第9話 観測者の庭で、存在は問われる
光に飲まれた瞬間、足元の感覚が消えた。
落ちているのか、浮いているのか、それすらわからない。
ただ、世界の輪郭が遠ざかり、音も匂いも色も薄れていく。
やがて、“何もない場所”に、俺は立っていた。
地面は白い。
空も白い。
遠くも近くも、すべてが白い。
だが、白いのに“空間がある”とわかる。
白いのに“足が地面に触れている”とわかる。
世界の外側。
そんな言葉が頭に浮かんだ。
「……来たか」
声がした。
振り返ると、そこに“彼”がいた。
観測者。
黒い外套。
星の光をそのまま閉じ込めたような瞳。
世界の空気を押し返すような存在感。
あの森で出会ったときと同じ姿。
だが、今はその存在がより鮮明に感じられた。
「……観測者」
「そう呼んで構わない」
観測者はゆっくりと歩み寄ってくる。
白い空間に、彼の足音だけが響いた。
「お前は今、神殿の“深層領域”にいる。世界設定書の根源に近い場所だ」
「ここは……神殿の中なのか?」
「正確には違う。神殿が“世界の中心”に接続しているだけだ。お前はその接続点を通り、こちら側へ引き寄せられた」
観測者は俺の胸元を見る。
「……欠片が反応したな」
「欠片……?」
「お前の中にある“設定の断片”だ。本来なら世界設定書に記されるはずだった情報。それが何らかの理由で、お前の中に宿っている」
胸の奥が熱くなる。
石碑の前で感じたあの熱だ。
「俺は……その欠片のせいで、空白になったのか?」
「違う」
観測者は首を振った。
「欠片があるから、お前は“完全な空白にならずに済んでいる”。欠片がなければ、お前は門を通れず、その場で消えていた」
息が止まる。
「……じゃあ、俺は……」
「存在してはならない。だが、完全には消せない」
観測者の瞳が、星のように揺れた。
「それがお前の“異常性”だ」
胸が締めつけられる。
「……俺は、どうすればいい?」
「それを決めるのは、お前ではない」
観測者は手を上げた。
白い空間に、黒い線が走る。
線は空間を裂き、そこに“映像”が浮かび上がった。
村。
リーナ。
神殿。
石碑。
そして、俺が光に飲まれた瞬間の光景。
「これは……?」
「世界の観測記録だ。お前がこの世界に現れてからの“揺らぎ”を記録している」
映像の中で、村の地面が揺れ、木々がざわめき、空が歪む。
「……俺のせいで、世界が……」
「そうだ」
観測者は淡々と言った。
「お前の存在は、世界にとって“ノイズ”だ。世界はお前を拒み、排除しようとする。だが──」
観測者は映像の一部を指した。
リーナが俺に手を伸ばす場面。
触れられないのに、触れようとする手。
「この少女だけは、お前を“見ようとしている”。それが、世界の揺らぎをさらに複雑にしている」
「リーナは……特別なのか?」
「特別だ。彼女は“設定のほころび”を感じ取る者。世界の歪みを直感的に察知し、空白を認識できる稀な存在だ」
胸が熱くなる。
「……リーナは、俺を助けようとしてくれてる」
「それが問題だ」
観測者の声が低くなる。
「空白に干渉する者は、世界の設定に影響を与える。彼女が関わり続ければ、世界の揺らぎはさらに大きくなる」
「じゃあ……リーナは危険なのか?」
「危険なのは、お前だ」
観測者は俺を見据えた。
「お前が存在する限り、彼女は世界の揺らぎに巻き込まれる。最悪の場合──」
観測者は言葉を切った。
「彼女の“設定”が消える」
息が詰まる。
「……そんな……」
「空白に触れ続ければ、存在が薄れる。彼女はお前を見ようとしている。それは、彼女自身の存在を危険に晒す行為だ」
胸が痛む。
「……じゃあ、俺は……リーナを傷つけてるのか?」
「今はまだ、影響は小さい。だが、長くはもたない」
観測者は白い空間を見渡した。
「だから、お前は選ばねばならない」
「選ぶ……?」
「この世界に“存在する”か。それとも、“消える”か」
白い空間が揺れる。
観測者の瞳が、星のように光る。
「存在を選べば、世界はお前を受け入れるために“再定義”を行う。だが、その過程で世界が崩壊する可能性がある」
「……世界が……?」
「逆に、消えることを選べば、世界は安定する。リーナも、村も、神殿も、何も失われない」
胸が締めつけられる。
「……俺が消えれば、全部元に戻るのか?」
「そうだ」
「でも……俺は……」
リーナの顔が浮かぶ。
村長の言葉。
神官長の瞳。
石碑の空白。
そして、観測者の言葉。
──お前は、この世界に存在してはならない。
だが、胸の奥の“欠片”が脈打つ。
俺は、ただの空白じゃない。
「……俺は、消えたくない」
観測者の瞳が揺れた。
「そう言うと思った」
「俺は……存在したい。リーナに……ちゃんと触れたい。世界に……ちゃんと立ちたい」
観測者はゆっくりと頷いた。
「ならば、お前は“戦う”ことになる」
「戦う……?」
「世界とだ。世界設定書と。そして、お前をこの世界に送り込んだ“何者か”と」
白い空間が大きく揺れた。
「覚悟しろ、カイ。お前の存在は、これから世界を揺るがす」
観測者が手を伸ばす。
「観測保留──解除」
白い空間が崩れ落ちる。
光が俺を包む。
そして、俺は再び、世界へ落ちていった。
面白いと思ったら、ページ下の【☆☆☆☆☆】やブックマークで応援お願いします!




