「落ち着け。欠片はお前の一部だ。拒むな」
神官長の声が遠く聞こえる。
熱はさらに強くなり、胸の奥で何かが“形を持ち始める”のがわかった。
それは、言葉ではない。
文字でもない。
もっと根源的な“情報の塊”だった。
(……これが、俺の設定……?)
欠片が脈打つたびに、石碑の空白が光る。
空白が、欠片を呼んでいる。
「次に、欠片と世界設定書を照合する」
神官長が石碑に手をかざす。
石碑の文字が動き出し、空白の周囲に集まっていく。
まるで欠片を迎え入れる準備をしているようだった。
だが、その瞬間、石碑が激しく震えた。
「……っ!」
胸の奥の欠片が暴れ出す。
熱が痛みに変わり、身体が軋む。
「これは……!」
神官長が目を見開く。
「欠片が……拒んでいる……?」
石碑の光が乱れ、空白が黒く濁る。
まるで“何かを拒絶している”ように。
「カイ!欠片を抑えろ!」
「抑えるって……どうやって……!」
「意識を集中しろ!欠片はお前の一部だ!お前が制御しなければ、儀式は破綻する!」
胸の奥の熱が暴れ、視界が白く染まる。
(……落ち着け……落ち着け……!)
必死に意識を欠片に向ける。
熱の中心にある“何か”を掴もうとする。
だが、その瞬間、頭の奥で声がした。
──触れるな。
(……誰だ……?)
──それは、お前のものではない。
(……観測者……?)
──違う。
声は低く、冷たく、どこか懐かしい響きを持っていた。
──それは“私の設定”だ。
胸の奥が凍りつく。
(……誰だ……?誰の……設定……?)
──お前は、私の場所に落ちてきた。
石碑が激しく震える。
欠片が黒く染まり始める。
──だから、お前は“存在してはならない”。
その言葉は、観測者の声よりも深く、重かった。
「カイ!意識を保て!欠片が……別の設定に引きずられている!」
神官長の声が遠くなる。
胸の奥の欠片が、黒い何かに引っ張られていく。
(……やめろ……!俺の……俺の存在を……!)
──返せ。
声が響く。
──それは、私の設定だ。
視界が黒く染まる。
世界が揺れる。
そして、俺は、誰かの“記憶の断片”を見た。
白い髪。
黒い瞳。
神殿の奥で、石碑に触れる少女。
その少女が、振り返る。
──返して。
その瞳は、俺を見ていた。
そして、意識が途切れた。
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